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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第十八話

「私はバイトがあるのですが」


「……バイト? なんだ貴様、それなりに稼いでいるとは思っていたが貧困にあえいでいたのか?」


「どうしてそうなるんですか、私がバイトをしているのは勉強のためです。 社会勉強、というものですね」


「笑えてくるな。 いくら学んだところでオレたちは感染者、人間でなければ社会に馴染めるものでもなし。 加え、仮に馴染んだとしてどうする? 獅子女さんもそうだが、その社会に溶け込む行為はオレには理解できんな。 人間になることでも夢見ているのか?」


 我原と雀は街中を歩き、そんな会話を繰り広げていた。 当初は我原から数メートル離れ、尾行のように後をつけていた雀であったが、我原から「鬱陶しい」と告げられ、現在のように結局は横並びで歩いている二人である。 ちなみに、未だ一度も相手の顔を見て行われた会話はない。


「私のことは構いません、獅子女さんのことをとやかく言うのは止めて頂きたい」


「あくまでもオレの解釈だ、貴様は人様の解釈にまで小うるさく口を挟むのか? もしもそうであるならばオレの貴様に対する認識が甘かったようだな、謝罪しよう」


「……だからあなたのことは嫌いです、我原さん」


「それは良い知らせだ、オレも貴様は嫌いだ」


 言いようのない空間、それが二人の間には流れている。 お互いに前を向き歩いたままでの会話はとても仲が良いものには見えず、周囲の人々は避けるように歩いていた。 美男美女ではあるものの、そこから放たれるのは異様な威圧感だ。


 雀は面を付け行動をしているおかげで身元が対策部隊にバレていることはない。 が、我原に関しては対策部隊に漏れているものの、その危険性から情報は一般的には秘匿されている。 対策部隊とて、容易に手出しできる存在ではないのが我原鞍馬という男なのだ。 それ故、我原が街中を歩いたところで騒ぎが起きることはない。 もっとも、我原本人は意に返さぬような性格をしているものの。


「話が進まないので、無理矢理にでも話します。 これから私はバイトがあるので、付き添って頂きたい。 本来であれば我原さんに付いてきて頂くというのは死ぬより嫌なのですが、仕方ありません」


「貴様それが人に物を頼む態度か。 オレとて貴様とこうして街中を歩くだけで死ぬより嫌な思いをしている、獅子女さんの命令でなければ今ここで貴様の首を落としかねん状態だ。 貴様の頭と体が繋がっているのも獅子女さんに感謝しておくんだな」


「……分かりました。 私もバイトを休むわけにはいかない、それで私の態度に問題があるとするならば、改めます。 それで構いませんか?」


 雀は数秒思考したあと、そう告げた。 こんな状態であれ雀の中ではバイトを休むという選択肢はなく、そのためならばこの時間だけでも態度を改めようという、そういう思いだ。 それだけで雀がどれほど真面目なのかが伺えるが、その心中には獅子女の言葉があったのも言うまでもあるまい。 万が一にでも我原と良好な関係となれれば、それは神人の家にとって大きなプラスとなるのだ。 それが分からない雀でもなかった。


「オレとてガキではなし、駄々を捏ねるつもりもない。 今は特にすることもなし、別に構わん」


「ありがとうございます!」


 我原は意外にもすんなりとそれを受け入れる。 それに対し、雀は思わずそう礼を述べ、我原は嫌悪感露わに不機嫌そうな顔をしていた。 相変わらずではあるものの、二人にしては珍しく、悪い流れではないように見える。


「ところで柴崎雀、バイトというのはなんだ?」


「バイトって単語を知らないんですか……?」


「殺すぞ貴様。 オレはその内容を聞いている、会話の流れでそのくらい理解しろ」


「あ、ああなるほど、すいません」


 我原はどこか浮世離れしている雰囲気がある。 よって雀はまさかと思い尋ね返したのだが、どうやら幸いなことにバイトという言葉自体は知っているようであった。 咄嗟に雀は謝り、曲りなりにも同行してもらう以上、そのくらいは話しても良いかと思い、口を開こうとする。


 が、止まった。 雀はそこまで考えていなかった。 バイトに行かなければという思いだけがあり、そこまで頭が回っていなかった。 いつもであれば深く考え行動するのが主な雀にとって、それは珍しいことである。 それも我原と二人という、通常起こり得ない状態が引き起こした事態と言えよう。


