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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第二十四話

「ゆーきっ! 最近ちょっとゴタゴタしてたしさ、これからどう?」


「今日か? あー、まぁ良いけど」


 学校が終わり、帰ろうと荷物をまとめていたところで四条香織から声がかかった。 あの日に起きた出来事は四条も当然覚えておらず、獅子女は普段通り四条の横の席の男子生徒として学校へと通っている。 今となってはもう、獅子女が感染者ということを知る()()は居ない。


 そして、四条の言う「これからどう?」というのは、二人の間では既に恒例行事とも呼べる寄り道である。 帰り道の途中にあるクレープ屋、そこへ行こうという誘いだ。


「じゃあ私昇降口で待ってるから。 早く来てね? 冬休みで遊べる回数減るだろうし! 私も今年の冬はやることあってさ、ちょい忙し目なんだよね。 結城と一緒で、結城と一緒で!」


「なんで二回も言うんだよ……一応俺、お前のクレープ通いに付き合ってるだろ。 荷物まとめたらすぐ行くから」


「わたしの我侭でクレープ屋に行ってるみたいな言い方はやめなさい! それじゃ、またあとでね」


 それだけ言い残し、四条は教室から出ていく。 それを見送った後、獅子女は学生鞄に荷物を詰め込む作業を続けた。 学生にとっては有り難いと言えるかもしれない冬休み、それが今日から始まるのだ。 十二月も既に終盤、年末年始は社会全体が慌ただしくなり、ゆっくりできる者も居れば一番忙しい時期を迎える者も居る。 そんな年末が差し迫っていた。


「……年末年始くらいゆっくりするか」


 今年は特に、慌ただしい一年であった気がする。 最近では特にそれが顕著であり、今月の頭に行った対策部隊に対する攻撃や、その後すぐに行った四条琴葉の救出にしてもそうだ。 四条香織は既に琴葉を助けてくれと頼んだことすら忘れているものの、彼女もいつか琴葉が無事だということを知る日がやって来るのだろう。 そんな予感が獅子女はしていた。


 そのように年末に連れて忙しくなったことに対し、獅子女は年末くらいはと頭の中で思う。 今年はもう、神人の家で行うような動きも予定はしていない。


「ん」


 そのときだった。 獅子女のポケットの中、携帯が揺れるのを感じる。 昇降口で待つ四条からの催促だろうかと思い携帯を取り出し、画面を見た。 メッセージアプリにて送られてきたその文言は、文章だけ見れば四条からのものと良く似ている。 が、差出人は違っていた。


 琴葉からのメッセージ。 日用品は雀やアオが調達してくれたということもあり、琴葉も使用はしているのだが……その内容は、あまり良いものとは思えなかった。


「重大連絡ってなんだよ。 あいつ簡単に内容くらい書いとけって……」


 重大連絡、至急助けに来て。 たったそれだけの短い文と、果たして必要だったかは分からない顔文字とエクスクラメーションマークがふんだんに使われているそれは、とてもその内容と一致しているようには思えなかった。


「行かなかったら行かなかったで琴葉の奴は怒るだろうし……かと言ってこっちの四条も断ると怒るからなぁ……また奢らされることになりそうだ」


 一人呟き、獅子女は教室を後にする。 人間と感染者、そのどちらを優先すべきかは明白だ。 しかし昇降口で待つ人物に「急用が入った」と今から伝えなければならないと思うと、その足取りはとても重かった。




 クレープ二個だからね! ちゃんと二個奢りますって自分で言って証拠残しとくこと! そんなメッセージが送られてきた携帯をため息を吐きながら見つめ、獅子女は神人の家のアジトへと向かって歩いていた。 一度自宅へと帰り、着替えと準備を済ませた後での外出だ。


 獅子女は文字により、街中に張り巡らされているカメラでは感染者だと認識することはできない。 そして万が一ということも踏まえ、実際にカメラとしての役割からも逃れることが可能だ。 必要な場合はその文字を神人の家のメンバーにも使用しており、そのおかげで神人の家では人間と変わらない生活を送っている者も少なくはない。 その最たる例が、柴崎雀という感染者である。 獅子女は彼女の生活を知りはしないが、噂に寄るとバイトのようなことをしているらしい。


 が、あくまでも最優先は感染者としての顔だ。 神人の家に所属する以上、それは決して避けてはならないことである。 それに対し反対をする者など当然おらず、神人の家は人間にとって甚大なる脅威となりつつあるのは言うまでもあるまい。


「……ッ! ……ですか!?」


 アジトである廃墟ビルの前まで辿り着いたとき、獅子女は中から聞こえてくる怒声に気付いた。 そして、入り口には数人の人影がある。 もちろん、神人の家のメンバーだ。


「あらボス、お疲れ様でーす」


 最初に獅子女のことに気付いたのは、村雨ユキという人物だ。 神人の家での医療班、原点回帰という文字を持つ感染者。 極めて珍しい治癒系統の文字を持つ彼女の存在があるからこそ、多くの者は恐れず戦うことが出来ている面もある。 二十代後半の女で、まとめていない長い黒髪が特徴だ。 そしてどこか淫靡な雰囲気を纏っている。


