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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第七話

「我原さんが……」


「そう、ガハラ君がだよ。 コトハ君はさ、感染者が持つV.A.L.Vがどの程度か知ってる? 血中に含まれるV.A.L.Vがどれくらいか」


 道路に浮き上がる影だけを歩き、ロクドウは言う。 その質問自体は琴葉が小学校に通っているときに何度か聞いたことがあるもので、記憶を掘り起こし、琴葉は答えた。


「半分くらい?」


「君、授業をまともに聞いていなかった口かい。 まぁそうだよね、見た感じアホの子っぽいもん仕方ない仕方ない」


「アホじゃないしっ!」


「うんうんそうだね。 感染者が血中に含むV.A.L.Vは、通常10から15パーセント。 強力な文字持ちになると大体が50を超えてくる感じだよ。 ちなみにわたしは50パーセントぴったりで、コトハ君は……ちょっと失礼」


「へ? ひゃ、にゃ、にゃに!?」


 ロクドウは勢い良く振り返り、琴葉の頬を片手で挟む。 いきなりのことに抵抗ができず、琴葉は成されるがままにロクドウの行動を見ていた。 すると、ロクドウは若干開いた琴葉の口の中に指を入れ、なぞるように掻き回す。 数秒それをしたあと、ロクドウは引き抜いた指を舐めた。


「な、なにしてるのっ!! 汚いよ!?」


「幼稚だねぇ子供だねぇ、大人になったらもっとキタナイことを沢山するというのに。 ふむふむ……コトハ君のV.A.L.Vは30パーセントってところかな。 身体能力は人間と大差ないけど、文字の強さからだね。 まぁ悲観することはない、君の文字は唯一無二の良い文字だよ。 くふふ」


「……うう、お嫁にいけない」


「いざというときはわたしがお婿になってあげよう。 それで、これで分かったのがコトハ君の30パーセント、わたしの50パーセント……シシ君は確か70で、スズメ君は80パーセントだったね。 それを踏まえた上で、ガハラ君のお話だよ」


 再び前を向き、ロクドウは琴葉を待つことなく歩き出す。 完全にロクドウのペースに巻き込まれており、琴葉はそれに付いて行くだけで精一杯であった。


「彼のV.A.L.V含有量は聞いたかな?」


「えっと……前に雀さんに聞いたときは、90パーセントって」


「そう、明らかに異常な数値だ。 ガハラ君は文字だけで見れば、あまり強力とは言えない。 死屍累々は痛みを増幅させる文字であり、敵を無力化させる上では価値ある文字と言え、防御面では疎かな部分が多いね」


 人差し指をくるくると回しながらロクドウは続ける。 琴葉は黙ってその話に耳を傾けていた。


「だからこそ、その比重は身体能力に傾いている。 単純な身体能力だけで言えば、彼はシシくんよりも上なんだ。 彼の体を流れている血は、ほぼV.A.L.Vで構成されているんだからね。 わたしはこれでも長い時間をかけて色々と研究もしててね、それで分かったことの一つに『V.A.L.Vの壁』というものがある。 それが含有量85パーセントに存在していて、この壁を超えられる者はほぼ居ない。 けれどガハラ君はこれを上回っている、5パーセントもね」


 愉快そうな口振り、まるで玩具を前にした子供のような口振りであった。 あまり話しているところを見ないロクドウであったが、今日この日に限っては饒舌で、さぞ楽しそうにしている。


「さて問題だよ。 これに正解できれば逆転のチャンスもあるから頑張ろうか? 対策部隊と遭遇したガハラ君、不幸にも右腕が吹き飛ばされてしまった……このままでは間違いなく出血多量での死が待っている! ああ、なんて悲劇的な運命なのだろう……そんなとき、彼の身に起きたことは!? その一、運命には抗えず死んだ。 その弐、実はスペアの腕があって付け替えることでセーフだった。 その参、ガハラ君はサイボーグだった。 その肆、気合いで乗り越えた。 その伍、実は腕ではなく足だった。 その陸、ガハラ君ではなくカハラ君だった。 その漆」


 ロクドウは言う。 我原の体に起きる、特異とも言えることを。


「――――――――V.A.L.Vの影響により、消し飛んだ腕が再生する」


「……へ?」


「くふふ、良い反応だねコトハ君。 そう、V.A.L.Vは細胞の活性化を促す物質だ。 だからそれが異常な数値を示したとき、失われた細胞の再構築を高速で行う。 もっともそんなことが可能だなんて、わたしも彼と会うまで知らなかったわけだけども」


 それだけ、我原鞍馬という感染者は異常であった。 90パーセントという含有量を持つ我原は、自分の意思に関わらず体の傷が修復される。 まさにそれは、ロクドウの万世不朽のように不死の力だ。 ただ違うのは、それが文字の影響ではなく単なる体質だというもの。 ロクドウは説明を省いたが、我原の可能性にはまだ先がある。


 それは、V.A.L.Vによる肉体操作だ。 V.A.L.V自体を操り、一つの武器とする方法。 もしもそれが可能となれば、我原は獅子女にも匹敵するほどの力を持つことができるだろうと、ロクドウはそう考える。 我原の可能性、及び獅子女の弱点を把握した上での結論だ。 そうなれば、もしも二人が戦った場合、どちらが勝つかは分からなくなる、と。


