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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第四話

「シシくん? どうしたの」


「……別に。 どうもしねえよ」


 切れた電話を眺め、獅子女は呟く。 四条との通話で聞こえてきた声から、四条の身に何かが起きたのは明白だった。 微かに聞こえたのは男たちの声で、良い光景は浮かばない。 突然切れた電話と声が、そう告げている。


「シシくんの「別に」は何かあったときって、雀ちゃんが言ってたけど」


 ロクドウは獅子女の顔を覗き込んで言う。 獅子女のことに関し、躊躇いなく踏み込んでくる姿は獅子女を知る、神人の家以外の者からしたら恐怖だろう。 それほどまでに獅子女結城は危険人物として知られているのだ。 この辺りで逆らってはいけない人物として名の知れているのは二人。 その内の一人が獅子女結城という神人の家のボスなのだ。


「シシくんの狙いは文字刈りに強さの誇示ってところでしょ? もしもシシくんがお願いしてくれるなら引き受けるのもやぶさかではないかな。 ほら、わたしならシシくんほどじゃないにしろそれはできるだろうし。 文字刈り出てきたら殺さずに痛めつけろって感じでしょ? どうせ」


「……ああ、ああそうだな。 たまに雀に言われてる、もう少し自分らを頼れって。 ロクドウ、頼んで良いか?」


「そこはお願いしますでしょ、シシくん」


「……お願いします」


「あ、うそ、冗談だったんだけど本当に言わせちゃった。 それスズメちゃんに言わないでね? 怒られるし」


 相変わらず真面目なのかふざけているのか分からない奴だと、獅子女は思う。 掴みどころのない性格なのがロクドウであり、獅子女ですら彼女の性格を把握しているわけではない。 が、ロクドウの言うように彼女の力は特異かつ強力なものだ。 そして、他の感染者ではない力が彼女にはある。


「よーし、それじゃあ張り切ろっかな。 あでも張り切らなくても大丈夫かな? たかが人間だし」


「油断禁物。 殺し合いってのは基本何が起こるか分からないんだ、どんだけ弱い相手だとしても殺すルートは頭に入れておけ」


 獅子女が言うと、ロクドウは表情こそ変えないものの「うん」と言い、頷いた。 それを見て小さく獅子女は笑い、ロクドウとは別方向に進んでいく。


「……雀か。 頼みがある」


 取り出したままだった携帯で、獅子女は雀へと電話をかけた。 しかしこのとき、獅子女は己の行動の原理を理解していなかった。




 ――――――――第六拠点――――――――


「……なんだ?」


 感染者対策部隊、第六拠点は街の湾岸部にあり、海からの風が強く吹き付ける地域となっている。 物資、資源などの補給に欠かせない地域ということもあり、配置された人員は他拠点よりも多くなっていた。


 そして、そこへ訪れたのは一人の少女だ。 背丈は小学生とそう変わらず、普段であればただの迷子だと思うしかない見た目の少女だった。 が、今日この日は訳が違う。 厳戒態勢が敷かれ、連続通り魔事件の犯人である感染者を捕縛するためにあらゆるところに拠点が設置されているのだ。 それが意味するのは、通常時と比べ夜間に外出する人間は極端に少なくなるということ。 そんな中現れたのは一人の少女、怪しくないわけがない。 警戒するに越したことはない。


「こんばんは。 ごめんなさい、迷子になってしまったの。 もしも良ければ帰り道を教えて欲しいなぁ、ちゃんと帰れる帰り道」


 少女は拠点の前に立っている部隊員にそう告げた。 それを聞いた部隊員は怪しく思いながらも、尋ねる。 一応見た限り危険性は薄い、であれば応援を呼ぶ前に話を聞くくらいは構わないか、という判断の下であった。


「迷子かい? それならまず、お名前とお家の場所を教えてくれないかな」


「お家。 お家、どこだっけ。 お名前。 お名前は……みんなはわたしのことはロクドウと呼ぶかな。 でも、それはわたしの名前じゃないから分からないんだよね。 くふふ」


