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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第十四話

「はてさて、こんなか弱いわたし相手に多勢とは情けない限りだね。 感染者対策部隊の諸君」


「警戒を絶やすな、奴は()()()だ」


「また懐かしいお名前だ。 そう言う君は高谷(たかや)くんじゃーないかね? いやぁ大きくなったねぇ」


ロクドウはいつものように散歩をし、街中を歩いていた。 しかしどういうわけか自分の位置は対策部隊にバレており、片側二車線の道路の中央に立つロクドウの前には、対策部隊が陣を構えている。 その数およそ百、戦闘機と戦車の姿さえ見え、国防部隊も出撃している様子であった。 一人に対して過剰すぎる戦力、それがロクドウへ向けられた刺客だ。


「万全を期す、住民の避難も済んでいるようだし、わたしの行動を読み切ったか。 監視カメラは死んでいる……なるほど、衛生か。 この分だとみんなのところにもって感じだね。 良い匂いだよ、血潮が踊るほどにわたしの気持ちも高まるってものだ。 いくつの命が消えるのか、それを踏み誰がどう輝くのか、間近で見れないのは悲しい限りではあるけれど、わたしはわたしの役目を果たそうか」


「ロクドウさーん! お久し振りですぅ!」


「おい馬鹿テメェ出て行くんじゃねぇよ!!」


ロクドウは声の下へ顔を向ける。 ビル群の隙間から小走りでこちらへやって来たのは、滅多にお目にかかることができない人物であった。


「おっと……そうかそうか、そう言えばそういう状況だったね、今は。 わたしの方こそお久し振りですぅだよ、クスノキ君」


現れたのは、楠木莉莉。 神人の家の幹部にして、一年中引き篭もり滅多に外へは出てこない人物だ。 もちろん彼女も感染者であり、その文字は少々特殊なものとなっている。


「な、なな、夏だと思ってたのに今は冬なんですねぇ……わたくしこんな夏っぽい服できちゃいましたよぉ……うう、はずかし」


少し長めの明るい茶髪に白いワンピース。 まさしく夏に外出したお嬢様のような格好の女、それが楠木莉莉である。 目鼻立ちは整っているものの、顔は下を向いており、人見知りなのか言葉はたどたどしい。


「天然さんかい面白いね。 まぁわたしも人のことを言える格好ではないけれど、フリフリゴスロリ可愛いだろう? わたしはこの服が大嫌いなのだけど、趣味に時間を費やすときは眺めのワイシャツ一枚なのだけどね」


「か、かか、軽井沢さん……わ、わたくしの帽子は」


「おらよ、テメェ俺に持たせるんじゃねえよ……」


「無視かい、傷つくなぁ」


軽井沢が麦わら帽子を楠木へかぶせると、楠木は両手でその帽子を掴み、目深にかぶる。 自分の顔を隠すように、だ。


「相変わらずの照れ屋さんだねぇクスノキ君。 それよりお二人、何故こんなところでデートをしているのかね? 今からわたしはオモチャで遊ぶところだったんだけど」


ロクドウは言いながら視線を対策部隊へと向ける。 どうやら対策部隊の方はこちらの出方を伺っている様子で、感染者三人……それも神人の家の者となれば、容易に手出しはできない様子でもあった。


「わりいなロクドウ、俺たちも追われてんだ。 チェイスギャングの奴が二人、俺の文字に対するカウンターを当ててきやがった」


「カウンター?」


永永無窮(えいえいむきゅう)、物体の速度を極端に落とすっつう文字だ。 俺のタバコが使えねぇ」


「なるほど、接地しなければ使えないからね、カルイザワ君の文字は。 けどさ、それなら直接地面に押し付けるという方法は駄目なのかい?」


「ふざけんな! 俺が爆破に巻き込まれるじゃねえか!!」


「ああそうだったそうだった、失念していたよ、くふふ。 なんだい、もっと頑丈になり給えよ」


そんな談笑を繰り広げる中、楠木はようやく空気に慣れ、徐々に辺りを見回す余裕が生まれた。 そこで気付く、取り囲まれていることに。


「な、ななっ……なんですかこの状況! シマウマでも出たんですか!? 猛獣大脱走ですか!?」


「ああこれ? いやなんでもね、どうやらわたしを捕まえたくて必死のようなんだよ。 でも生憎、わたしの文字は対個人用みたいな部分があるし面倒だったんだ。 全員殺しても良いのだけど、如何せん時間が割かれすぎる。 わたしの時間を奪うなんて言語道断だよ、まったく」


