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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第二十話

「雑貨系統はほぼ大丈夫そうですかね。 アオさん」


「ゲームがないっすけどね。 僕、新作の恋愛シミュレーション欲しいんすけど」


「それは自分で買ってください」


「……なんか冷たくないっすか? 今日」


 その理由について琴葉は思い当たることがあるものの、口にはしない。 口にすれば雀を立ち直らせることに数十分という時間が必要になるからである。 どうやらアオも雀の私服というのは知らなかったらしく、先ほど「熊のプリントされた服で雀さんの喋り方ツボに入りそうっす」と耳打ちされた所為もあり、ついつい笑いそうになってしまう。


 今現在は一通りの買い物を終え、デパート内にあった自動販売機前のベンチで休憩を取っている。 雀は紅茶、アオはオレンジジュース、琴葉はココアを飲んでいる。 最初、琴葉は「水で良い」と言ったのだが、半ば強引にアオによって選ばれた飲み物だった。 理由が「コトハとココアの語呂が似ている」というものだったのが気になるところであったが。


「何から何まで感謝感激だよ、ほんとに。 琴葉ちゃんは超幸せ者だね!」


「そういや僕、けっこー不思議だったんすよね。 どうして雀さんが琴葉ちゃんの面倒を見てるのかって。 今日だって僕を呼ぶっていう行動を取っているわけですし」


 アオは日頃のことから、出揃った情報をまとめている。 そして今回もそれは例に漏れず、雀や獅子女がどうして琴葉を気にかけているのか、という疑問を抱いていた。 獅子女に関しては「友人の妹だから」という理由があるにせよ、雀に至ってはここまで細かく面倒を見てくれと言われていたわけではない。


「だって、獅子女さんにとっては別だとしても、雀さんにとっては赤の他人っすよね? なのに家の提供から身なりから生活面まで。 そこまで面倒見るのは変だなぁって思ってたんすよ、話を聞いて」


「……えっと」


 アオの性格を把握しきれていない琴葉は、その歯に衣着せぬ言い方に萎縮してしまう。 改めて言われて見るとそうだと思え、自分のことが少し恥ずかしくも感じてしまっていた。 そんな琴葉を見て、雀はアオのことを睨み付ける。


「アオさん、もう少し言葉を選んで頂いてもいいですか」


「あー、いやいや別に文句があるとかそういうんじゃないっすよ? 勘違いさせたらごめんなさいっすけど……ただ単純に好奇心っていうか、不思議だったってだけっす。 んで、今はそれも解決したんで気にしないでください」


 アオは若干慌てて言うと、続ける。


「人ってのは不思議で、どうしてもほっとけない物事ってのはあるもんなんすよ。 保護欲? って言えば分かりやすいのかな。 そういうのを刺激する人ってのが一定数は少なからず居るわけで、それが琴葉ちゃんだっていう話っす」


「え、ええっと……ごめんなさい?」


 言われた琴葉は良く意味が分かっていなかったものの、とりあえずはアオに頭を下げた。 そして、そんな仕草を見たアオは数秒固まったあと、口を開く。


「あはは! いやいやそれは強みっすよ、強み。 琴葉ちゃんだって子猫とか見たら「可愛いなぁ」って感じますよね? そういうのと一緒っす」


「……おお、なるほど! ということは、あたしは子猫!?」


「自分で言われるとちょいムカつきますねそれ……。 ただまぁ」


 アオは言うと、紙コップに入ったオレンジジュースを飲み干し、そのゴミをゴミ箱へと投げ捨てる。 そのまま琴葉の顔を真っ直ぐ見ると、告げた。


「それを見て、殺してやろうって思っちゃうイカれた奴も少なからずこの世界には居ます。 そういうときに自分の身を守る術を覚えておくのは大事なことっすよ」


「自分の身を……守る」


 それは、琴葉にとっては難題と言えた。 自身が持つ文字は心象風景であり、決して戦闘向きの力とも言えない。 更に琴葉自身、V.A.L.V含有量は高いわけでなく、身体能力も平均より少し良い程度でしかない。 そんな自分を守る術というのは、中々に難しい課題だ。