「……企業秘密です」


「嘗めているのか」


 そこで初めて我原は立ち止まり、顔こそ向けないものの「言わなければ付いていかない」という雰囲気を醸し出している。 それを受けた雀もまた立ち止まり、目を強く瞑りしばしの間思考した。


 告げなければ我原は拒絶するだろう。 そして、どのみちこれから我原に同行してもらうとなると必然的に知られることなのは間違いない。 更に言えば予め言っておいた方が、後々知られるよりも精神的には楽だ。 そう前向きに考え、雀は息を深く吐き出すと目を開く。


「分かりました、お話します」


「待て、何故そこまで勿体ぶる? まさかとは思うが、非人道的なバイトか?」


「全然違います! 至って普通のバイトで、なんというか……言わば、アレです。 我原さんがご存知かどうかは分かりませんが……」


「早くしろ、いい加減待つのも時間の無駄だ。 無益な時間を過ごすことほどくだらんこともない」


 我原の言葉を受け、雀はようやく語る。 しかしそれでも苦渋の選択であった。


「……喫茶店です」


「喫茶店? 何かと思えば普通だな。 くだらない時間だったわけだ」


 一笑し、我原は再度歩き出す。 が、その背中に対し雀は続けた。


「――――――――メイド喫茶です」


「……正気か?」


 振り返り、そこで初めて我原は雀の顔を見た。 表情は若干死んでおり、生気のない眼をしている。


「だから言うのが嫌だったんです……。 くれぐれもこのことは誰にも話さないでください」


「オレに他人の事情を言い触らす癖などない。 ましてや貴様の事情など至極どうでも良い。 ゆくぞ」


 そうは言うものの、我原の雰囲気は不機嫌そのものだ。 歩き出した我原の後に続き、やはり言うべきではなかった、我原と二人で行動することは断固として反対するべきだったと思う雀であった。




「ここか」


 それから歩くこと数分、目的地であるメイド喫茶へと二人は辿り着く。 その店の前で我原は立ち止まり、店の壁へと背中を預ける。


「オレはここで待っている、何かあれば出てこい。 とは言っても奴らもこんな街中で仕掛けてくるとは思えんがな」


「あの、我原さん。 お言葉ですが、獅子女さんは「お互いがカバーできる位置で」と仰ってました。 なので、中まで付いてきて貰っても良いですか?」


「……」


 我原は数秒黙った後、心底嫌そうな顔を雀へと向ける。 それだけで雀は次に何を言われるのか理解した。


「断る。 この距離であればオレは問題なしと考えている」


「確かに数分であれば問題はないかもしれませんが、今日は六時間勤務ですので……」


「……六時間? 貴様、この寒さの中、オレを六時間も待たせようとしていたのか? いい加減本気で殺したくなってきたぞ」


「……あ、ですので中で休んではどうかと提案したんです」


「思い出したかのように言われても腹ただしいだけだ。 とにかく断る、不可能というわけでもなし、眠りでもして待つことにする」


 我原は言うと、壁に背中を預け、腕組みをし、目を瞑る。 どうやらその姿勢のまま眠るらしく、我原が普段どう過ごしているかは分からないが、行動からして不可能ではないということは伺えた。 我原は嘘や冗談というものを嫌うということくらい、雀ですら知っていることだ。


「……いくら我原さんと言えど、獅子女さんの言葉を無視するのは放っておけません。 私から提案があります」


 だが、雀も食い下がらない。 人一倍獅子女に忠誠を誓う彼女は、獅子女の言葉をぞんざいにする我原のことがどうしても許せなかった。 言ってしまえば、頑固者同士なのだ。


「言ってみろ」


 我原は片目を開き、一応は聞く姿勢を見せる。 それを受け、雀は口を開いた。


「……常識の範囲内で、我原さんの言うことをなんでも一つ聞きます」


「ほう。 死ねというのは含まれるか?」


「含まれるわけないです。 常識を疑いますよ、我原さんの」


「オレに常識など尋ねるな。 まぁ良い、その言葉が嘘偽りなきものなら良いだろう。 要するに貴様の連れとして入り、後は貴様の仕事が終わるまで待機していれば良いだけの話ということだな」


「はい、そうです。 それであれば私も視界内に収めておけますし、我原さんも同様です」


「ふん……まるで操り人形だな、貴様は。 その要求は受け入れた、約束、忘れるなよ」


 こうして、なんとか我原を説得した雀は共に店内へと入っていくことになったのだった。

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