第五話
「おにーさんって、もしかしてお料理苦手?」
「作れるのは作れる。 作るのが面倒臭いからこれで済ませてる」
数日が経ち、その数日と変わらぬ朝、世間一般では十二月二十三日である今日この日、食卓に置かれたコンビニ弁当を見た琴葉は獅子女に対してそう言った。 ここ数日、同じ家で同じ食事を採ってきた琴葉が得た疑問である。 それに対し獅子女は同じ弁当の蓋を開けながらそう答えた。 それに対し琴葉はやはり同じ弁当のおかずをチビチビ口へと運びながら言う。
「あたしお料理出来るから、ここに居る間作ろうか? ほら、コンビニのお弁当ばっかだと体に悪いし……」
「食パンだけでも生きていけるって実例があるから大丈夫だろ。 それにお前の何々出来るって信用ならなすぎ。 お掃除出来る、お風呂沸かせる、洗濯出来る、洗い物出来る、やる気があるのは結構だけど、俺の家を壊そうと企んでるなら今すぐ止めろ。 ああこれ冗談じゃないからな、一応言っとくけど」
「またそういうこと言う!! おにーさん、いくらあたしでも怒ることもあるんだからねっ! 琴葉ちゃん怒ると超怖いんだからねっ!」
癖なのか、頬を膨らませムスッとした顔付きで琴葉は獅子女を睨む。 が、対する獅子女は特にどうとも思わず、弁当に入っていた里芋を口へと運ぶ。 子供の相手は疲れるな、なんてことを思いつつ。 更に言えば琴葉が怒ったところで全くもって怖くないというのが本音だ。 この数日で何度怒ったことか数え切れない。
「そこまで言うなら昼飯作ってくれ。 俺は少し用事があるからこれ食ったら出かけてくる。 言っとくけど古代兵器なんて作り出したら家から追い出すからな」
「へ!? 待ってよおにーさん、それあたし一人じゃん! 襲われたらどうするの!?」
「ちゃんと手は打ってあるから心配すんな。 あとこれ、お前の身分証、保険証、通帳その他もろもろな。 なくすなよ」
言いながら、獅子女は琴葉の目の前にそれらを置く。 突然のことに困惑した琴葉であったが、それらがあっては困るということもない。 その中にある一つを手に取ると、琴葉は戸惑いつつも眺めた。
「東条……心愛?」
「アオに作ってもらった。 名前の語呂が良いからって言ってたけど」
「……あたし犯罪者みたいじゃん! もしかしてこれ全部……」
「今更何言ってんだよ。 感染者って時点で大犯罪だ」
獅子女の言葉に、それもそうかと琴葉は思う。 意外にも要領が良い彼女は獅子女のその言葉だけで納得し、受け取ったそれらをひとまず鞄の中へと仕舞う。
「……へへ、ありがと。 なんか段々まともになってきた気がするよ」
「まともじゃない奴なんてこの世にいねえよ。 全員が全員、自分が正しいと思ってるから今の世の中だ。 だからまともじゃない奴なんて存在しない」
言うと、獅子女は食べ終わり空になった弁当をゴミ箱へと入れる。 そしてそのまま壁にかけてあるコートを手に取り、外に出る準備を始めていた。
「おにーさんほんとに出かけるの!? あたしはどうすればっ!」
「だから昼飯作っといてくれよ。 食材とかないから買いに行ってな」
「……打ってある手って?」
「外に出れば分かる」
琴葉の心配そうな声を他所に、獅子女はそそくさと家を出ていく。 残された琴葉は「本当に大丈夫なのか」と思ったものの、残されたとなってはどうしようもなく、とりあえずはコタツで横になることとする。 うつ伏せになり、腕へ顔を乗せ、言葉を紡ぐ。
「……淡白、人でなし、意地悪、わからず屋、ばか」
「聞こえてるぞ」
扉が開き、獅子女が顔を出して言った。 てっきりもう居ないものだとばかり思っていた琴葉は勢い良く体を反応させ獅子女を見ると、顔の前に手を出しながら言う。
「ひゃ!? は、早く行ってよ! なんでまだいるの!!」
「はいはい……」
そして再度、獅子女は家から出ていった。 それを確認し、琴葉は再び寝転がる。
「いやぁびっくりしたぁ……でもあれだよね、普段素直で可愛いあたしがちょっとした時に悪口ってなっても、なんだこいつ可愛いところもあるじゃん、みたいになるよね! うんうん、セーフセーフ」
琴葉はどこまでも前向きであり、ポジティブさこそが四条琴葉とも言える。 その方向はともかくとして、たった今口にしたそのことは少なくとも、琴葉を次の行動に移すには十分なものだった。
