第三話
「んーおいしー!! やっぱり冬はおでんに限るよ!」
「だろ? 俺のおすすめだ。 あのコンビニはしっかりと蓋もしてあるから衛生面も安心だしな。 何より具材が豊富で味が良い感じに染みてる」
家へと帰る途中、夕飯ということで獅子女が提案したのはコンビニのおでんであった。 獅子女曰く「コンビニは万能な弁当屋」ということで、琴葉はあまり気が進まなかったものの押し切られた形だ。 そして、今はそんなコンビニのおでんに舌鼓を打っている琴葉である。 大根、たまご、こんにゃく、白滝などなどを笑顔かつ美味しそうに琴葉は口へと運んでいく。
「ウインナーって何事かと思ったけど、食べてみると案外美味しいんだね。 こう、噛んだ瞬間にぶわーって押し寄せる感じ」
「食レポとか向いてなさそうだな、お前」
「失礼なっ! あたしを甘く見てると痛い目見るよ、おにーさん!」
「もう既にいろいろと痛い目見てるから良いよ。 それより琴葉、飯食べ終わったら布団用意しとけよ。 そっちの部屋の隅にあるから」
獅子女が指差す先は畳が敷かれた和室となっており、小さいながらも寝る分には充分なスペースがあった。 やはりというべきか、その部屋にも生活感は殆どない。 飾りのように置かれている布団の方がおかしいような、そんな雰囲気があった。
「分かってるよ、任せて。 それよりおでん! こたつ! ミカンにテレビ……もしかして天国かな?」
至福の表情を浮かべ、琴葉はコタツのテーブルに頬を当てる。 そこから見えるのはテレビの映像で、暖まった体にひんやりとしたテーブルの温度は贅沢とも言える心地よさを醸し出している。 琴葉の頬は緩み、幸せを謳歌していた。 一見すれば幸せな日常の一幕であるが、それを見ていた獅子女は危惧されることを口にする。
「……間違えても住み着くなよ、お前」
「わ、分かってるって! 今回の件が解決するまで! だよね?」
「ああ」
獅子女は言うと、容器に入った汁を飲み干す。 そしてそれをゴミ箱へと捨てると、コタツの上に置かれていたタブレットを取り、部屋の隅へと腰を掛けた。
「琴葉、話が変わるんだけど、文字を使うのに必要なのは名前と顔だけか?」
「え? あー、あたしの文字ね。 うん、それだけ分かれば大丈夫だけど」
「ならロイスの今を視れるか? 上手く行けばあいつの場所が分かるかもしれない」
「……確かにっ!! おにーさんすごい、大発見だよそれ! よーし」
身を乗り出し言うと、琴葉は目を瞑り、小さな声で「心象風景」と口にした。 その直後、琴葉の集中力は格段に上がる。 その雰囲気までもがまるで別人であり、獅子女は一瞬だが驚いたように目を見開いた。
「まだ外、かな。 倉庫の前に立ってるけど……どこまでかは、ちょっと」
「そうか。 一日に一回程度で良いから、視てくれ。 場所が分かればこっちのもんだ」
「……それだけで良いの?」
「体力使うんだろ、その文字。 村雨とか楠木のもそうだけど、特殊な文字は大体体力を使うからな」
「えへへ……じゃあそうします! よし、頑張るぞ!」
自分の役目というのが出来たことが嬉しいのか、琴葉は両手でガッツポーズを作り、気合いを入れると再びおでんへと箸を伸ばした。
「食べ終わったら捨てとけよ。 ミカンの皮も」
そんな光景を見た獅子女は、恐らく言わなければ起き得る事態へ警告をしておく。 人の食事の後片付けをするほどの親切心は生憎持ち合わせていない、そう思いつつ。
「任せて! こう見えてあたし、お掃除得意だから!」
「そりゃ良かった」
言うと、獅子女はタブレットへと視線を落とした。 携帯に届いたメールは先ほど転送してあり、ファイルの処理も終わっている。 それを確認した獅子女はファイルを開く。
まず目に入ってきたのは、チェイスギャングについて、という題名だ。 アオが今日一日をかけて調べ上げた情報は丁寧に纏められており、読み進めるのは苦痛ではなかった。
項目はいくつかある。 最初に書いてあったのはロイスが率いるチェイスギャングの構成員についてだ。 他のエリアに比べると、ロイスの抱える構成員は多いとは言えない。 だが、厄介なのはギャングとは思えないほどの統率力だと書かれている。 ロイスのカリスマ性は高く、それを信仰し崇拝さえされているらしい。
次に文字持ちについて。 ロイスの文字は知っての通り『先見之明』だ。 詳細な説明はないものの、未来予知とも言える文字だと記されていた。 獅子女自身が理解しているのと同程度のことしか書かれていないが、これもまた重要な情報だろう。 そして、強力な文字を持つ者も数人は混じっているとのこと。
