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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第二十一話

「じゃ、まずは機種からっすね。 ようやく僕の出番っすよー、もうどんだけ勿体ぶらせるんすか、まったく」


 先に一人で携帯ショップへと入っていったアオは、何冊かのパンフレットを琴葉と何故か雀にも手渡すと、そう言った。 そして、ペラペラと捲り始めたのは琴葉と雀だ。


「ストップストップ!! ちょっと二人して何やってんすか!? 馬鹿なんすか!?」


「ば……!? ……何か?」


 雀は一瞬声を荒げそうになったものの、それを飲み込み冷静に尋ね返す。 琴葉も体をビクリと反応させ、慌ててパンフレットを閉じ、まるで自分は開いてないですよ、といった顔でアオの言葉を待った。


「まずパンフレットを開く前に、自分がどういう機能が欲しいかを再確認するんすよ! 頭の中で反復しても良いですし、口にしても良いですし、とにかく優先すべき機能ってのを考えるんすよ!」


「……優先すべき機能、ですか。 ネットに繋がる?」


「えーっと、えーっと……電話ができる?」


「そこ、漫才はしなくて結構っす。 まぁ二人は初心者なので、まずはこの紙に欲しい機能を箇条書きで良いので書いてください。 話はそこから始めます」


 アオは言い、二人に紙の切れ端とボールペンを手渡す。 それを受け取り、真剣に考え始めた二人であったものの、数分後に口を開いたのは雀だ。 その言葉はもっともであり、なんら不自然なところはない。


「あの、アオさん。 今ふと思ったのですが、私は携帯を既に持っていますので……」


「何のために来てるんすか!! 携帯ってのは情報の集合体、超優秀な情報収集力を持ったハイテクノロジーの塊なんすよ!? なのに「既に持っているから」って……楽ちんケータイでも使ってれば良いっす、そういう人は。 時代の流れに乗れず、停滞し荒廃した波に飲まれれば良いっす」


「ぐっ……!」


 言われた雀は歯を食いしばり、再度紙の切れ端と対面した。 未だに書いてあることは「電話」と「メール」と「ネット」のみである。 そこでふと横を見ると、琴葉は既に十を超える単語を書き綴っていた。


「……えっと、あとはなんだろ。 うーん……あ、お風呂……と」


 何やら携帯に求めるべきではない単語も聞こえてきているが、ひとまず雀は自身の単語を増やすことに注力するのであった。




「ふむ、最初にしては中々良い感じじゃないっすか? こっちは却下っすけど」


 アオは並べられた項目を眺めたあと、琴葉の書いた紙を破り捨てる。


「あたしの夢が!?」


「いや「お風呂」とか「散髪」とか何言ってんすか頭大丈夫っすか。 まぁこっちもなくはないっすけど……ボツっすね」


 次に破かれたのは雀の書いた希望の機能である。 無残にも破かれたそれらは、傍らにあったゴミ箱へと放り込まれる。


「私のもですか!?」


「あって当たり前の機能を書いても意味ないっす。 第一、雀さんのは大雑把すぎるんすよ。 カメラ、とかネット、とか。 カメラなら画素数や解像度、ネットとか最早意味不明っすからね」


 デジタル機器に関して言えば、アオに妥協という言葉はない。 特に携帯やパソコン、それに準ずる機械となればとことんと言えるところまで追求していくのだ。 雀はこのとき初めて、アオを呼んだのは失敗だったのではないかと思い始めた。


「雀さんは最低限さえあればと思う仕事マンですし、琴葉ちゃんは時間が五年ほど前で止まっちゃってますからね。 まずはそこから治していくべきっすかねぇこれは。 というわけで、ここに二つの携帯があります」


