表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
40/145

第十二話

「おいおいいつまで逃げる気だよ、テメェは逃げるだけのゴミクズかああん!?」


 根村の声と同時、通路と通路を繋ぐ壁が破壊された。 それを遠巻きに確認していた村雨は再び奥へと走り去る。 先ほどからこれの繰り返し、広い美術館の奥へ奥へと村雨は逃げている。


「ナメやがって……。 いくら非戦闘員つっても限度があるだろうが。 まぁ良い、そっちがその気ならこっちにもやり方ってもんがある」


 根村は駆逐隊ではないものの、一般構成員内でも飛び抜けた実力を持つ男だ。 幹部部隊所属、そして第三幹部部隊副部隊長。 文字刈りであり、その実力は神童よりも上だ。


 ならば何故、彼が副部隊長止まりなのか。 それは彼自身が持つ武器が特殊すぎるからである。


「――――――――有言実行(ゆうげんじっこう)


 言葉と共に、箱は砕ける。 手の平に乗るほどのブロック状へバラけたそれは、根村の周囲に浮かび、漂うように付き従う。


「さて、俺は生憎遊んだりするほど余裕がある男じゃねぇ。 テメェのようなつまらない相手だと尚更な。 っつうわけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なっ!」


 根村の言葉通り、突き当りの角を曲がったところへ村雨は居た。 が、それは当然文字の力。 村雨は先ほどまでもっと奥へと居たものの、根村の持つ武器、その文字によって強制的に移動させられたのだ。


 有言実行。 それは、自らが紡いだ言葉を現実へと還元する文字だ。 現実的に起こり得る可能性があることならば、根村が言葉にしたことは現実になる。 そしてその起こり得る可能性というのは、根村視点の出来事だ。


「逃げるばかりじゃつまらねぇだろ、お前も俺もな」


「私はそうでもないんだけどね。 か弱い女性に手を出すなんて、男が廃るよ」


「女子供でも容赦はしねぇ、それが男ってもんだろ? 俺が振るった拳は村雨ユキの顔を捉えた」


 直後、根村の周囲に浮かんでいたブロックは砕ける。 それを見た根村は右手を振り上げ、その拳を村雨の顔へ向け放つ。 村雨は咄嗟に防ごうとするも、まるで幻覚でも見ているかのように、気付いたそのときには自身の顔に根村の拳が命中していた。


 致命的な一撃ではないにしろ、村雨の体は容易く吹き飛ぶ。 横にあった壁へと激突し、肺の中の空気が一気に押し出された。


「……ったく、全く戸惑いってものがないから困ったもんだよ。 これだから対策部隊の男ってやつは」


「ハッ! よえーのに粋がる、これだから感染者の女ってやつは。 俺は足を振り上げ村雨の腹部を蹴り上げた」


 言葉と同時、根村の足は壁へもたれかかり、立ち上がることのできない村雨の腹部へと命中した。 無防備な体勢での一撃は綺麗に入り、村雨の体を激痛が襲う。


「かはっ……」


 嘔吐感、口から溢れ出てくるのは大量の血だ。 鍛え上げられている一撃は村雨の体内を破壊するのには充分であり、普通であれば立ち上がることすらできなくなる一撃であった。


 だが、村雨の文字はこういう場合でこそ真価を発揮する。


「――――――――原点回帰」


 言葉を紡いだと同時、村雨は体中から痛みが消えるのを認識した。 血は止まり、傷は癒える。 体の状態そのものを原点へと回帰させる力は、治癒能力として絶大な力を発揮する。 感染者対策部隊において、万が一捕らえた場合でも武器には転用することが不可能とされる文字、それが原点回帰という文字だ。


「いやぁ効くねぇ……あんた中々良い男じゃない、坊主ってのが少し傷だけどね」


「減らず口かテメェは。 大人しく投降すりゃ手荒な真似はしねえぞ、テメェの文字は研究対象として貴重なサンプルなんだとよ」


「悪いけど断るよ。 私はボスに惚れてんだ、だったら選ぶ道なんて決まってるだろう?」


 その言葉に根村は表情を変えることはなかったものの、数秒村雨の顔を見た後、文字を使う。


「俺は村雨の右腕を掴み、力の限り引き千切った」


 ブロックが砕け、そして村雨の右腕が掴まれる。 村雨は咄嗟にそれを回避しようと試みるも、根村の文字の前では無意味に等しかった。 元々の腕力が相当なものなのか、それとも文字の恩恵なのか、村雨は自らの身体から腕が引き剥がされるのを視認した。


「――――――――ぁああああああああッッッ!!!!」


 声にならないような叫び声を上げ、村雨はおびただしい量の血が流れる腕を抑える。 そこには既に腕はなく、根村はつまらないものでも見るかのように引き千切った腕を放り投げ、村雨の肩を足で押さえつけた。


「テメェじゃ俺には勝てねぇ。 言っただろ? 俺には手加減する優しさなんてのはねえってな。 分かったらとっとと投降しろ」


「こと、わる……はぁ……はぁ……原点、回帰ッ!」


「っと。 そこまで治せんのかよ、こりゃ驚いた」


 村雨の体は、再び元の状態へと戻る。 腕は修復され、負った傷もその全てが修復されていた。 圧倒的としか言いようがない回復量、神人の家の治療班として重要な役目を負っている彼女の文字は、生きているのであれば元に戻すことが可能だ。 もっとも、彼女自身が戦闘に出ないのは万が一の可能性を考えてということ。


