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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第六話

「あ、あの……ええっと」


 琴葉は困り果てていた。 獅子女の家を出ると同時、獅子女の言葉を理解したまでは良かったのだが、目の前に居る人物が人物なだけあり、困惑してしまっている。 どう接すれば良いのか、むしろどうすれば良いのかが分からない。 少なくとも神人の家で接しづらい相手ではある。


「どうかしたのかな? コトハ君。 頼りないと思った、接しづらいと思った、邪魔だと思った。 感情には色々あるけど、うーん……この状況で今の言葉なら、きっとコトハ君は「厄介なのが来た」と思っているんだろうね! くふふ」


 ロクドウ。 そう呼ばれる彼女は、無表情で立っている。 喋り方こそ愉快そうなものの、まるで腹話術、或いは機械のようにその表情はない。 顔立ちこそ人形のように整っている彼女であったが、それがまた得体の知れない不気味さを醸し出していると言っても良い。 金色の髪に蒼い瞳、吸い込まれるような美しさであった。


「こんにちはっ!! おにーさんに言われて……ですよね?」


 あまり直接話したことのない琴葉は、先ほどロクドウが言った言葉を否定するように言う。 基本的にどんな相手であろうと明るく元気に接することができる琴葉であるが、ロクドウだけは例外であった。 少しの恐怖に近い何かを感じつつ、琴葉は話す。


「シシ君に頼まれたからね、コトハ君の護衛をって。 わたしとしては、そういう行動を制約される立ち回りって好きじゃないんだけどなぁ……でも、断れなかったから仕方なしにだよ。 しかしこうして近くで見ると良いね、良いコトハ君だ」


「やっぱりおにーさんって、結構尊敬されてるんですね……」


 獅子女に関して言えば冗談を言われ、からかわれている感じもし、琴葉はあまりそう感じないものの、神人の家のメンバーは皆、獅子女のことを大なり小なり信頼はしている。 それは獅子女の文字だけの話ではなく、その性格という面もあるだろう。


 が、ロクドウは首を横へ振った。 否定するように。


「いいや違う違う、わたしはコトハ君に興味があるからね。 あそれと敬語じゃなくていいよ、確かにわたしの方が数百年ほど年上だけど、立場的にはコトハ君の方が上だしね。 少なくともこのくらい……いやこのくらいは上かな?」


 ロクドウは右手の人差し指と親指でその距離とやらを表しながら言う。


「そ、そんなことない……よ? 立場だって、ロクドウさんのほうが上だと思うし!」


「んんん? だってほら、コトハ君はシシ君のこれでしょ? ならシシ君と同じくらいの立場ってことになるわけ」


 ロクドウは言いながら、小指を立てる。 その仕草の意味くらいは琴葉だとしても理解はしており、外の寒さも相まってか、琴葉は一瞬にしてその顔を赤く染めた。 そしてロクドウへ詰め寄り、先ほどまでの若干身を引いた態度とは打って変わる。


「ちっがーーーーう!! おにーさんは確かに優しいし、色々面倒見てくれてるけど……そういうのじゃないし!」


「うんうん、そうだね良く分かるよ。 コトハ君くらいの年齢だと、例え人が好きだとしてもその好意を中々どうして上手く伝えられないんだよね。 いいなぁわたしもそんな桜色の青春を送りたかった、わたしの青春は血生臭くて血みどろだったからさ、くふふ。 皆が仲良く数を数えているとき、わたしは自分の身体に刺さった刃物を数えていたよ」


「違うもん! ロクドウさんが思ってるのとは全然違うもんっ!!」


「でも、シシ君はコトハ君のことが好きだと言っていたよ?」


「……ほんとに!?」


「あ、嬉しそうな顔した。 ほら、やっぱりコトハ君はシシ君のことが好きなんだ。 やーいやーい、わたしの薄っぺらくドロドロの嘘に騙されるなんて、コトハ君は本当に可愛いなぁ」