ロクドウは楠木の言葉にそう返す。 そして何か思い付いたのか、自らの手の平に拳をポンと打ち付けた。


「良いことを思い付いたよ。 カルイザワ君とクスノキ君が僕と交代すればいいんだ。 カルイザワ君の文字はどちらかと言えば多数向けだろう? クスノキ君はおまけとして、わたしであれば二人を追っていた子の相手も容易いしね」


「交代……ってなんだこの量。 まぁそうだな、良いぜ。 適材適所っつうわけだな」


「おまけ、おまけ……わたくしはやっぱりおまけなんですねぇ!!」


「カルイザワ君から頭の良さそうな言葉が出てくると、わたしとしては困惑してしまうね。 ではまた後ほど、どちらが早く片付くか、負けた方は勝者の命令を一つ聞くという罰ゲームで始めよう」


ロクドウは言うと、すぐさま歩き出す。 向かう先は先ほど軽井沢たちが現れたビル群の間だ。 二人は追われていると言っていた、つまり二人が来た道を辿れば会えるだろうとの確信があったからだ。


「んだよそれ聞いてねえぞ!? ……もう行っちまいやがった。 クソが、要するに一匹残らずふっ飛ばせば良いっつうことだよな。 おい楠木、巻き込まれないようにしとけよ」


言い、軽井沢は目の前で構える敵を見据える。 最早それは軍隊といっても良いほどの量で、武装も生半可なものではない。 到底、個人に差し向ける戦力とは思えないほどだ。


「ロクドウ相手となりゃ仕方ねえかもしれねえが、そりゃ少し大人げないってもんだぜ、クズ野郎ども。 女一人によってたかってテメェらにはプライドってもんがねーのかよッ!!!!」


咥えていたタバコを指で弾く。 半分ほど吸ったタバコ、そしてタール数は10。 火力としては決して高くはない、が。 目眩ましとしての役割は充分だ。


「軽井沢蓮、例の十二月事件の主犯だな。 奴は殺しても構わない、片割れの女……楠木の文字は不明だが、応戦するのであれば始末しゼロ番を追うぞ」


高谷は周囲に居る部下へと告げる。 今回、チェイスギャングとの連携を唯一取っていないのが高谷率いる部隊だ。 幹部部隊に所属する文字刈り、そしてロクドウとは短くない縁がある。 何度も捉え損ねており、今回の任務で絶対に捕らえる方法を彼は実行した。


ロクドウの文字は割れている。 その外見から油断する者が大勢居るが、ロクドウの文字は感染者の中でも極めて異端だ。 対個人に対してはほぼ無敵とも言える文字、六道輪廻。 更に不滅の肉体を得る万世不朽。 この二つを持つロクドウを捕らえるのは容易なことではない。


だが、方法がないわけではない。 ロクドウは対多数相手となると、その弱さが露見する。 多勢に無勢、ロクドウはそんな言葉を体現するかのような存在なのだ。


よって、高谷が今回用意したのは過剰とも言える人数だ。 しかし最悪なことに、分断されているはずの仲間との合流を果たしてしまっている。 不幸中の幸いは、その合流した相手が神人の家でも中堅ほどの実力を持つ軽井沢だということか。


楠木の力は未知数。 だが、表立って危険と言われている者ではない故に、高谷は問題ないとの判断をした。


そして爆音と共に前方に居る部隊と軽井沢の間に火柱が立ち上がる。 黒煙と土埃、アスファルトの地面は砕かれ、衝撃波が風となり押し寄せる。 熱風を感じた部隊は危険を察知し、臨戦態勢を取った。 通信機器は磁場の影響で乱れ、軽井沢を挟み込んでいる部隊との連絡が一瞬だけ途切れた。


風は弱くはない、数秒経てば煙は晴れ、軽井沢の姿を捉えることができる。 そのときが決着であり、銃火器による一斉攻撃で軽井沢を始末することができる。


が、煙が晴れるまでの数秒、再度爆音が鳴り響く。 地は揺れ、熱風が体を突き抜ける。 一瞬第二部隊が攻撃を行ったのかとも思った高谷であったが、その衝撃で晴れた視界により、それは違うと思い知らされる。


「……なに?」


「わりいが数が多けりゃ多いほど俺としちゃ楽だぜ。 小賢しく動く鼠一匹よりも、埋め尽くすほど居るゴキブリのがマシつってな」


笑う軽井沢。 そして、軽井沢を挟む位置に存在していたはずの第二部隊が、消滅している。 上がっているのは火柱のみで、衝撃によりビルなどの建物のガラスが砕け散っている。


