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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第二十五話

「で、何があった? 詳しく説明してくれ」


「……すいません、お見苦しいところを」


 それから、獅子女は琴葉から聞いた単語から大体の検討を付け、室内へと足を踏み入れた。 それでも気付くことはなかった二人に声を掛け、獅子女の姿を認識した雀がすぐに冷静さを取り戻し、こうしてようやく落ち着いた場となった室内である。 入り口では琴葉が心配そうに見つめており、それにも気付いた雀は申し訳なさそうにそう言ったのだ。


「我原さんがチェイスギャングに手を出したと、ロクドウさんから聞きました。 それについて問い詰め、このような状態になってしまいました」


 雀は下を向きながら言う。 それを聞き、獅子女はまず我原に対して尋ねた。


「殺したのか? 我原」


 それに対し、我原は間髪入れずに答える。 さぞ当然のような言い方で、腕組みをしながら言う姿からは反省の色は見えない。 もっとも、反省する必要性についてはまた違う話ではあるが。


「オレは売られた喧嘩を買ったまで。 有象無象の雑魚を殺すことの何が悪い。 腰抜けには分からんことであったのならば、謝るのも構わんがな」


「軽率だと言っているのです、その行動が。 神人の家に所属する以上、身勝手な行動は謹んで頂きたい」


「ふはッ! ではなんだ? 貴様はオレに黙って殴られていろと言いたいのか? その道理がどこにある、何かのためにオレが傷を負う必要がどこにある、オレが退く理由がどこにある。 あまりナメたことを言っているとまずは貴様から殺すぞ、柴崎雀。 聞くに堪えない声を響かせたいのならばオレは望みを叶えてやれるぞ、雑魚め」


 ピシリと音を立て、部屋全体が軋む音が響く。 雀から出るのは尋常ではないほどの殺気だ。 そして、我原もまた引くことなく殺気を雀へと向ける。 空気が一様に変わる、先ほどよりも強烈に、苛烈に、押し返されるような威圧感を放つ二人は、今まさに殺し合いが起きてもおかしくはない状態となっていた。


 そんなとき、言葉を発したのは雀でも我原でも獅子女でもなく、琴葉だった。


「だ、だめっ!! け、喧嘩は良くないよ!!」


 あろうことか、二人の間に割って入った琴葉は一身にその殺気を受ける。 そしてそれは獅子女にとっても意外な行動であり、雀と我原にとってもまた同様であった。 神人の家に所属する者であれば、この二人の間に割って入るなど獅子女にしかできないことだと全員が知っている。 だからこそ村雨たちは避難をしており、そしてシズルたちもまた同様の行動を取っているのだ。 雀と我原の仲裁をする、そして神人の家に置ける最高戦力、獅子女の両腕を担っているとも言われる二人の間に立つなど、余程の馬鹿か或るいは……それでも立ち向かうという勇気を持った者にしかできない。


「な、仲間だから……ね?」


「良いよ、琴葉。 少し休んでろ」


 足は震え、それでも必死に言葉を紡ぐ琴葉を見兼ねて獅子女は言う。 琴葉はそれでも何かを言いたげであったが、やはりそれだけでかなりの心労だったのか、獅子女の言葉に素直に頷き、部屋の片隅へと移動した。


 獅子女はそんな琴葉を見た後、改めて二人に向き直る。 これ以上見ているわけにはいかないだろう。


「別にどっちが悪いってことでもないだろ。 我原の言い分も雀の言い分も間違ってはない。 けど、どっちの肩を持つかって言われたら俺は我原の肩を持つかな」


 獅子女が言うと、雀は若干顔を曇らせる。 そして我原は獅子女の言葉に驚いたように目を見開くも、すぐさま表情は元に戻った。


「話を整理すりゃ分かることだ。 我原は特に何もしてないのにチェイスギャングの奴に絡まれた、んで殺した。 それの何が悪いかって話だけど、俺としては良くやったって言いたいくらいだ。 喧嘩を売られたんだ、買う以外の選択肢はねぇ……が、その後のやり取りは良くないな。 雀だって馬鹿じゃないんだし、丁寧に説明すれば話が拗れることもないだろ、我原。 雀が必要としてんのは経緯と理由、そこを間違えなきゃ雀もキレはしない」


