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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第十三話

『ってわけでアオちゃん、こっちは終わりだよ。 そっちは?』


「……こっちも余裕っすね、お疲れっす。 適当に後で集合しましょ」


村雨からの通信にそう返し、アオは通信を一度切る。 どうやら予想通りの文字だったようで、村雨の方はどうにでもなるだろう。 問題は、こっちだ。


「さっきから相手してくれないなんて俺さみしーんだけど? アーオちゃーん」


「しつけーんすよ……ッ!」


「七十五発目、あと十四発だけど大丈夫? まぁでも俺を殺せない限り無理な話だっけどねぇ」


予想外は、須藤の方だ。 単純かつ強力な文字、そして恐らくV.A.L.V含有率もアオよりも高く、身体能力で劣っている。 先ほどからアオが影から出す怪物の攻撃は、尽く避けられてしまっているのだ。 その度に打撃を入れられ、残された回数は多くはない。


チェイスギャング、ロイスが持つ構成員の中でも上位に入る実力者、それが須藤という男だ。


彼はそのチャラけた見た目とは異なり、積み重ねというものに重きを置いている。 幼い頃からのそれは須藤の性格でもあり、彼が感染者となったとき、それは文字となって反映された。


――――――――百発百中。 須藤が持つその文字は、確殺する場合はもっとも現実に近い文字だ。


九十九の攻撃を対象に加える。 それが、百発百中が本来の力を発揮するための条件である。 前提として九十九の攻撃は、選択した対象に確実に命中する()()()()()()()()()()()となる。 そして、その九十九を終えた時点で百発百中の本来の力……確殺たる攻撃へと変化する。 百発目、その打撃は対象がどこへ居ようと確実に当たり、そしてあらゆる概念を無視し、対象を死へと追いやる攻撃だ。 極端な話、その対象が地球の裏側へ居ようと絶対に命中し、そして確実に殺すことができる一撃である。


もちろん、弱点はある。 それは九十九の攻撃を行うことが前提だということ。 その九十九を終えられなければ百発百中はただの打撃が弱くなる文字に過ぎない。 更に、その九十九の攻撃を行う時間は24時間となっており、もしもタイムリミットとなってしまえば同じ対象に文字を使うことは二度とできない。


だが、相性が悪すぎた。 アオは主に遠距離、及び中距離から敵を制圧し、自らに近寄らせずに殺すことを主としている。 対して須藤は接近での戦闘を得意とし、身体能力はアオよりも数段上だ。 何より一対一というのは、実力がある者が相手の場合はアオにとって戦いづらいことこの上ない。 怪物の動きを見極められてしまう以上、どうしても逃げながらの戦いになってしまう。 そして動けばアオの出す怪物は一旦消え、それを好機とばかりに須藤が数発アオに打撃を食らわせるといった具合だ。


「アオちゃんさーあ、その怪物クン確かに喰らったらヤバイんだけど、一方通行すぎんだよねぇ」


「……チッ、くじ運ないっすねぇほんとに」


須藤は逃げ惑うアオに聞こえるよう、大声で話をする。 アオは自らの位置がバレぬように死角を動き、好機を狙うしかない。


「一度過ぎれば戻って来るまで時間がかかる。 いくら百匹つっても俺に見切れる速度じゃ精々殺せても格下っしょ」


「だったらこれならッ!!」


アオは言葉と共に、須藤の頭上から大量の怪物を向かわせる。 二階から吹き抜けを通し、巨大な展示場へと入ってきた須藤に対する攻撃だ。 須藤を喰らうべく飛びつく怪物は唸り声を上げ、一直線に須藤へ襲いかかる。


が、須藤はこれを予見していた。 既に幾度となく交戦している相手の攻撃パターンを読みきれないほどに愚鈍ではなく、顔を上へ向け、須藤は笑う。


「みーえてーるよー。 まったく退屈な戦いになっちゃったな」


上空へと飛び、怪物たちの攻撃を全て避け切る。 更に避けた怪物を足場にし、一瞬の時でアオの前へと須藤は着地した。


「神人の家の幹部つってもこんなもんなわけ? 機械遊びが趣味なら外に出ないことを薦めるよ、お嬢ちゃん」


「ナメんな、僕だってこういう戦いを何度もしてるんすよ」


完全に余裕を見せた須藤に対し、アオは更に一匹の怪物を眼前に出現させる。 虚を突いた一撃、アオにとってすれば一撃だけでも喰らわせることができれば、致命傷を与えることが可能だ。 アオの百鬼夜行にはそれだけのポテンシャルがあり、喰えさえすれば勝敗は決する。


「それは俺も同様だね。 こう見えて、俺は眼が良いんだよ」


だが、その一撃ですら須藤はいなす。 須藤はアオが出す怪物の数を完璧に捉えており、アオの眼前に降り立った時点でその数が九十九ということを把握していた。 残りの一匹による不意打ちも想定内であり、実力ではアオを容易く上回っていると言っても良い。