 アオは言葉と同時に懐から携帯を二つ取り出す。 一つは最新機種のもの、そしてもう一つは数年前の機種のもの。 共にスマートフォンだ。


「うーん……琴葉ちゃんちょっと良いっすか?」


「はい!」


 元気良く手を挙げ、琴葉はアオの下へと行く。 まるで授業中の生徒のようで、琴葉は若干懐かしい感覚を得ながらもアオの指示に手を上げ素直に従った。


「今からこの二つのケータイで写真を撮るっす。 被写体は琴葉ちゃんで、雀さんに見比べてもらいます」


「それにどういう意味があるんですか?」


「まぁまぁ、物は試しってことっすよ。 はい、琴葉ちゃんピース」


「いぇい!」


 携帯を向けられ、咄嗟に笑顔でピースをする琴葉。 満面の笑みをカメラに向け、その瞬間にアオはシャッターを切る。


「おっけーっす。 んじゃ次こっちっすね、琴葉ちゃんピース」


「いぇい!」


 再び鳴り響くシャッター音。 アオは満足そうに頷くと、まずは古いと言っていた方の携帯を雀へと手渡した。


「どうっすか?」


「どう、と言われましても……可愛いですね、としか」


「えへへ……」


 そんな感想を述べた雀に対し、アオは小さくため息を吐く。 そして最新機種の携帯を雀へと手渡す。


「どうっすか?」


「……む、さっきよりも可愛い、ような気が」


「その表現方法なんか親ばかみたいなんで止めてもらって良いっすか……。 そこ嬉しそうにニヤニヤしない」


「えへへ……はいっ!」


 どうにも話が上手く進まないと感じるアオであったが、雀と琴葉が相手となれば仕方ないだろう。 機械には疎い雀と、無縁だった琴葉が相手なのだ。 しかし一度引き受けた仕事であり、これでも責任感は強いアオだ、諦めずに最後までやり遂げるべく、二つの携帯を雀から取り上げ、テーブルの上へと並べた。


「こっちが古い琴葉ちゃんで、こっちが新しい琴葉ちゃん。 こうして並べてみるとどうっすか?」


「古いあたしと新しいあたし……」


 その表現方法もどうなんだと思いつつも、教えてもらっているという立場上、琴葉は何も言わずに話に耳を傾ける。 しかしこう、自分の顔が並べられているという光景は奇妙な感覚を受けてしまう。


「ふむ……こっちの琴葉さんの方が、若干粗い感じがしますね」


「でしょ? それに色も暗い感じで、どこかリアリティに欠けているって言えば良いんすかね。 撮った写真ですーって感じで」


「確かにそうかもっ! どっちの()()()()()()()()()()けど、古いほうがちょっと? って感じかな?」


「……。 で、これが解像度と画素数の……」


「無視しないでよぅ!! 冗談だから、琴葉ジョークだから!」


「ああもう分かったっすよ面倒くさいなぁ……。 分かったから離れてください」


「うぅ……」


 琴葉をいなし、アオは説明を再開する。 もっとも基本となることから詳細な部分まで、ズブの素人である二人に説明し、理解してもらうにはかなりの時間を要したが、その説明が終わる頃には二人共に詳しくなれるほどのものであった。




「いやぁ、アオさんに来て貰って良かったよ! おかげでこんな良い携帯ゲットできたし!」


「いえいえ、お力になれて光栄っす。 またなにかあればいつでもどーぞ」


 買い物を終え、今現在は当てもなく歩いている三人。 琴葉の言葉に満足そうに笑い、アオは言う。


「アオさんかっくいー! でもさ、携帯って契約とかするのに、個人情報とか必要じゃないの? 殆どアオさんと雀さんに任せちゃったけど……」


 新しく購入し、契約をした携帯を見つめ、笑顔で二人に向かって琴葉は尋ねる。 時刻は既に夕飯時、夕暮れの赤い日差しが三人の影を伸ばしている。


「個人情報なんて、この時代いくらでも作れちゃいますからね。 んで携帯料金は口座引き落としで僕らが主に使ってる口座からなんで問題ないっす。 出世払いっすよ」


「……頑張る!」


 両手でガッツポーズを作り、力強く琴葉は言う。 その姿を見て、これは大丈夫だろうなと思うアオである。 性格としても、明るく快活、そして人に気に入られやすい性格をしている。 それであれば、例え神人の家に入らずとも上手いことやっていけるだろうと、アオは感じていた。 ただ本心では、来てくれることを期待していたアオであったが。


 如何せん、自身の性格と合う人間はあまり居ない。 雀にしても、桐生院にしても、他のメンバーにしてもだ。 中々難しい性格をしていると自負はしているものの、同性で自分と合う人間というのは大変貴重なのだ。 ましてやそれが感染者という幅になれば、極小の穴に針を通すようなものである。 誰にでも気兼ねなく話すことができるアオだからこそ、自身と同じように気兼ねなく話すことができるような琴葉の存在は、貴重だ。


「ま、そういうのも含めて難しいところなんすかねぇ」


「何か言いましたか? アオさん」


「いーや、なんでもねーっすよ」


 なんとなく、琴葉は神人の家に来ないような気がした。 彼女はきっと、その好意に感謝を示しつつどこかへ行くのだろうと、そう思った。


「そろそろ夕飯時ですね。 どうです、アオさん。 今日はご一緒に」


「お! アオさん来るのあたしも嬉しいかも! いこういこう!」


「……たまにはいっすね! 雀さんとご飯を食べられる機会なんて滅多にないっすから」


 本当に、たまにはこうして仕事抜きで会うというのも悪くはないと、そう思ったアオであった。 何より、雀の私服が物凄くダサいという面白い情報を仕入れることができたのは、何よりの収穫である。

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