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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第二話

「……随分足が早いな。 暇人か?」


「暇というのは人によりけりですよ、獅子女結城さん。 それよりも久し振りだというのに感動が少ないですね?」


 過去に一度、獅子女はロイスと会ったことがある。 神人の家を立ち上げる際、少し揉めた間柄だ。 そして今回は二度目、ロイスに退くという選択肢は存在しないだろう。


「俺は一々感動するタイプでもないしな。 で、なんの用事だ? お前の行動に意味がないってことはないからな。 寒いし早く用事を済ませて帰りたい」


「そうですね、この寒さについては僕たちも……と、関係ないお話をするところでした。 僕が尋ねた理由、ですか。 ふふ、惚けないでくださいよ、獅子女結城さん。 あなたのお仲間が僕の家族に手を出した……そうなれば当然、僕たちが取る行動というのは一つ。 あなたなら良く分かっているじゃないですか」


「追って清算、か。 言っとくけど俺たちはお前らに殺されるつもりはねぇ、その家族とやらに言っとけ。 殺しに来るなら殺される覚悟もしてこいってな」


「やはりあなたとお話するのは飽きなくて良いですね。 ところで、その子は? 見たことがない顔ですが」


 ロイスは獅子女の言葉に表情を崩すことなく言うと、獅子女の背後にいる琴葉を覗き込む。 琴葉は怯えていたものの、ロイスを睨み付けるように見た。


「可愛らしい子ですね。 あ、僕たまたま飴を持っているんですよ、どうぞ」


 言いながら、ロイスは懐から取り出した飴を琴葉へと渡すべく手を伸ばす。 それが獅子女の横を通り過ぎようとした瞬間、獅子女がロイスの手を掴んだ。 ロイスはそれを受け、若干目を細め獅子女のことを見る。


「これ以上用事がないなら帰れ。 今ここでお前を殺しても良いんだぞ、ロイス」


「……それは怖いですね。 では、そんな獅子女さんに敬意を表し今日のところは大人しく帰りましょう。 僕も今日はご挨拶だけと思っておりましたので」


 ロイスは言うと、振り返る。 そして空を一度見上げた後、体を少し傾け、顔だけを獅子女の方へと向けた。


「僕は予想というのが好きでしてね、夢に溢れる物語が好きなんです。 というわけで、ここに一つ予想を立てておきましょう」


 雪は一層強さを増した。 辺りはまるで冷凍庫の中のように冷えており、それがロイスの不気味さというのを一層増させていた。


「今回の争い、僕たちもタダで済むとは思っておりません。 ですが、清算は必ずします。 獅子女さん、あなたは今回の争いで死ぬことになるでしょう。 僕はその未来を確定させる」


 獅子女の顔を見つつ、ロイスは小さく笑った。 その表情と声からは確かな意思と確かな理由を感じる。 それを聞いた獅子女は一瞬眉を顰めるも、すぐさま表情は元へと戻っていた。


 獅子女の強さというものは、感染者からすれば広く知れ渡っているものだ。 未だかつてないほどに強力、最強とも言われる文字を持った男……それが、獅子女結城という男だ。 それはつまり他者から見れば恐怖の象徴のようなもので、獅子女たちが拠点とする地域一帯では神人の家が恐れられている理由にもなっている。


 それを知って尚、ロイスは言い切った。 今回の戦いで獅子女が死ぬことになる、と。 更に、獅子女はロイスの持つ文字というのを知っていた。


 ――――――――先見之明。 それがチェイスギャングの幹部であるロイスが持つ文字だ。 未来を予測し、その結末を導き出すというもの。 使いようによっては敵なしとも思える文字、それがロイスの文字だ。


「おにーさん……大丈夫?」


「ああ、心配するな。 買い物、行くぞ」


 心配そうに覗き込んできた琴葉に言い、獅子女は歩き出すのであった。




「おお、スーパーなんて久し振りに来たけど、あんま変わらないんだね」


「そりゃそうだろ。 そうころころと変わるものでもないし」


 先ほどのロイスの件などなかったかのように、琴葉は明るい口調でスーパーへ入るなりそう言った。 気を遣っているのかと思い、獅子女はひとまず琴葉に合わせる。


「あたしね、スーパーへ来たら必ずしてたことがあるんだよ。 何か分かる? クイズ!」


 カゴを持つ獅子女の前へと回り込み、器用にも後ろ歩きをしながら琴葉は言う。 見た目や言動に反し、案外運動神経は良いのかも知れない。


「万引き?」


「なんでそうなるのっ!? あたしそんな悪いことしてるように見える!?」


 良い反応だな、と思いつつ獅子女は「冗談だよ」と告げた。 学校では普段の行動、言動からクールな奴という評価を与えられている獅子女であるが、四条が知るようにそれなりに仲の良い相手には冗談を言うのが好きな獅子女であった。 そして、琴葉のリアクションは獅子女にとって面白いものであり、どこか四条を思い出させるものでもあった。