 意識を失えば、文字を使うことは叶わない。 そうなってしまえば村雨には手の打ちようがなく、村雨自身の戦闘能力も決して高いわけではない。


「良い力だねぇ、ゾクゾクするほど痛いじゃないか」


 村雨は笑う。 血まみれで、それでもこの戦いを楽しんでいるように見えた。 村雨ユキの本質、それは彼女が極度の被虐体質であり、同時に加虐体質でもあることだ。 それが同時に得られる戦闘というものは、彼女が本来もっとも好むものである。 彼女がそれでも戦闘に出ないというのは、偏に獅子女に言われたからというものでしかない。


 本来であれば、彼女は優秀な戦闘員足り得る。 如何なる攻撃だとしても、その一撃が致死または意識を刈り取るほどのものでない限り、彼女の前では無力に等しい。 持久戦というものをもっとも得意とする村雨にとって、一撃で勝負を決めることができない相手の場合、その優位は決して揺るがないものなのだ。


 そして、彼女は戦闘を続ければ続けるほどにその強さは増して行く。 集中度も身体能力も、自らが望む場所に立ち続けているというだけで、高まっていく。


「続きをしようじゃないか、根村って言ったっけか? 私も段々テンション上がって来ちゃったよ」


「構わねえよ。 いくらテメェが息を吹き返そうと、俺は叩き潰すだけだ。 テメェが諦めて投降するまで続けてやるよ」


 一見、この勝負に終わりはないようにも見える。 村雨はいくら身体能力が上がろうと、有言実行という強力な文字を扱う根村に打ち勝つ手段はない。 だが、それはあくまでもその文字がある場合は、だ。


「おやおや嘘は良くないねぇ、根村。 あんたの武器、そのブロックが持つ文字は有限だろう?」


「ッ……!」


「驚くこたぁないだろ? あんたが文字を使う度、浮かんでるブロックは消えていってる。 それにさっきからあんたの言葉は「投降しろ」ってものだけ。 私の能力を知ってれば対策なんて楽勝さ、一撃で仕留めれば良いだけだからね? ……けど、あんたにはそれができない」


 村雨の言葉は、的を射ていた。 有言実行という文字は一見強力無比な文字であるものの、実現が不可能なことを直接与えることができる文字ではない。 腕を引き千切る、腹部を蹴り上げる、殴打を加える、それらは文字を介し、必中の攻撃にすることは可能だ。 だが、一撃で仕留めきれるほどの攻撃を有言実行に乗せることは極めて難しい。


 結末を描くことができない文字。 それが、有言実行の弱点だ。


 そして村雨は思う。 やはり情報戦となればアオほど頼りになる者はいない、と。 ここまでの全ては、アオの情報通りなのだ。 有言実行という文字の詳細部分までアオは僅かな時間で調べきっており、それも戦闘中にとなればアオ個人が持つ脳の構造が極めて気になってくる。


「ってわけでアオちゃん、こっちは終わりだよ。 そっちは?」


『……こっちも余裕っすね、お疲れっす。 適当に後で集合しましょ』


 耳元に付けていた無線機からアオの声が響く。 自らも戦闘をしながら、限られた会話の中でアオが導き出した答えを村雨は聞いていた。


 その一、有言実行には回数が存在する。


 その二、根村の言動から長期戦になれば根村に勝ち目はない。


 その三、有言実行は致死の攻撃を与えることはできない。


 その四、よって村雨の行動はただ耐え、有言実行が切れたタイミングで攻撃を加えるのみ。


 絶対的な道標、神人の家に置いて情報調査、サポート役としての立場が本来であるアオにとって、この状況こそが本来の力を最大限引き出せると言って良い。


「何寝ぼけたこと言ってんだ。 俺の右拳が村雨の顔を撃ち抜いた、俺の左拳が村雨の顔を撃ち抜いたッ!!」


 顔から怒りを隠すことなく、根村はその言葉を続け、村雨の顔を殴打する。 血が飛び散り、村雨は抵抗することなく顔を殴られ、その度に村雨の頭部は背後にある壁へと打ち付けられ、それが更に辺りに血を飛び散らせていく。 鈍い音は止むことなくなり続け、それと連動し根村の周囲へ浮かぶブロックは消えていく。 それが尽きると同時に村雨は原点回帰を使いさえすれば、全てが徒労と終わるというのに。


 が、根村は冷静だった。この状況に置ける最善手は既に頭の中へとある。 それは、ブロックが最後の1個となった瞬間に行われる。


「うっ……!」


「馬鹿が。 これくらい予想してなかったテメェの落ち度だな」


 喉に対する一撃。 根村の指は相当な速度で喉へ放たれ、村雨の喉を完全に潰した。 息の苦しさと痛み、そして声が完全にでない。


「――ッ、――――!」


「滑稽だねぇ、まぁテメェは連れて帰るぜ。 俺も一旦帰らないと文字も元には戻らねえしな」


「ああ、そうだね」


「なッ!?」


 村雨は立ち上がる。 血まみれであり、顔には殴打の跡が未だに残っている。 しかし、それはみるみるうちに癒えており、村雨の原点回帰の力が働いていることは明白だった。


「まったく不便だねぇ、声を使わないと文字が使えないなんて。 私たち感染者はそんな七面倒なことはしなくて良いんだよ、勉強になったろ? っつうわけで勉強料を貰うとするか」


 村雨は指を鳴らし、笑う。 血まみれの顔で、血まみれの服で、根村に笑顔を向ける。


「ああそれと、随分私を殴ってくれたもんだね。 それのお返しも兼ねて、今度こそ私の番だよ、根村」


 村雨ユキは疲れるということを知らない。 体力の消耗、怪我、病気、それらに対して無敵とも言える力を持っている。


「お楽しみタイムだ」


 そして、村雨ユキは極度の加虐体質である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