「彼はね、面倒な思考を持っているんだ。 意味のある死を好み、意味のない死を嫌うっていうね」


「……聞いたことは、あるかも。 前に少し話したとき、精々意味のある死をすることだ、って」


「うんそう。 彼にとっての意味ある死、それは思想や理想を持った者の死であり、意味のない死は思想、理想を持たずまま死ぬこと。 だから彼は対策部隊の人間であれば躊躇いなく殺すし、そこら辺を歩いている一般人なら無闇には殺さない。 対策部隊は感染者の殲滅という思想を持っているからね。 それと彼は一度、死んでいる」


 ロクドウの声色は、先ほどまでとは打って変わって平坦であった。 抑揚はなく、楽し気でも悲しみを感じるものでもない、ただただ無感情という言葉が合うものだ。 それがより一層不気味で、琴葉は外の寒さとは別の寒さを感じた。


「彼はそのとき思った。 これは果たして意味のある死なのか、と。 答えはすぐに出たよ、これはなんら意味のない死でしかない、と。 だから彼のV.A.L.Vはそれに答えた、意味のない死ならば死ぬ必要はないってね」


 そして、V.A.L.Vは異常なほどに増殖した。 我原の血液を殆どV.A.L.Vへと変質させ、作り上げた。 死を超え、生への執着が変容させたと言っても良い。 これは他でもない我原が我原であったが故に、そして死の状況が状況だったからこそ起きた現象だ。 真似をしようとしてできるものでは決してなく、我原とてもう一度やれと言われても成功する可能性など小数点以下だろう。


「ガハラ君はああ見えて、義理堅くしっかりとした信念を持っている。 表面上はどうしようもないけれど、その中にあるのはシシ君と同じくらいの信念だよ。 だから尚更、スズメ君のことが嫌いなんだろうね」


「確かに、仲は悪いけど……」


「ま、ガハラ君はガハラ君で馬鹿な部分も大いにある。 だから今回の采配なんだろうさ、スズメ君とガハラ君を一緒にするっていうね。 未だにわたしがぼっち枠っていうのがとても納得いかないぞ、うんうん」


「でも、やっぱり、同じ仲間だから……仲良くして欲しいよ。 雀さんは我原さんのことを悪い人だと言っていたけど、あたしと話したときは普通だったし……そんなひどい人には、見えなかったかな」


「何が正しくて何が間違っているか、それは自分で判断することだよ。 偉そうに言うだけあり、わたしは長い間そうしてきたしね。 ガハラ君はロリコンだから君に優しいだけさ」


「え、そうなの!?」


「知らなかったの? くふふ、油断してると襲われちゃうよ? わたしも何度襲われたことか」


「……でも、ロクドウさんって数百歳」


「黙れ」


 そこで初めて、語気を強めてロクドウは言った。 あまりの怖さに琴葉は自身の口を手で覆い、続く言葉を無理矢理飲み込む。 危うく殺されるところだったと、琴葉は思った。


「くふふ、冗談だよジョーダン。 わたしの体に指一本でも触れたら彼は今頃息をしていないだろうね。 ああもう、コトハ君はピュアで面白いなぁ。 穢れなき乙女って言葉が似合うよ。 まったくさっきわたしが言った「自分で判断しろ」って言葉を速攻で忘れるあたり殺したくなってくるよ」


「お、乙女だなんてそんな! えへへ……」


 ロクドウの言葉を最後まで聞いていなかったのか、琴葉は自分にとって都合の良い部分だけに反応し、照れる。


「馬鹿なのが玉に瑕だけどね」


「馬鹿じゃないもんっ!!」


 そこで唐突にロクドウは立ち止まる。 いきなりのことには段々と慣れつつある琴葉は、少し先に歩いた地点で立ち止まった。 振り返ると、ロクドウは空を見上げている。


「ところでコトハ君、死とは何か考えたことはある?」


「死……。 あまり、かな」


「普通の人たちはそうだよ、考えたことなんてあまりない。 けれど、わたしは考える。 死というものが訪れない身でね、時折思うんだ、自分という生物は一体いつ死ぬことができるのだろうって」


「死ぬことが、できる?」


「死とはつまり休息さ。 無期限、かつ無制限の休息。 人は生きているだけで疲れる生き物、生きているだけで磨り減り疲労していく。 だからわたしはコトハ君が羨ましいんだろうね、心の底から。 疲れを知らずに前を見続け、か細い足でしっかりと地に足を付けている君が」


「ロクドウさんは、死にたいの? それは、悲しくないのかな。 わたしは、ロクドウさんが居なくなるのはやだよ」


「……くふふ。 後にも先にも、わたしのことを心配してくれるのはコトハ君くらいのものかも。 さてさて! そうとなれば話の続きをしよう! 三つ目、これがわたしのする最後のオハナシだよ。 聞きたい? 嫌だと言ってもわたしは勝手に喋るけれどね」


 ロクドウは前を向き、歩き出す。 態度から少しだけ嬉しさのようなものを琴葉は感じたが、黙っておいた。


 最後の話。 まだあるのかと言いたくなるくらい、ロクドウの話は内容が濃い。 獅子女のことに関しても、我原のことに関してもだ。 内容を頭に詰め込むだけで精一杯の琴葉に気遣う素振りは見せず、ロクドウは琴葉の言葉を待たずに言う。


「なに、最後のは小指一本で支えられるくらいにライトな話だよ。 ずばり言うと」


 そして、ロクドウは琴葉にこう告げた。


「お料理の話をしよう」

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