「よーっし、そうとなったらおにーさんを驚かす料理しちゃうぞ! まずは、そうだね……タイトルとテーマ、だね。 よしよし、メモを取ろう」
一人だという寂しさを紛らわすため、琴葉は独り言を呟きながら、寝転がった姿勢のままで鞄からメモを取り出すと、うつ伏せになりメモを開く。 このメモと鞄、そして琴葉が持つボールペンは以前、雀とアオと買い物に行った際に購入したものだ。 雀はひたすらに熊の鞄を勧めて来たが、それを乗り越えシンプルなものを琴葉は購入していた。 今のところ書いてあることは神人の家に所属する人物、主に琴葉が接触する幹部メンバーたちのことと、獅子女のことだ。 好みや性格などを書き込み、覚えるようにはしている。
「もう九時かぁ、お昼にはおにーさん戻るって言ってたからそれまでに、だよね。 まずはテーマから! 十二月でしょ、冬……クリスマス! そうだ、もう明後日はクリスマスかぁ」
言いながら、琴葉は「お料理メモ! タイトルとテーマ」と考えた下に、それとなく雪だるまの絵を書く。 描いてみると自分でも驚くほどに可愛い雪だるまが描けていた。
「おお、あたしってもしかして芸術の才能あるかも? へへ、これに雪と……サンタさん! トナカイも描いてっと」
一時間後、本来の目的である料理のことが全く進んでいないことに気付いた琴葉であった。
「やられたよ! これも全てこのまったり感を出しているコタツのせいだよ……! このままじゃコタツにやられてしまう、脱出!」
のそのそとコタツからほふく前進の要領で這い出る琴葉。 そのまま部屋の隅まで移動し、体育座りをしながら再びメモを開く。 先ほどまでは空白だったページは、クリスマスパーティのような色とりどり、様々なキャラクターが楽しそうに躍動していた。 一体何をしているんだと自責の念に駆られつつ、琴葉は新しいページを開く。
「とりあえずはアレだね、どんな料理かって決めない……くちゅん!」
寒さの所為か、くしゃみをしながらでも琴葉は考える。 段々と寒さに抗えなくなってきたのか、指先が震えて文字を上手く書き出すことができない。 どこかミミズのような文字を見つつ、琴葉はそれでも口を開く。
「集中集中、琴葉ちゃんならできるは……くちゅん! おにーさんこの部屋寒すぎッ!! このままだと部屋の中で凍死しちゃうって! 避難避難……致し方なし、だよ」
そして再びコタツへ入る琴葉である。 入った瞬間、これが俗にいう天国なのかとも考えつつ、琴葉は先ほどと同じ姿勢……うつ伏せになり、思わず緩む頬を引き締め、メモと向かい合った。
「……そう言えば昔、先生に琴葉さんは集中力が足りませんってよく注意されたなぁ……なつかし」
外へ出て、世界に戻り、琴葉は少しずつ昔のことを思い出す余裕が生まれてきたと言っても良い。 施設での生活ではとてもそんな余韻に浸る余裕などなく、常に何かをしていなければ気が狂ってしまうほどのものだった。 そして、そこに過去のことは含まれない。 考えると、思い出すと、ただただ苦しいだけだったからだ。
だが、今は違う。 最近になり、昔のことを良く思い出すようになっていた。
「まったく、先生は分かってないなぁ。 あたしは集中力がないんじゃなくて、短時間で終わらせちゃうことができるタイプだし。 だからそう見えるだけだし! よし、そうと決まれば善は急げ、考えるよりまず行動!」
琴葉は言うと、ようやくコタツからその体を出す。 出した瞬間、再び身を襲った寒さから避難しようかと考えが過ぎったものの、なんとか堪え、壁にかけてある上着を手に取った。
「冷蔵庫、冷蔵庫……食材なければとかいってなんもないじゃん!! うう、まずはスーパーに行って、食材を見て考える! なんだか主婦って感じだね、主婦……。 おにーさんの主婦……ないしっ! 全然ないしっ!」
頬を叩き、気合いを入れた。 所持品を確認し、コタツの電源を切る。 出かける際に確認するべきことも確認し、最後に琴葉は鍵を持ち、靴を履き、一度振り返った。
「行って来ます」
その言葉は当然、誰からも返事はこない。 だが、その言葉を言えた琴葉の顔はどこか満足気であるのだった。