「くっ……!」


そして、次に起こることは須藤の連打。 地を蹴り距離を詰め、須藤は容赦なくアオの身体に数発の殴打を浴びせる。 いくら威力が抑えられていると言っても、既に数十を超える打撃は着実にアオの身体にダメージを与えていた。 微々たる打撃はアオの体力を削り、村雨のように回復ができないアオにとって、重い足枷となっていく。


「少し強めに打っとこうか」


「何を……ッ!?」


横からの攻撃に腕を挟む。 しかし、蓄積された攻撃は遂にアオの骨を折るほどにもなっていた。 右腕に激痛、音と感触、痛みからアオは右腕が折られたことを理解する。 顔を歪ませ、アオは更なる追撃を避けるために階下へとその体を投げた。 受け身を取る余裕もなく、激しく打ち付けられた体全体に痛みが走った。


「おいおーい、死んでないよね? ちなみに今ので八十九……あ、これで九十ね」


「ぐぁッ!!」


よろよろと立ち上がったアオの眼前には須藤の拳があった。 防御が間に合わず、アオはその攻撃をまともに喰らう。 頬に入り、アオの体は扉を破り更に奥の室内へと投げ出された。


「興醒めかなマジで。 それともアオちゃんが弱いだけ? まぁこれが獅子女とか柴崎とか我原相手だったらこう楽じゃないんだろうけど」


破壊されたドアをくぐりながら須藤は言う。 アオは飛びそうな意識を必死に掴み、額から流れ視界の妨げとなっている血を和服の袖で拭った。 銀色の髪は所々が赤く染まっており、体のあちこちに走る痛みは時間の経過と共に増して行く。


――――――――満身創痍。 まさにそう呼べる状態だ。


「何を勘違いしてんのか知らないっすけど、あんたじゃ獅子女さんたちには勝てないっすよ」


「へえ? どうして?」


「決まってんじゃないっすか、あんたが弱いから」


視界が悪い。 アオは左目が見えなくなっていることに今更気付き、破れかけている和服の袖を引き千切り、左目を覆う。 残されたのは右目の視界のみ、そして使えるのは左腕と既に棒のようになった両足のみだ。


「俺が弱い? 未だに無傷で、ボロボロのアオちゃんに言われたって心に響きはしないよなぁ……!」


地を蹴り、須藤は無防備なアオに打撃を加える。 腹部、胸部、肩部、左頬、脇腹、大腿部、腕部、最後に顔正面。 全部で八発の攻撃をアオはまともに喰らい、血が飛び散った。 その返り血を一筋頬に付け、須藤は壁に打ち付けられたアオを満足気に見つめる。 対するアオはガラスにでも衝突したのか、砕け散るような音を立て、ガラス片の上へ倒れ込む。


「が、はッ……げほ、げほ」


黒い血を吐き出す。 内臓器官の殆どは破壊され、更に骨折箇所は十箇所以上に上るだろう。 加え、須藤はたった今の攻撃で九十八回の攻撃を終えた。 それが意味することは、アオの命が残り僅かだということだ。


「もうちょい楽しめるかと思ったけど。 つか最後の最後まで口だけって、アオちゃんもしかして足引っ張ってる系じゃない? 獅子女たちは確かにつえーかもしれないけど、少なくともアオちゃんは役立たずだったってわけだ」


その言葉をアオは聞き、手を地面へと付ける。 ガラス片が突き刺さったが、既に痛みを感じないほどには神経をやられていた。


――――――――役立たず。 その言葉は、アオにとって過去を思い出すのに充分な言葉だった。 物のように扱われ、挙句に役立たずと罵られ、そうして暮らす日々はこの世の地獄のようにも感じていた。


『お前は何をやらせても役に立たないな』


「……ムカつくんすよ、本当に」


自らの血で手が滑り、アオは地面へと再度倒れ込む。 だが、それでも立ち上がるべく何度も何度も手を付き、膝を立て、十数秒かけ、立ち上がる。


役に立たないと言われ続けてきた。 それでも役に立とうとした。 たまには役に立てたと思った。 しかしかけられた言葉は何一つとして変わることはなかった。 自分の居場所を見失った。


そんなとき、獅子女は自分の手を掴んでくれた。 立ち上がらせ、居場所があると言ってくれた。 自分の能力を評価し、最善の方法を教えてくれた。 だからこそ、今自分はここに居る。


「僕がただ、必死に逃げ惑っているだけだと思ってたんすか」


「あん?」


アオは自らの懐に手を入れる。 取り出したのは携帯機器、その画面には電子プログラムが刻まれている。


「僕がどうして、この美術館を隠れ場所にしたのか。 僕がどうして、まともに戦わず逃げ続けたのか。 僕がどうして……あんたの相手をしているか」


「……なに言ってんの? はっ」


「知ってたんすよ。 あんたの文字も、あんたの連れの文字も。 そんくらい集められなくて、何が情報網に長けている……っすか」


アオは薄っすらと笑う。 それを見て、須藤は動けずに居た。 言いようのない悪寒、それも勘違いや杞憂などではなく、ハッキリとした悪寒だ。 もしもここに至るまでの経緯、その全てがアオの描いた筋書き通りだとしたら……今、ピンチなのは果たして一体どちらだ?


