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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第二十一話

 ロイスはとある物を使い、益村を動かした。 それはチェイスギャングが抱える感染者の名簿である。 数多の感染者は記録し、その者の危険性から現住所までを明確に記してある名簿だ。 もちろんその全てではなく、一部を提供するという形でロイスは益村の助力を得ている。


 そしてそれは益村自身にも大いにメリットのあることであった。 我原鞍馬を殺せるならば、一考する余地すらない。 かつて殺し損ねた相手を殺せるというのは、益村にとって有益なことなのだ。


「さて、これで有利はこちらに付いたと思われますが……おや、タフなことで」


「腐った臭いがするな、人間の腐った臭いが。 まるで生ゴミを寄せ集めたかのような不快な臭いだ、一瞬肥溜めかと思うほどにな」


 閉じた花弁が開かれる。 中から無理矢理にこじ開けられ、そこに繋がる武器を持つ益村は「ほお」と、感心したかのように呟いた。 そこには焦りは存在しない。 つまり、あくまでも想定内ということだ。


「生きていたか、雑魚め。 オレの前に立つ意味をまた知りたいのか?」


 完全に開かれ、ギチギチという音を立てながら我原は花から脱出する。 その力は数トンにも及ぶ締め付けであったものの、我原はまるで意に返していない。 特殊な文字を使ったのでもなく、ただ腕力だけでそれをこじ開けたのだ。


「いやいや、それは利口と呼んでいただきたいものですね。 無闇矢鱈に殺戮を続けるあなたたちこそ、まるで昔の思考に絡み取られる虫のようだ。 メリットがあれば手を組む、なければ不干渉、それが今で言う賢いやり方なのですよ」


「御託は良いからさぁロイス君、そろそろワタシ、我慢ができないよ? 我原クンはワタシが殺さないとね」


「ええ勿論ですとも。 我原鞍馬に関しては殺しても大いに結構、柴崎雀さえ確保できれば問題ありません。 二人共に生け捕りにできれば最良ですが、無理な話でしょうしね」


「やれるものならやってみろ、言を紡げぬ屍としてやる。 それとも何だ? オレに何か恨みでもあるのか? くはっ! 貴様の言うところのゴミに殺されかけたことがそこまで恨めしいか?」


「それは貴様の方だろう? 我原クン。 可愛い可愛いキミの――――――――おっと、怖い怖い」


 益村が言いかけたところで、益村の足元へ銃弾が放たれる。 我原にとっても、益村幸次は忘れられぬ存在だ。 かつて我原を捕らえ、拷問にも近い真似を行ってきた相手……それが益村幸次という男だ。 因縁、と言っても良いかもしれない。


「……我原さん、助かりました。 ここは一つ、私が貴方に合わせます」


 雀は礼を良い、我原の横へと立つ。 既にその顔にはスズメの面が付けられており、いつ如何なる状況でも冷静な彼女の姿が伺えた。


「ふん、貸しを作ったつもりはない。 勝手にしろ」


 我原、雀共に身体能力は秀でている。 そして我原が居る限り、たった数ミリの切り傷ですら致命傷ということだ。 雀が隙を作り出し、我原がかすり傷の一つでも付ければ勝てる勝負、二人はそう思考する。 奇しくも言葉を交えずとも、二人の考えは一致していた。


 が、それはロイスも益村も把握をしていることだ。 我原と雀の文字については既に情報を提供されており、最大限の警戒は益村も行っている。


 そして、益村はここで仕留めることは少々厳しいとも感じていた。 現状、勝てる可能性は五割ほどであり、我原だけならともかく、物事を深く考えることのできる雀が居るというのが厄介だ。


 だからこそ、今すべきは時間稼ぎ。 益村はそう答えを出し、自らが持つ棒状の武器で地面を叩く。


「――――――――四季折々(しきおりおり)


 叩かれた地面が凍る。 一瞬にしてそれは辺り一帯に広がり、反応が遅れた我原と雀の足元を凍らせた。 伊達に感染者を相手取り、数十年という年月を重ねているわけではない。 対策、及び運び方というのを益村は理解しきっているのだ。