「ッ!!!! もーやだ! あたし帰る! コタツで寝る!!」


「くふふ、そう怒らないでよコトハ君。 この通りわたしは頭を下げるし、なんなら良い話の一つくらいしても良いと思っているしね」


 その言葉を聞き、琴葉は家へ帰ろうと振り向いた体を再度、ロクドウの元へと向けた。 良くも悪くも純粋、それが四条琴葉である。


「……ほんとに?」


「本当本当、嘘とか吐いたことがないしね。 それにこう見えてわたしは数百年も生きているから、少なくともその辺にいる偉そうな老人どもとは比べ物にならない良い話だよ。 目的地があるんだよね? 歩きながら話そうか」


 言い、ロクドウは歩き始める。 獅子女の住むアパートの階段を降り、後ろを振り向かずに行くロクドウの背中を数秒見つめたあと、琴葉はようやく付いて行くことにしたのだった。 どのみち、昼食を作るためには近所にあるスーパーへ行かなければならない、なるようになれ、と思いながら。


「今、すべき話は三つかな」


 追いついたその直後、ロクドウは再び口を開く。 まるで後ろに目でも付いているのかと思いつつ、琴葉は横へ並び、続きに耳を傾ける。


「まず一つ目、良い話。 シシ君のことについてだけど、コトハ君がすべきことは一つあるんだ」


「あたしがするべきこと?」


「そう。 それは彼の傍に居てあげること。 コトハ君、シシ君はどうしようもないほどに孤独なんだよ」


 ロクドウは言うと、琴葉の顔を見た。 対する琴葉はそれを聞き、何かの勘違いではないかと思う。 彼女から見た獅子女という人物は、仲間に恵まれ気さくに話し、そして自らの姉という親友も持っている人物だからだ。 とても孤独という言葉とは無縁でしかない。


 が、同時に思う。 最初に獅子女を見たとき、心象風景で姉と共に居る獅子女を見たとき、孤独そうな人だと感じたのだ。 そのことが思い出され、琴葉はつい黙り込む。


「わたしはこれでも人というものを長い時間見てきた。 彼は人と仲良く振る舞う一方で、底のない孤独を感じている。 何故か分かるかな?」


「えっと……寂しがり屋だから?」


「馬鹿かいコトハ君、まったくこれだから子供は嫌なんだよねぇ……」


「……む」


「そう怒らないでよ怖いなもう。 シシ君はとてつもない力を持っている、生殺与奪という文字は生かすも殺すも自在に操る文字だ。 わたしも結構珍しい力を持っているけど、彼の前では正直無力、片手一本で殺されるだろうね」


「え、でも……ロクドウさんの文字って、不死の文字なんだよね?」


「そう、わたしは六道輪廻と万世不朽という文字持ちだよ。 六道輪廻は色々面倒な力だけど、万世不朽は如何なることでも死なない不死の文字、頭が吹き飛んでも肉片一つ残らないほどに吹き飛ばされても、そこに居たという概念から体を再構築するんだ。 まぁ痛いんだけどね? 痛覚まではどうにもならないからさー」


 ロクドウは人差し指をくるくると回し、さぞどうでも良いことだと言わんばかりに言う。 それもまた異常なことであったが、それよりも更に上の異常が、そこにはある。


「けど、シシ君の文字の前では関係ない。 言ったろ? 彼はどんな現象であれ殺し、生かすことができるんだ。 だからわたしの持つ文字だって簡単に殺すことができる、そうなればわたしなんてただの肉の塊ってわけさ。 さて問題! そんな最強、無敵とも言える文字を持った人が感じること……なんだと思う?」


 琴葉の前へと回り込み、顔を寄せ、ロクドウは言う。 口振りから少しだけ喜びの感情が漏れており、この会話を楽しんでいるようにも見えた。


「……孤独」


「そう! だいせーかいだよコトハ君! やっぱり良いね、若いって。 これがガハラ君だったら馬鹿なこと言ってるだろうし、わたしはガハラ君よりコトハ君と沢山お話したいなぁ」


「で、でも……おにーさんの周りには、沢山の人が居るでしょ? 雀さんも、アオさんも、桐生院さんも……他にも、神人の家の人たちはみんな、おにーさんのことを信頼している……って、思うよ」


「だからこそだよ。 周りに居るのは絶対に自分に敵わない子たちだけ、世界規模でみてもシシ君に勝てる子は……そうだねぇ、状況にもよるけど超希少かな。 だから彼は常に孤独を感じる、化け物よりも化け物であるシシ君には仕方のないことかな」


