第十一話
「ふいー、疲れるっすねぇ」
「お疲れお疲れ、アオちゃんって本当に仕事人よねぇ。 私尊敬しちゃう、はいご褒美のプリン」
神人の家、そのアジト付近に存在する拠点を構えたのはアオと村雨であった。 今では使われていない美術館、その奥にある警備室に二人はおり、美術館とあってシステム上ではかなり優れたものが今尚そこには残されている。 更にアオが揃えたコンピューター類により不便はなく、電気もガスも通らせたそこに不満もなかった。
とは言っても、村雨は手持ち無沙汰となっており、アオの手助けをすることに注力しているといった具合だ。 今回の仕事を行う上で、攻撃面でも防御面でも要となるのはアオが調べ上げる情報なのだ。
「いやったぁ! さっすが村雨さん、子供の扱い手慣れてるっすよね」
「……それって私が年上だから? ねぇねぇアオちゃん、もしかして老けてるって言ってる?」
「は、いやいやまさか! 気配りが出来て美人でお淑やか、もう完璧に大人の女性って感じっすよ! ほら、このプリンも気品溢れる感じで高級な見た目ですし! うんとっても美味しいっす!」
「コンビニの百円プリンよ、それ」
「……たはは」
淡々と言う村雨に冷や汗を掻きながらアオは返す。 とりあえず話の流れを変えなくては、と思い、今現在取り組んでいることについての話題を振った。
「ま、まぁさっき獅子女さんにも言ったんすけど、ぶっちゃけ特定は厳しそうっすね。 少数かつアナログ式、対処法が分かってる相手っすよ。 さすがはチェイスギャングって感じっすかねそこら辺は」
「少数っていうのは、身内から情報が漏れないようにってことよね。 でも、アナログ式っていうのは?」
「携帯機器に頼らないってことっす。 ネットに繋がれば、どんなセキュリティを期したとしても個人情報は漏れますからねー。 例えば……これ見てください」
アオは言い、操作していたパソコンモニターの一つを村雨へと向ける。 そのモニターには地図……この辺り一帯の地図が表示されており、その中で点滅している緑色の点が複数存在していた。
「GPS信号から場所の特定なんて今じゃ楽勝っす。 ここにある二つが僕と村雨さん、これが桐生院さんたちで、これが獅子女さんたち、こっちはロクドウさんで、これは楠木さんたちっすね。 んで……我原さんと雀さんはどうしてメイド喫茶になんて居るんすかね……?」
「へぇえええ……あ、それならボスの居場所も24時間分かるってことよね? いつどこで何をしているか分かるってことよね?」
「犯罪の片棒を担がせようとするの止めてください。 僕がやってんのはプライバシーの侵害じゃなくて安全面の確保なんすから」
そう言うアオがしていることも歴とした犯罪なのだが、アオにしてみれば「情報の活用化」というものだ。 使える情報は可能な限り使い、そして新たな情報を引き出していく。 一つの小さな情報からでは考えられない情報を引き出すというのが、アオにとってのポリシーのようなものである。
「……とまぁ、こういう風に現在位置が見れるってことは、何かあった場合に把握しやすいってことっすね。 不自然な場所で立ち止まったり、急に移動したり、そういうのがあればすぐ分かるようにってのが大きいんすよ」
「凄いわねぇ……例えばあんな風に?」
「ん、あら……止まった?」
村雨が指差す先にある点。 それが、不自然に止まった。 妙だと思いアオは他の点も確認するが、他のも同様に全てが停止していた。
「フリーズではない……同期もしっかり取れてるし、ズレならまだ分かるんすけど、停止っていうと」
アオはキーボードをカタカタと叩き、多数設置されているモニターの映像を切り替える。 表示された映像からして、どうやら街中に設置してある感染者識別機が映し出している映像のようだ。
当然、対策部隊の管轄となっているそれらは厳重な管理の下、ハッキング対策が行われている。 しかし、単純にアオの技量がそれを上回り、痕跡を残さず手玉に取っているのだ。
「……ねえアオちゃん、これって」
「獅子女さんの予想通りってことっすね。 朝話したとき、今日辺りだと思うって言ってたし……まったくあの人はどこまで織り込み済みなんすかね? 全員戦闘開始ってところっすか」
映し出された映像。 神人の家、その幹部たちの現在だ。 その全てには目の前に立ち塞がる者たちの姿が映し出されている。
「ロイスの部下ってところかしら」
「いーや、それだけじゃないっすね」
アオは言い、映し出された一つの映像を拡大する。 そこに映されていたのは男だったが、その男の着ている服、その一部にしっかりと刻まれていた。
「感染者対策部隊……? どういうこと?」
「さぁ、そこまでは僕にも分かんないっす。 つーかロクドウさんのとこに何人当ててんすかこれ、まぁ彼女なら大丈夫だと思いますけど。 ただ、示し合わせたかのような遭遇ってことは」