「動いちゃダメだよ我原クン。 キミは大人しく、ワタシの玩具でいれば良い。 感染者如きがあまり図に乗るものじゃあない」


「くだらん武器は健在か。 貴様らがいくら頭を使い創り上げようと、オレたちの文字には及ばないことを知れ」


 我原は端的に言い、自らの足元を覆う氷目掛け、銃を放つ。 もちろんそれをすればタダでは済まず、氷は激しく割れたものの、我原の足元は赤く染まる。 が、それもたった数秒のこと。 益村とロイスは認識できなかったものの、我原の傷は既に塞がっていた。


「理解できないのであれば教えてやろう。 貴様ら誰の許しなく息をしている? 分を弁えろ、雑魚共が」


 我原の姿が消え、次に現れたのはロイスの眼前だ。 迷うことなき向けられた銃は、ロイスの額目掛け放たれる。


「怪我を無視し……いや、塞がっている? いずれにせよ物騒なお方だ。 ですが、僕好みでもありますね。 血の気が多いというのは実に良い」


「……何!?」


 確実に当たる距離、そしてロイスでは反応できない速度で放ったつもりだ。 だが、その弾丸はロイスの背後に消えていく。 反応できない速度での反応、未来を見通す力というのはそういうことか。 我原は一度退き、既に氷を刀で砕いた雀の下へと飛ぶ。


「であればこれはどうでしょうか」


 雀は刀を横へ向け、一閃する。 ロイス、及び益村を同時に斬り裂く一閃だ。 それは空間を裂き、見えない刃となって二人へ襲いかかる。


「一刀両断ねぇ、ワタシのものにしたいくらいだよ」


 しかしその攻撃は益村が地を叩くことによって消え去った。 突発的に起きた暴風、それは斬撃の衝撃波を吹き飛ばすほどに強烈かつ苛烈であり、二人共にその結果を予測していたかのように微動だにしない。


 ……未来を読み取られるというのは、些か面倒なことだと雀は思う。 攻撃の全てが予見され、そして対策されている。 相性としては悪い戦いになりそうだ。


「拉致が空きませんね。 僕が攻めたとしても貴方たちのような優れた人に攻撃は当たらない、かと言ってあなた方の攻撃も全て無意味。 困りましたねぇ……」


「とてもそうは見えないぞ、ロイス=ミネルト。 まだ何か隠しているのですか」


「あら、バレちゃいました?」


 不敵に笑うロイス。 そして言葉と同時、上空から何かの気配を感じた。


「……ヘリ? 増援……ではない」


 空を飛んでいたのは、一機のヘリだ。 だが、増援と呼べるほど大きなものではなく、人が数人程度しか乗れない規模のヘリであった。 故に雀はその結論を出したのだが、次に視界に入ったのはヘリから落とされた物体だ。


 それはみるみるうちに加速し、このアンテナ塔付近へと落下してくる。 ようやくそれが袋に包まれた何かだと認識できたのは、地面へと激突した瞬間であった。


「おおやっと来たかね、まったく菊地クンは足が遅くて困ってしまう」


「それが例のものですか? 興味がありますので、僕は少々観戦者へと回りましょう」


 ロイスは言い、数歩後退る。 それを見て、言葉を発さずに益村は袋を縛り付けている鎖を外す。


 その行動を止めることが、できなかった。 我原も雀も、袋から発せられる異質、異様とも言える空気に完全に飲まれていた。


「さぁ、お仕事の時間だ」


 袋は完全に取り払われる。 そこへ現れたのは、少女だった。 拘束服を着ており、その目は虚ろと言っても良い。 手と足は完全に固定されており、生きているのかすら定かではない。 黒い髪はまるで人形のようであり、しかしその瞳が動いたことによって人形ではないことが伺える。


「奴らを痛めつけなさい」


 そして拘束は解かれる。 少女は目の前に居る我原と雀を認識し、口を開いた。


「了解」


「ぐッ!?」


「なっ――――――――」


 あまりにも速い。 言葉を言い終わるとほぼ同時、我原と雀は少女の放った拳によって左右へと飛ばされた。 目で追えず、気配すら感じない。 気付いたときには体が飛ばされており、我原と雀は瞬時に理解した。