 化け物よりも化け物、その言葉は琴葉の心に刻まれる。 獅子女結城を間近で感じ、そして自身と一歳しか変わらないというのに、思考も見方も、自分とはまるで違うものを獅子女は持っているのだ。 彼が化け物よりも化け物であるということは、彼が持つ文字の影響だけではない……そう、思わざるを得ない。


 そこから感じる孤独は、琴葉には理解が及ぶわけもなかった。 至って普通の文字、一応は琴葉の文字も希少な類ではあるものの、獅子女ほどの文字ではない。 彼の前では如何なる文字も殺され、彼の前ではどんな者であれただの物と化してしまう。 それがどれほどの孤独か、計り知ることはできなかった。


「なら、どうすれば」


「ん? くふふ、いやいや言ったでしょ? これは良い話だって。 長年人間、感染者を見てきたわたしから見て、現状で彼の孤独を和らげているのは君だよ、コトハ君。 スズメ君でもアオ君でも、もちろん君のお姉さんでもない。 コトハ君なんだよ、コトハ君にしかできないことさ」


「あたし、が? でも、おにーさんのことなんて全然分からないし……おにーさんのことを理解できるような文字でもないし……」


「まったくこれだから子供は嫌なんだよ。 文字でも理解度でもない、コトハ君の無礼極まりない厚顔無恥な性格が、彼の孤独を和らげているって話をしているんだ馬鹿モノー」


「……褒められてるのか馬鹿にされてるのか分からないよ」


「馬鹿にしてるんだよくふふ。 君がすることは近くにいること、それだけで彼は本当の化け物にならずに済む」


「本当の化け物って……おにーさんは、化け物じゃないもん」


 ロクドウの言葉に少々苛立ちを感じ、琴葉は言う。 琴葉の知る獅子女は、自身を助けてくれたヒーローだ。 そして不甲斐ない、情けない自分に言葉を掛けてくれる存在だ。 化け物なんかでは、ない。


「それだけ言えれば充分だね、くふふ。 そこで一つお願いがあるんだ。 わたしはね、全部が終わったらシシ君に()()()()()()って約束で神人の家に居るんだけど、その目的のために彼はもしかしたらかつてない孤独を背負うかもしれない。 そうなるとわたしも約束を反故にされるかもしれないから、お願いってわけさ。 良い? 良いなら言っちゃうよ? 言ったら守らないと駄目だからね」


「え、殺してもらうって……どういうこと? おにーさんに、ロクドウさんが?」


「そこ普通ツッコまないでしょメンドくさいなぁまったく。 ってわけでわたしは触れないし華麗にスルー、コトハ君にお願いしたいことは「シシ君の傍に居てあげて」だよ。 彼がどんな風になっちゃってもね、くふふ」


 喋り方こそふざけていて、冗談めいたものであった。 しかしロクドウの言葉は強く、確固たる意思が含まれているようにも感じられた。 故に琴葉はそのお願いに対し、真摯に答える。


「……うん、分かった」


「おお、最後の最後でやっと飲み込みが良い昔ながらの子供って感じになったね、成長成長、そういう成長する子供は好きだけど、コトハ君のことは嫌いかも」


 ロクドウはそれを冗談で言ったのだが、とてもそうは見えない無表情であった。 相変わらず、ロクドウは掴みどころがなく、時に真面目に話すときもあれば、それすら分からなくなるほどに不真面目でもある。 獅子女には良く分からない奴と表されるロクドウのことが、少し分かったと感じる琴葉であった。


「あそう、そうだそうだ、危うくシシ君のプライベートストーリーだけで満足しちゃうところだったよ。 次の話は面白いよ、まぁコトハ君には全く関係ないことかもだけどね? それでもペラペラ喋っちゃおう」


 そう前置きをし、ロクドウは続けた。


「さっき言った、シシ君の文字、シシ君という存在に張り合える化け物クン、実は結構身近に居るんだよね。 わたしが嫌いなガハラ君、彼がその可能性のある一人なんだ」


 言うロクドウの顔が、少し笑った気がした。 それは本当に一瞬で、琴葉が瞬きをした次の瞬間にはいつも通りの無表情へと戻ってるロクドウだった。

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