「おにーさんって案外ノリが軽いよね、案外」


「よく言われる。 それで必ずしてることって? 全然分からないんだけど」


 そう言うと、琴葉は前を向き、人差し指を立てながら獅子女の問いに答えた。


「知りたくば付いてくるがいい! あたしに続けい! ……あれおにーさん居ないし!?」


 それから数分後、頬を膨らませながら怒った琴葉にその場所へと連行される獅子女であった。




「おー! ほらほら見てよおにーさん! これ可愛い!」


「……本気か?」


 二人は玩具コーナーへと居た。 恐らくアオ辺りが見れば思わず笑いそうなほどに獅子女には似合わない場所であったが、琴葉は気にしている素振りも見せずに食玩を眺めている。 なんでも、琴葉曰く「必ずすること」とは、この食玩漁りのことらしい。 眺めているだけでなんだか幸せになれるとは琴葉の言だ。


 そして今現在琴葉が手にしているのはパンダのキャラクターフィギュアが入っている食玩だ。 本来であれば琴葉の外見からして似合いそうな単語の羅列であったが、そのフィギュアを目にした獅子女は琴葉の趣味を疑う。 同時にこれは自身に対するドッキリ、或いは何かしらのテストなのではと感じていた。


「いくつか質問していいか?」


「へ? うん、おっけーだよ」


 気持ちの良い返事がもらえたところで、獅子女は頭に浮かんできた疑問を琴葉へとぶつけることにした。


「なんでこのパンダは手に斧を持ってるんだ?」


「武器だよ武器、可愛いでしょ」


「なんでこのパンダは口から血を流しているんだ?」


「うーん……人を食べたから?」


「……なんでこのパンダの足元に、肉塊が落ちてるんだ?」


「肉塊って表現やめてよ! なんか怖いじゃん!?」


 その食玩を庇うように持ち、琴葉は言う。 それに対し、獅子女は冷静に返した。


「いや、このフィギュアを可愛いって言うお前の方が俺は怖いんだけど」


「なんでさー! ぜったい、おにーさんにもこのパンダちゃんの可愛さが分かる日が来るって! だからはい!」


「……買うのかよ。 お前これ買うのは良いけど、俺の目に入るところに放置とかすんなよ。 夜起きてこんなのが目に入ったら寝れなくなる」


「またまた、おにーさんホラーは平気でしょ?」


 自分でホラーと言いやがったと思いながらも、獅子女は短く息を吐き出す。 琴葉が神人の家に来てからというもの、琴葉の面倒は殆ど雀や他のメンバーに任せてあった。 もっとも、自分が居るときは琴葉に絡まれるということはあったが、それ以外では殆ど任せてあったのだ。


 こんなにも疲れるものなのかと、獅子女は思う。 面倒見が良い雀にとっては苦痛でもなんでもないのかもしれないが、少なくともこの数時間でかなりの疲労が蓄積されている気がしてならない。


「よっし、じゃあ次はご飯だね、ご飯! お腹空いたよー」


「飯は買わないぞ、お前がミカン食べたそうだったから来てるだけだし」


「……ひひ、やいやいおにーさん優しいなぁもう! 琴葉ちゃんの株上昇してるよ!」


「そりゃ心の底から嬉しいな」


 琴葉は嬉しそうに笑うと獅子女の脇腹を小突く。 全く嬉しくない株が上昇してもなと思いつつ、獅子女は果物が並ぶコーナーへと足を進めた。 本来の目的であるミカンを買うために。


「冬でしょ、コタツでしょ、ミカンでしょ? そうなると次はなんだと思う? おにーさん」


「猫は飼わないからな、俺は猫アレルギーだ」


「うう……」


 既に猫のような生き物が一匹居る状態で、更に増やすというのは愚行でしかない。 何より自身は猫アレルギーであったから、尚更だった。 獅子女は琴葉を見ながらそんなことを思う。


「猫が好きならアオに聞いてみたらどうだ。 あいつも猫が好きらしい」


「ほんとっ!? それじゃあ今の問題が終わったら聞いてみる! ファイトだよおにーさん!」


「……はいはい」


 そんな会話を繰り広げながら、スーパーでの買い物を済ませる二人であった。

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