 一人では決して勝てない、それほどの力を持っている、と。


「……ナメた真似をッ!! 死屍累々ッ!!」


 だが、我原もタダで攻撃を食らったわけではない。 少女に殴られたその瞬間、ほぼ直感だけで仕込みナイフで少女の体を斬り付けていた。 限りなく小さな傷であるものの、それは我原が付けた傷。 であれば既にその痛みは我原の手中にある。


「くっくっく……ハッハッハッハッハ!! おいおい我原クゥン、一つ教えてあげるよぉ? それはヒトじゃない、だからキミの無様な文字も意味はない」


「馬鹿な――――――――ッ!?」


 我原の顔に拳が入る。 少女の攻撃は一撃一撃が果てしなく重く、ようやく立ち上がったのは雀だった。 しかし、我原の手助けに入る前に、今度は自身の脇腹へと拳が入った。 骨の軋む音、折れる音が聞こえ、口の中は血で満たされる。


 これはマズイ。 それも並大抵のそれではなく、雀と我原ですら太刀打ちできないほどだ。 このような隠し玉があったというのは、神人の家にも関わってくる危機と見て間違いない。


「くっくっくっくっく! あーっはっはっはっはっは!! 良いねぇ良いねぇ! 無様に転がるその姿、昔を思い出すよぉ!! 体中に針を刺したあの感触、目を貫いた釘の感触、ああ懐かしいッ!!」


「ああ、腹が立つな、オレに痛みを与えるか、ゴミ如きが……。 少し黙っていろ、クズが。 腐敗臭がここまでするぞ」


 立ち上がったのは我原。 そして、それに対し驚愕したのはロイスであった。 感染者を知る感染者だからこそ、我原の異常とも言える体力に驚かざるを得なかった。 更に、我原の傷は癒えている。 負った傷を覆うように漂う黒い粒子、それは我原の肌と同化し、傷を完璧に癒している。 普通であれば、考えられない現象だ。 治癒速度も尋常ではない、普通であれば重傷とも言える傷をものの数秒で治癒している。


 同時に考える、このまま我原を痛めつけ続ければ、マズイことになるという予感がした。 先見之明、未来を見通し、それが何かをロイスは一瞬で頭に入れる。


 入ってきた光景は、死だ。 黒い粒子に捕らえられ、見るも無残に死を遂げる自分たちの姿だ。 圧倒的な死の映像に、ロイスは自身の足が震えるのを感じる。 紛れもない恐怖は、すぐそこまで――――――――。


「益村さん待ってください、このままというのはあまり良くないですね」


「何を言ってるのかねぇロイスくぅん!! 邪魔をするなら貴様から……」


 精々冷静な声を出し、益村を制止する。 それにより、ロイスの視る未来は変貌した。 そこで視えた光景は、自分たちの死ではない。 それぞれの未来が変わった、そう認識した次の瞬間、それは再び死へと変貌した。 その場に居る全員へ視線を向ける。 だが、そのどれもが見せる未来は一つのみ。 自分たちだけではない、この場に居る全員の……死だ。


「……何だ?」


 叫ぶように言う益村とは対照的に、我原は落ち着いていた。 自身よりも強者が居たからこそ、冷静になれたと言っても良い。 だからこそ気付ける、この場に近づいてくるもう一つの異常に。


 だからこそ理解できた。 それは、紛れもない怪物だと。


「ミィイイイツケタァアアアアアアア!!」


 空から降ってくるは、巨大な影。 唸り声、叫び声、金切声のような声と共に、地を揺らすほどの巨体は地面へ舞い降りた。 強靭な顎、骨と皮膚だけの翼、そして右腕に無数に張り付く眼球、左腕には同じく口が無数に張り付いている。 まさに化け物、不吉というものをそのままカタチにしたような……怪物だ。 そう呼べる存在が、現れた。

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