「高谷隊長!! 第二部隊壊滅との報告がッ!!」


「見れば分かる! 部隊を横へ広げ、対象の周囲を囲え! 決して一点にまとまるなッ!!」


周囲を見渡し、高谷は指示を飛ばす。 軽井沢の強さを勘違いしていたのか、一瞬で数百人となる部隊を壊滅できるほどの実力を持ち合わせていたのか、それとも横に居た女の仕業なのか。 理解は及ばなかったものの、とにかく軽井沢の文字の特性上、一点にまとまると危険だということだけは理解できた。


軽井沢の文字はタバコを爆弾へと変える能力だ。 そして、起爆する条件はタバコが接地すること。 つまり軽井沢の姿を捉え続け、尚且つ投げられるタバコに注意を払っておけば問題はない。


「高谷隊長! 子供が……」


「子供?」


声の方へと顔を向ける。 隊員の一人はどこから連れて来たのか、小さな子供に服の袖を掴まれていた。 辺り一帯には極秘に厳戒態勢が敷かれており、周囲の住民は全て避難が完了しているはず。 逃げ遅れたのか、迷い込んだのか、とにかくこの場に一般人が居るというのは非常にマズイ。 相手は国家指定テロリストの神人の家だ。 子供の存在がバレれば、人質に取られる可能性も大いにある。


……その場合、対策部隊の行動は「無視し攻撃を継続」となる。 優先すべきは感染者の排除、一般人の人命は二の次だというのが対策部隊のやり方なのだ。


「クソ……こんなときに! 保護し早急にこの場から避難させろッ!!」


「ひっ……う、うわぁあああん!!」


高谷の怒声に怯えたのか、幼い子供は泣き声を上げ涙を流す。 高谷は一度舌打ちをしたあと、少女の頭に手を置いた。


「大丈夫だよお嬢ちゃん。 ここは危ないから、そこのお兄さんに付いていきなさい」


「……危ない? ここ?」


「そうだよ、おじさんたちが守るために、君はすぐに避難しなさい」


高谷は笑顔を向け、少女に告げる。 同い年ほどの子供を持つ高谷にとって、少女の小さな命は守らなければいけないものであった。 例えそれが対策部隊の方針に逆らうこととなっても、譲れないことであった。


だが、それは不正解だ。 戦場では全ての感情を断ち切らなければ生きていけない。 冷徹に、冷血に徹せない者は死に行くだけだ。 そして死というものは、常に人々の傍で息を潜めている。


「それって、こんなふうに?」


「あ、か……ひゅ」


高谷は自分の声が出ないことを認識した。 視線を喉元へ向けると、突き刺さったナイフが見えた。 触れると、そこからは大量の血が溢れ出していた。


「なっ……」


隊員たちは、皆がその目を疑った。 僅か五、六歳ほどの少女が高谷の喉元にナイフを突き立てたという行動に。 その現実が頭に入ってこず、全員がその場から動けず、何が起きたのか理解ができない。


「ひぃ! ご、ごめんなさーい!! だってこうしないとわたくしが殺されるじゃないですかぁ!! だから仕方なかったんですよぉ!! ほんとですほんとです、悪気はなかったんですぅ!! わたくしの所為じゃないんですよぅ!!」


少女は既にそこへは居ない。 少女が居たはずの場所に立つのは、楠木だ。 必死に謝り、おどおどとする姿はとてもたった今高谷を刺し殺したとは思えないほどであった。


楠木莉莉が持つ文字。 それは『変幻自在』と言われるものだ。 対象とした人物、或るいは自身の姿を条件をクリアすることにより、自在に操ることができる文字。 楠木はそれを使い、自らの姿を少女に変え、高谷を刺し殺したのだ。


「もうだから外へ出るのは嫌なんですぅ!! 軽井沢さん助けてくださいよぉ!!」


「お前意気揚々と行ったわりにおどおどすんなよ」


そして、いつの間にか軽井沢は楠木の傍へと居た。 部隊という群にとって最大の痛手というのは、司令官が消え去るということだ。 頭を失えば手足はもがくしかない、その数が大きければ多いほどに混乱は増していき、一度崩れた部隊を立て直すのは容易なことではない。


もしもこれが普通の人間相手であれば、数の暴力という言葉で片付いてしまう。 だが、相手としているのは感染者であり、それも神人の家の二人だ。 片方は多数相手に絶大な威力を持つ文字、もう片方は内部に紛れ込む可能性があるというだけで戦意を削ぐには充分すぎた。


「化け物……化け物めッ!!!!」


「おうおう、聞き慣れた言葉だなそれ」


逃げる者、立ち向かう者、その場に立ち尽くす者。 統制が崩れたその瞬間、雌雄は決したと言っても過言ではない。

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