「……うーん、困ったな。 今警察の方に連絡を取ってみるから、ちょっと待っててね」


 部隊員は言うと、拠点内へと向かおうとする。 自身らの仕事はあくまでも感染者に対する捕獲、及び殺処分だ。 いつ何時、感染者が現れるか分からない今、迷子の相手をしている場合ではない。 だが、その服を少女は掴む。


「いいよ、大丈夫。 それよりもお兄さん、わたしと遊ばない? 楽しい楽しい迷路ごっこ、六の道からなる輪廻。 わたしと一緒に遊びましょ――――――――六道輪廻(ろくどうりんね)


 世界が巡る。 男の目には、六の世界が移り変わる。 地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上。 そう呼ばれる世界に精神を捉え、意識を刈り取る文字。 それが、ロクドウの持つ六道輪廻だ。 その全ての世界を抜けられなければ生きて帰ることはできない。 対個人に対して絶大な力を誇る文字、そして全ての過程は一瞬の内に行われる。 ものの一秒にも満たない間に六道輪廻に取り込まれた者は六の世界を見るのだ。


「あ、あ? ア、う」


 男の体に起きた異変は簡単なものだ。 六道輪廻を抜けられなければ死す、精神が崩壊し心が崩壊し、そして身体が崩壊する。 男の体は枯れ、指の先から崩れ去る。 まるで灰のように消えていき、その場に残るのは男が着ていた服のみだ。 生半可な精神では乗り越えることは不可能、それがロクドウの持つ文字の脅威である。


「あれ、なんでよ。 遊ぼうって言ったのに居なくなるなんて酷いよね。 まったくこれだから人間ってやつは――――――――」


 直後、ロクドウの頭を鉛玉が貫通する。 破裂音と同時にロクドウの小さな体は宙へと浮き、地面へと投げ出される。 体はぴくりとも動かず、辺りには静寂が訪れた。


「感染者めッ!! 何をしやがった!? クソ……沢村(さわむら)ッ!!」


 そこに立つのは別の男だ。 先ほどのロクドウと男のやり取りを見ており、その別の男にはロクドウが触れた瞬間に人間が灰となって消えたように見えていた。 瞬時に感染者だと判断し、銃を抜き撃ち抜いたのは訓練の賜物と言えよう。 その判断は正しく、危険な感染者であれば捕縛を断念しその場で処刑をするのが最善なのだ。 放っておけば被害は甚大なものになる、感染者の研究も大事であるが、最優先は人名だ。


 しかし、その判断が生むのは更なる脅威の感情。 通常、感染者が持つ文字は一つのみだ。 神人の家に関しても()()の感染者は一つの文字しか持っていない。 神人の家を纏めている獅子女ですら、所有する文字は一つのみ。 もっとも、獅子女の文字は規格外ではあるのだが……。 一般的には所有する文字は一つのみと言われている。


 だからこそ、それは人間に対する感染者の脅威を植え付けるものだった。 恐怖、或るいは畏怖さえ覚えさせるほどの。


「もう、イタイなぁ。 それに驚いちゃった、びっくりしちゃったよ」


「な……」


 万世不朽(ばんせいふきゅう)。 それが、ロクドウの持つ()()()()の文字だ。 彼女は滅びない、彼女は朽ちない、そして彼女は死なない。 世界で最古の感染者、それがロクドウという少女なのだ。 見た目こそ十歳程度の少女は既に数百年という時を生きている。 そう、彼女は文字の力によって未来永劫朽ちることがないのだ。 それを彼女が望んでいるか望んでいないかは定かでないものの。


「お兄さんも、わたしと遊びたいんだよね? うんうん、分かるよ良く分かる。 でもわたしみたいな幼い子と遊んだらイケナイんだよ。 でもね、わたいそういうイケナイこと大好き。 だからお兄さん、わたしとイケナイことしよ?」


「ひっ……!」


 ロクドウは地を軽く蹴り飛ばす。 たったそれだけの動作でロクドウの体は男の目の前へと現れた。 息と息がかかるほどの距離まで顔を近づけ、ロクドウは男に言う。 そして、そのまま男の頬へと触れる。


「あ、あぁああああああアアアアアアアッ!!」


「あら、もうみんな恥ずかしがり屋なんだから。 くふふ」


 ロクドウは笑い、そのまま第六拠点内へと足を進めて行った。

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