「……そうだな。 ああ、分かった。 獅子女さんの言う通り、これ以上拗れるのも面倒だ。 その点についてはオレが悪い」


 我原は言うと、目を瞑って息を小さく吐き出す。 ようやく我原の方も落ち着きを取り戻したのか、その言葉に悪意はない。


「雀ももう良いか? お前も我原の性格を知っているだろ、本当に無駄な殺しなんてしない奴ってことくらいはさ。 ここで無益な争いをするより次のことを考えたいんだけど」


「……はい。 では」


 雀は言うと、改めて我原へ目を向ける。 そして、丁寧な仕草で頭を下げた。


「申し訳ありません、少々言い過ぎました」


 我原はそれに何かを言うわけでもなく、ただ視線を逸らす。 顔色からしてそれはただ素直に謝られたことに対し、気に食わないと言わんばかりの様子であった。


「よっし、お前らの話はとりあえずここまでな」


 獅子女は両手を合わせ、笑って言う。 そして、そのまま今度は琴葉へと向き直った。


「そんじゃあこれからのことについて話そう。 琴葉、悪いけど村雨たちを呼んできてくれるか? シズルたちには俺から連絡しとく」


「おっけー! いやぁさっすがおにーさん、見直しちゃったよ!」


「……お前見直したって言葉の意味調べてもう一回言ってみろよな」


 ニコニコ笑いながら言う琴葉に向けて、苦笑いをしながら獅子女は言う。 琴葉は琴葉、どこまで行っても変わらないものだと感じつつ。


 だが、それでも琴葉の行動には驚かされた。 獅子女ですら少々の覚悟も必要となってくる二人の仲裁、それを誰からの頼みもなく琴葉はやってのけようとしたのだ。 もちろん、そこには二人のことを良く知らないという面もあるかと思われる。 しかしそれでも二人に気圧されることなく、琴葉はただ自分の信念の下、それを貫いたのだ。


 だからこそ、獅子女は危惧する。 その勇気こそ、いつか琴葉を窮地に陥れかねないと。 人には必ず勇気が必要な場面、そしてその勇気を捨てなければならない場面が存在する。 だが、琴葉のように自らを省みない、後先を考えない勇気というのは危険極まりないのだ。 踏み込んではいけない場面で踏み込んでしまう、決して行ってはいけない場面で行ってしまう、それは自身を破滅へと追いやりすらするものだ。


 いつか、琴葉も学ぶときがやって来る。 場面での境界を見つけ、足を踏み出すことと踏み出さないことを見極められるときがやって来るだろう。 だが、長い間感染者として対策部隊に捕らわれていた彼女がそれを理解するのには、まだ時間がどうしてもかかってしまう。 その場合、獅子女が取れる策は「琴葉が理解するまでストッパーとなる」ということでしかない。


 獅子女はそんな自分の思考に、再度「意外だな」と、感じていた。 どうしてか、本来であれば自身には関係のないことだと切り捨てていてもおかしくはないことだというのに、こと彼女に関する物事の場合、何故かそれが彼女の手助けへと傾いているのだ。


 だが、獅子女は深く思考することを止めた。 自分がそう感じているのであれば、それに従うまでだ。 そしてそれにはきっと、なんらかの理由があるに違いない。


「シズルさんたちから連絡はありましたか?」


 唐突に横から掛かってきた声により、獅子女は思考を止めた。 そして携帯に視線を向けると、そこには既に「今から向かいまっす!」という文字が表示されている。 ちなみに、琴葉同様、顔文字とエクスクラメーションマークがふんだんに使われている。 最近の会話はこんなものなのかと、高校一年である少年は思う。


「今から来るってさ。 全員集まるのはあの日以来か」


 十二月の頭、俗に言う十二月事件の当日、集まった日以来だ。 自然的に集まることがない神人の家の幹部メンバーが集まるとき、それは何か重大なことが起きるということを知らせている。 前回で言えば対策部隊に対する大攻勢、そして今回で言えば……チェイスギャングに関して、だ。


 彼らのことは獅子女も詳しくはないものの知っており、本来であれば交わることもなかった相手だ。 だが、我原と言えど獅子女にとっては神人の家の仲間であり、その仲間が喧嘩を売られたとなれば仕方ないと考えている面もある。 それに対し、我原がどう思っているかはともかくとして。


「雀、刀の手入れしとけよ」


「……ということは」


 獅子女の言葉に、雀は察したと言わんばかりに言う。 そしてその場に居合わせた我原もまた、獅子女の行動を予期していた。


 十二月の下旬。 世間はクリスマス前、そして年末前ということで忙しなく動いている。 今年の終わりは忙しくなりそうだと、そう思った獅子女であった。

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