「琴葉から連絡があった。 何やってんの? これ」


「危機回避、危険予測、触らぬ神に祟りなしとも言えるね。 見ての通りこれはか弱い乙女の集いだよシシくん。 わたしたちのようなか弱い乙女は危険を回避する能力を持たないとだからね、ああ怖い怖い。 恐ろしい限り、寒さとは違う意味で身が震えるよ」


 獅子女の問いに答えたのはロクドウだ。 彼女がこうしてアジトへと居るのは珍しく、普段から所在が知れないロクドウが居るというのは、あまり良い事態とは言えない。 何かがあった、そう見るべきなのだ。


「んでお前らは外にいるわけ? 俺もここに居て良いかな」


「僕としては早くどうにかして欲しいんすけどねぇ……ほら、落ち着いてゲームも出来ないじゃないっすか、これだと」


 激しい物音と怒声は未だに続いており、そして獅子女はようやくその声の主を認識する。 先ほどロクドウが言った「か弱い乙女の集い」とやらの中に、居ない人物。 琴葉は恐らく巻き込まれているとして、楠木は部屋に引き篭もっているとして、それを除いた人物は一人だけだ。


「雀か。 誰が何やらかしたんだよ」


「やらかした、と言うのを切っ掛けを作ったと言えばわたしかな? とあることを雀君にコソコソってね。 あぁでもその前に切っ掛けはあるわけだから、やっぱりガハラ君になるのかなぁ、くふふ」


「我原? 今日は我原も居るのか?」


「珍しいなぁって思ったらこれだからねー。 ボスぅ、私こわぁい」


 とてもそうは見えない様子で村雨は獅子女に近づき、耳元で言う。 そんな村雨に慣れている獅子女は「やめろ」と言い、ビルの中へと足を向けた。


「行くんすか? 相当やばいっすよこれ」


「雀と我原って最悪の組み合わせだろ。 気は進まないけどほっとくわけにはいかない」


 真面目で忠誠心の高い雀、そして我が強く忠誠心はあまり高いとは言えない我原。 そんな二人の相性は当然最悪であり、水と油のようなものだ。 前回、世間一般で言う十二月事件に置いても我原は獅子女に話をしてきたことがあり、その件で雀は場合によっては斬り捨てていた、とまで口にしているのだ。 当然、二人の仲は最悪と言っても良いほどに悪い。


 そんな二人が言い合いを始めればどうなるか。 殺し合いなんてことに発展してもおかしくはなく、これが下部構成員であれば獅子女もそこまで気には留めなかっただろう。 だが、たった今揉めている二人は神人の家の幹部であり共に強大な戦力でもある。 雀にしても我原にしても、決して代えが効かない存在なのだ。


 獅子女は階段を上っていく。 いつも全員が集まる場所は階段からすぐの広間となっており、揉めているとしてもそこだろう。 アオの発言からそう察した獅子女が階段を登りきると、まず目に入ってきたのは琴葉の姿であった。


「え、えええええっと、と、とりあえず二人共落ち着いて……」


「第一、貴様がろくに協力姿勢を見せない所為でどれだけの皺寄せが来ていると思っているッ!? 自分本位で動き、自分勝手な行動しかしない男が!!」


「黙れ雑魚、オレはロクドウに言われたからここに居るだけだ。 意味がなくなればすぐに去っても構わん」


 そんな会話が獅子女の耳に入ってくる。 そして、必死に止める様子を見せるも完全に空気に飲まれつつある琴葉は、獅子女が隣に来たことでようやく獅子女の姿を認識した。


「お、おにーさん! 良かったぁちょっと助けて! へるぷ、だよ!」


「なんかすげえことになってんな……。 何があった?」


 室内に居る二人は、目の前のことにしか意識が向いていない。 よって、扉を挟んで室内を見る獅子女の存在には気付くことなく、終わることのない言い争いを続けている。 恐らく怒りから雀がやったのか、設置されているテーブルの一つが真っ二つに割れていた。


「あ、あたしも良く分からなくて……なんか我原さんがどこかで何かをしたみたいで……それに対して雀さんが怒ってー……みたいな?」


「良く分かってないのに止めてたのかよ。 悪いな面倒なこと任せて」


 獅子女は言いながら琴葉の頭に手を置く。 すると、琴葉は笑顔で「全然平気だよ」と口にした。


「あ、でもさっき雀さんがちぇいすぎゃんぐ……? とか言ってたから、それかも?」


「チェイスギャング? 雀がそう言ったのか?」


「うん」


 その単語を聞いた獅子女は思う。 年末年始をゆっくり過ごすという計画は、どうやら水の泡になりそうだ、と。

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