「さっき、獅子女さんや雀さん、我原さん相手なら勝てなかったって言ったっすね。 ふふ、そりゃそうっすよ。 だってあんたは、僕にすら勝てない」


「へぇ……」


アオは言い、左手に持った携帯を操作する。 接続先は、美術館の非常電源、及びデータ管理室。 既にプログラムは完成されており、滞りなく操作を受け付ける。


同時、室内に照明が点いた。 一瞬の目眩ましの役目を担っているのか、須藤は数秒の間視界を奪われる。 それに伴っての攻撃と予測した須藤は、咄嗟に後方へと跳んだ。


「……ん?」


だが、攻撃は訪れない。 光に慣れ、視界に映ったのは先ほどと変わらぬ位置で立つアオの姿だ。


「僕の文字は百鬼夜行、僕の影から百の怪物を出す文字っす。 戦ったあんたなら分かると思いますけど、実際に影が見えずとも、そこに影があると僕が認識していればそれで良い」


室内の光景が目に入ってきた。 それを見た須藤は、一瞬何が起こったのか理解が及ばない。


「あんたはさっき、僕の攻撃は一方通行って言いましたよね。 んなこと僕が一番良く分かってんすよ、自分の文字のことは僕が一番分かってる」


須藤の目に映ったのは、至る所に居るアオだ。 数人、いや数十人にも及ぶアオの姿。 まるで自分が取り囲まれているかのような光景に、須藤は咄嗟に後ろを振り向く。


そこに居たのは、自分自身。 須藤自身の姿だ。


「……鏡?」


「正解っす。 僕の目的は、この鏡部屋にあんたを誘導することだった」


だからアオは先ほど壁に衝突したとき、ガラス片と共に地面へ倒れ込んだのか。 そこまで理解したものの、これから起こることまで須藤は予測することができない。


「僕の文字は、僕の影から現れる――――――――百鬼夜行」


「まさかてめぇ!!」


そこに至り、須藤はようやくアオの目的を理解した。 鏡部屋への誘導、そしてアオが言ったアオの文字の条件と弱点、それをカバーする方法。


瞬時に須藤はアオへ九十九発目の攻撃を加えるべく、足に力を入れる。 その攻撃さえ喰らわせることができれば、アオの命を絶つことは容易い。


だが、それは怪物によって阻まれる。 ()()()()()()()()()()()


「ッ!!」


左方に存在する鏡の一枚、そこへ映っているアオの影から怪物が飛び出し、須藤を喰い殺さんと襲い掛かってきた。 鏡の角度は全て計算されているのか、全ての鏡はアオが映り込むように設置されている。


「だが見えないほどじゃないし、反応できないほどでもないね。 避けながらでも充分いけるよ、アオちゃん。 随分考えたみたいだけど、百匹じゃ俺は止められない」


「知ってるっすよ、そんなこと。 僕が知らないであんたが知ってることなんて、端からねーんすよ」


「は?」


自らの姿を黒い何かが覆った。 須藤は咄嗟に顔を上げ、そして周囲を見渡す。


「……いやいや、そりゃちょっと聞いてないって」


鏡から飛び出す怪物。 それらはとても百匹とは思えない数だった。 広大な室内を容易に埋め尽くす量……数百、数千、そんな単位が須藤の頭には浮かぶ。 そして、今尚その数は増え続けている。


一つの影にて百匹の怪物。 鏡に映し出されたアオ一人一人の影から、百匹ずつの怪物は須藤へ襲いかかる。 まるで黒い波、黒い壁が押し寄せてくるかのような光景に、須藤はただただ飲み込まれるしかなかった。


「夜深し、散り行く命、月下美人、されど私は空々寂々……あーあ、しんど」


アオは言い、その場に座り込む。 怪物は既に()()を終え、残されているのは僅かな血痕のみであった。


「……もしもーし、村雨さんっすか? いや、そうしたいのは山々なんすけど、ちょっと体中ボロボロなんすよ。 できれば治しに来てもらえると助かるんすけど」


村雨に連絡を取り、自らの場所を伝え、アオは通話を切る。 誰も居なくなった室内で、アオは天井を見つめて短く息を吐いた。


「もうちょい使い勝手良くしないと駄目っすね……色々改良の余地はありそうだし、せめて弱点くらい簡単にカバーできるようにしないと」


アオが考えるのは、既に次の戦いに向けてのことである。 過ぎ去ったことは切り離す、既にアオにとって須藤の存在は過去のものであり、目を向けるは次のことでしかない。 神人の家の頭脳と言われる少女の底は、誰にも計り知ることができないものであった。

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