直後、遠くにある入り口付近から爆発音にも似た音が響き渡る。 どうやらアオの予想は概ね当たっているらしいことを示していた。
「二人っすね」
アオは動揺することなく、カメラの映像を映し出した。 村雨はその映像をアオの背中越しに見ており、顔付きは神妙だ。 アオの文字こそ戦闘向きだが、あくまでも村雨の文字は支援系でしかない。 そのため、戦闘にはあまり向いていないのだ。
『ハロハロー、お邪魔しますよー。 俺の遊び相手ちゃん見てんだろー?』
『うるせえ奴だな、上からの指示じゃなきゃ殺してるくらいだ』
一人は若い男、耳には数個ピアスを付けており、その頬には頭を持った死神のタトゥーがある。 間違いなくチェイスギャングの一員、それも相当な実力の持ち主と見て間違いない。 この場所に神人の家の二人が居ると分かっての行動、勝算があってこその行動だ。
そしてその横に立つのは対策部隊の男だ。 目付きが悪く、坊主頭。 背には大きな箱を背負っている。
「不法侵入も良いとこっすよね、ほんと。 村雨さん、行けます?」
「仕方ないわね、普段は物騒なことなんて御免なんだけど……状況が状況よね」
「……よく「物騒なことなんて御免」とか言えるなぁ」
アオの呟きは村雨の耳に入らない。 村雨の性格を知っているアオだからこそ、そう言えたのだろう。
そして、二人は訪問者の下へと向かう。 逃げるという選択肢など存在せず、それは他の神人の家の者たちとて例外ではない。 この瞬間、街の至るところで戦闘が始まったのだ。
「ん? おいおい嬢ちゃん一人? つか迷子? 俺ん家来るか?」
「うるせえぞさっきから。 あいつはアオ、神人の家の幹部で間違いねぇ」
美術館のエントランスホール、そこへ現れたアオは二人と遭遇する。 巨大な空間、その階段の上に立つアオは面倒臭そうに訪問者である二人を眺めていた。
「知ってるんなら自己紹介しなくて良いっすよね? 面倒くさいし」
「おうおう構わねえよ! 俺は須藤健人、ロイスさんの右腕と言えば俺のことだな、ははは! 惚れた? 今惚れたっしょ?」
「黙れよそろそろ。 おいガキ、テメェ大人しく出てくるとか頭大丈夫か? それともナメてんのか? 感染者の分際で」
和やかな空気を出す須藤とは正反対に、坊主頭の男は威圧感を醸し出す。 怒りを隠すこともなく、この口調からして普段からこんな様子ではあるのだろう。
「そりゃもちろんナメてんすよ。 だってあんたら、僕より弱いし」
「良いねお嬢ちゃん! 俺さぁ、そういう強気なコってタイプなわけよ。 だから俺に――――――――殺させて?」
「っ!?」
予想以上に須藤の動きは早かった。 その攻撃こそただの殴打であったものの、避ける暇もなくアオは腕を盾にする他にない。 なんとか防御自体が間に合ったおかげか、その攻撃自体は大したダメージとはならなかった。
「まず一発目ぇ。 ってわけで俺はこの子と遊ぶからさ、あんた……根村だっけ? は、奥に居るはずの奴相手してよ。 俺強い奴相手の方が燃えるし? もう一人って原点回帰の村雨っしょ?」
「口うるせえ奴だな。 俺は感染者を殺せればどうでも良い、今はテメェの指図を大人しく聞いてやるが、いつかテメェもぶっ殺すから覚悟しとけよ」
「おお怖い怖い。 まぁそういうわけでヨロシク」
「行かせるわけ……!」
「物事には順序ってもんがあるっしょ、アオちゃん。 あんたの相手は俺、早くお友達を助けに行きたいなら俺を倒してからね」
隅へと追いやられ、アオは須藤の攻撃をガードしながら隙を窺う。 だが、美術館の奥へと足を向け歩き出した根村を止める手段はなく、やがて根村の姿は完全に消えた。
「……あーあ、どうなっても知らないっすよ」
「へぇ?」
「僕のが強いとか、勘違いすんなって話っすよ。 冷静に考えて不死身みたいなもんっすからねぇ……村雨さんは」
アオは不敵に笑い、挑発するように須藤へ言う。 が、その言葉を聞いても須藤は表情を変えず、まるで余裕だと言わんばかりに笑い返す。
「ま、あいつが殺されたらそれはそれでって感じかな。 そしたら俺は二度美味しい役割ってわけじゃん、おチビちゃんとも戦えて村雨ちゃんとも戦える、良い感じだね」
「ナメられたもんっすねぇほんと。 タダで通れると思ってるなら大した自信っすよ? つか、今僕のこと「チビ」って言いました?」
「ん、言ったけど?」
「――――――――喰い殺すぞ、三下野郎が」
アオがもっとも気にしていること、それは自分自身の身長である。 それも平均より少し小さい程度でしかないのだが、問題なのはそのことに関してアオに告げるということだ。
「おお、良い雰囲気だ。 けどさ、アオちゃん既に十二発俺から食らってるわけよ、大丈夫?」
「あ? うるせえよ」
須藤の言葉など無視し、アオは自身の影から大量の怪物を生み出す。 丁度アオの背後、壁に映し出された影から出てきた怪物は勢い良く須藤へと向かっていった。