更に使用される武器、襲撃の方法、簡易対策案、時間による傾向などが羅列されている。 まだ二十四時間も経っていないというのに、これだけ正確で大量の情報を集められるのはアオだけだろう。
そんな文字たちの最後、そこには『所在について』と書かれていたものの、そこには小さく「ごめんなさい」と書かれていただけであった。 まだ調べきれていない、そう解釈した獅子女は視線をようやくタブレットから外す。
「……何がお掃除得意だこの馬鹿は」
目の前に居るのは、気持ち良さそうに寝息を立てている少女。 獅子女は右手で自身のコメカミをぐっと押さえ、立ち上がった。 食べ終わった後の容器とミカンの皮はそのままであり、あろうことか恐怖の象徴とも言えるパンダのフィギュアもテーブルの上へ置かれている。 そんな光景を見て、琴葉のことを叩き起こすことも考えた獅子女であったが、それをするより片付けを済ませた方が楽だと思い至り、行動に移す。
四条琴葉は、不思議な人物だ。 獅子女から見て四条香織と似ているような人物ではあるものの、四条香織が一線を引くところで四条琴葉は一線を超えてくる、そのような感じを受けていた。 それが所謂「危うさ」にも繋がっており、放って置くことはできないと感じてしまうのかもしれない。
テーブルの上に散らかった物たちを片付けた後、獅子女はコタツの電源を切り、琴葉の肩に毛布をかぶせた。 そのままベランダへと出ると、外の景色を眺める。 雪は未だに降り続いていた。 室内で暖まった体は一瞬にして寒さに打たれる。
「……情が移ったのか、俺は」
外の気温は頭を覚ますのには丁度良かった。 そして、その寒さは獅子女がずっと味わってきたものであり慣れ親しんでいたものだった。 何もなかったときと比べ、今となっては多くのものが手に入った。 何より獅子女にとって大切なのは、自身を信頼し目的を同じとしてくれた仲間が居ることだ。 数多くの仲間たちが、自分に賛同をしてくれたのだ。
だから思う。 もしも今回のことで誰かが危険な目に遭うのであれば、命に代えてでも守らなければ、と。 それだけの価値は、あいつらにはあると。
そう思考したそのとき、獅子女は笑った。 そういうことかと、理解した。 だが同時に、それはそれで問題はないとも捉えていた。 ロイスの言葉、獅子女が死ぬという言葉だ。 それとこれは繋がっており、どうやら自分は本当に死ぬことになるらしい。
だが、問題はない。 獅子女の目指す場所に辿り着くために、何一つとして問題はない。
そこで携帯を取り出した。 全員には一日の終わりに定時連絡をするよう伝えてある。 それがなければ何かがあったということで、すぐに動かなければいけない案件だ。
獅子女が携帯に届いているメッセージを確認すると、全員からそれは届いていた。 村雨からは「アオちゃんが仕事ばっかしてて暇」というもの。 桐生院からは「シズルくんも美しさの意味に気付いてきたようだ」というもの。 軽井沢からは「こいつの相手すげえ疲れる」というもの。 そして雀からは「滞りなし」とのメッセージが届いていた。 どうやら全員無事のようで、獅子女は携帯を再度ポケットへと仕舞う。 ロクドウからは届いていなかったが、ロクドウが死ぬという場面は想像が付かない。 それにもしも万が一のことがあったとしても……ロクドウにとって、それはきっと幸せなことなのだろう。
それよりも一番の不安の種である雀と我原だが、一応は現状、どうにかはなっているようだ。
「……おにーさん?」
「なんだ、起きたのか」
後ろからかかった声に振り向くと、琴葉は毛布をかぶったまま立っていた。 目を擦りつつも、どこか不安そうな顔をしている。 琴葉の持つ文字は心象風景、精神と強く結びつき、他人とも結び付くその文字は人の心に敏感なのだ。 だからこそ、琴葉はここで不安を感じていたのだ。
「大丈夫、だよ。 おにーさんは、あたしが守るから。 あたしを助けてくれたから、今度はあたしが助ける番だから」
「何言ってんだよ、琴葉。 そういうのはまず片付けが出来るようになってから言え。 寝ぼけてんのか」
「……」
獅子女は冗談混じりに言うも、琴葉は顔を伏せてしまう。 何を視たのか、どこまで気付いたのか、それは獅子女ですら分からない。
「お前に心配されたら終わりだ、まずは自分を守れるくらいの力を付けることだよ琴葉。 そういうのは雀に教えてもらえ。 今日は寝るぞ」
「……うん」
その日、それ以上会話をすることはなく、二人は眠りに就いたのだった。