「あたしにできるのかな、自分を守ること」


「……と、ここで神人の家の中で上位三人に入る雀さんからの意見を聞きましょうかね」


「私はそんなに強くないですよ。 私の意見、ですか」


「またまた。 雀さんとガチって勝てる可能性あるのなんて獅子女さん、我原さんくらいじゃないっすか。 ロクドウさんは戦い終わんなくなりそうっすけど」


 アオの言葉通り、柴崎雀の実力は神人の家でもかなり高い。 文字自体を殺される獅子女以外であれば、もしも戦闘が起きれば高確率で勝者となるであろう。 獅子女のV.A.L.V含有量は70パーセントであるが、雀のV.A.L.V含有量は80パーセント、一般的な感染者の五倍、六倍にも匹敵するものだ。


「謙遜ですよ。 それで琴葉さん、これはあくまでも個人的な意見ですが……頼れる仲間を探すというのも、一つの手ですよ。 獅子女さんも最悪のケースというのを想定し、私たちを集めたのですから」


 獅子女が仲間を集めた理由、それは自身が太刀打ちできない相手が現れた場合の対処法としてだ。 個人の力ではどうにもならなくなった場合、必然的に必要となるのは他者であり自らの可能性なんかではない。 手っ取り早く、尚且つ確実に自身の力となる方法。 それが自身と同じ目的地へと歩む仲間たちだ。


「仲間、かぁ……あたしにおにーさんみたいにできるのかな」


「……あーもう回りくどい言い方が好きっすね、雀さんは。 僕そういうのめんどく思っちゃうんで言っちゃいますよ? 一緒に来ないか、そう言ってるんすよ、琴葉ちゃん」


「へ……? 一緒にって……あたしが、一緒に?」


 その言葉を受け、琴葉は目を丸くして声を挙げた。 そして雀の顔を見ると、雀は琴葉に手を差し伸ばし、言う。


「獅子女さんには私が頭を下げましょう。 もちろん、嫌であれば断っても構いません。 だからと言って見放すわけもないですし、今後の付き合いも変わりません。 ……当然、私たちはただの人殺しでしかありませんが、それでも良ければ」


 琴葉は言われ、思い悩む。 確かに雀やアオの言う通り、仲間となれば今後のことでも安心だ。 対策部隊の手から逃れるのは格段に楽になるだろうし、獅子女が持つ最強の文字という恩恵は計り知れない。 自分の身を考えれば、雀の言葉に乗るのが最善だろう。


「……少し、考えたいかも」


「それが良いっす、今この場で決めろってわけでもないですしね。 ってわけでそろそろ行きますか、次はケータイで良いんすよね?」


 アオは言うと、座ったままで固まった体を伸ばす。 気持ち良さそうな顔をしたあと、最早その行動は決まっているのか、雀と琴葉を置いてそそくさと歩き出してしまった。 猫のような人だな、と思いつつ、琴葉は雀に顔を向ける。


「アオさんはああ見えて、結構しっかりした考えを持っているんですよ。 面倒臭そうにはしていますが、今日も来てくれたことから分かるように、お人好しなんです」


「みんな、良い人だね」


「……一人だけ私が嫌いな者も居ますけど、まぁ大体はそうです」


 言う雀の顔が少し怖い。 どうやら、その一人だけという一人は随分と雀に嫌われているようだと琴葉は感じた。 そして、琴葉も大概思ったことはすぐ口にしてしまう。


「もしかして、我原さん?」


「ッ! 鋭いですね」


「我原さんって人の名前を呼ぶとき、ちょっとだけ怒ってる感じがしたから……なんとなく。 その人は悪い人なの?」


「悪いかどうかと言われれば、難しい問題ですが……少なくともキザで、カッコつけで、自分本位で、傲慢で、チャラチャラした見た目の癖に喋り方は古臭く、いけ好かない男です」


 ……よっぽど嫌いなんだなと思い、琴葉は雀のことを刺激しないように苦笑いをし、対応する。 もしも神人の家に入るとしても、その我原という人物には気を付けようと思いながら。

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