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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第十九話

「準備できましたか?」


「うん、おっけー! いこういこう! 雀さん!」


 次の日、目を覚ました二人は朝食を済ませると、生活必需品を揃えるためにと出かけることにしていた。 行き先は雀の案内による街中のデパートである。 ちなみにだが、今日も結局琴葉はパンしか口にしていない。


「でも、本当に大丈夫なのかな? あたし、感染者だし」


 雀の家を出てからすぐ、目的地はこの場所からは徒歩で十分ほどだ。 そこまでは歩いて行くこととなっており、雀の横を歩きながら琴葉は疑問をぶつけた。 もっとも、本当はそれよりも雀の着ている熊がプリントされたパーカーが物凄く気になったものの、聞いてはいけない気がしていた。 そのことに関してツッコミを入れてはならないというお告げである。


「私も感染者です。 けど心配は要りませんよ、少なくともこの街では」


「……どういう意味?」


「ふふ、裏技です」


 首を傾げる琴葉に対し、雀は笑ってそう言った。 その裏技というのも言ってしまえば獅子女の文字だ。 この街、この地区にある感染者識別機は全て、獅子女の文字によって殺されている。 故にこの街では他の街よりもより多くの感染者が人間社会へと紛れ込んでいる。 政府、及び対策部隊がそれに気付けるわけもなく、多くの感染者は存在しているのだ。 更に、琴葉に関して言えばもっと複雑な殺しを獅子女は入れていた。 琴葉の場合にのみ使うような殺しを。


「気になるじゃん! むう」


「機会があれば獅子女さんに聞いてください。 私の口からお話することでもありません」


 受け取り方によれば冷たい言い方にも聞こえた。 が、それを受け取った琴葉は律儀な人だと感じていた。 きっと、心の奥底から獅子女のことを信頼しているのだろうと。


「会うことあるか分からないし。 でもまぁ良いや、そういうものだと思っとけーってことだもんね」


「そう言って頂けると助かります。 その内分かることも多いですし、今はゆっくりと自分の近くにあることから片付ければ良いんですよ。 今で言えば、日用品や身辺整理ですかね?」


「そういう考え方もアリだね! やっぱ雀さんは大人だなぁ……羨ましい!」


「ふむ……私としては、琴葉さんのような明るい性格というのが羨ましいですが。 私は、なんて言えば良いのか……そういう素直、率直な気持ちを言葉で表現するのは得意じゃないんです。 特に好意や善意、そういったものは苦手です」


 なんとなく、そう言われると確かにと思えた気がした。 壁がある……とは違うが、雀の喋り方も相まって少し距離を感じてしまうのだ。 それが結局、琴葉の感じる大人っぽさに繋がっていくのかもしれない。


「そういうところがカッコいいよね、雀さん。 あたしもこう、スラってなってズバって感じになりたいよ!」


「宜しければ、今度お時間があるときに刀術を教えましょうか? 基本的なことであれば教えられるほどではありますが」


「ほんとに!? いやったぁあ! あたし前から興味あったんだよね、こう刀でシュパッって!」


「ふふ、そうですか。 では楽しみにしていてくださいね」


 というわけで、琴葉は雀とそんな口約束を結ぶのであった。 そして、会話に夢中になっていたことで琴葉は気付かなかったが、どうやら目的地へと着いたようである。 雀は立ち止まり、腕時計を一度確認した。


「あれ、デパート入らないの? 雀さん」


「実は、今日は助っ人を呼んであります。 こういうことに関して、右に出る者は居ないほどの」


 そう言う雀の顔はどこか自慢気だ。 そして雀が言う助っ人となれば、これは期待できるのではないかと琴葉は思う。 なんと言っても完璧という言葉がこれでもかと似合う人物、それが雀なのだから、その知り合いなら是非会ってみたい。 きっと格好いい人なのだろうと琴葉は想像する。


「おお……えっと、その人も?」


「ええ、そうです。 もっと言えば、仕事上の仲間です」


 その人も感染者なのかと尋ねようとしたところ、雀は琴葉に耳打ちをしてそれを知らせる。 ということはつまり、神人の家の一員ということだ。


「うぃーっす、お呼ばれして参上しましたよ」


 そう言いながら現れたのは銀髪の少女。 ぶかぶかのパーカーにフードをかぶり、デニムのショートパンツを履くその見た目はさながら非行に走っている少女である。 口には棒付きの飴を咥えており、気だるげに話す様子はとても雀の知り合いには見えない。 よって琴葉は叫ぶように言う。


「……雀さんの仲間って絶対嘘だ!!」


「いきなり酷くないっすか!?」


 ともあれ、こうしてアオを混ぜての買い物が始まるのであった。




「心象風景っすか。 顔と名前さえ分かればその対象の今を視ることが出来る、中々良い文字っすね」


「は、はい! あの、その節はどうもありがとうございました」


「んあ、んな堅苦しい挨拶なんていらないっすよ。 僕はただ獅子女さんのワガママに付き合っただけっす、言ってしまえば暇潰しみたいなもんでしたから」


 人差し指をくるくると回し、琴葉の方は見ずにアオは言う。 堅苦しい雰囲気に慣れていないアオにとっては、琴葉の言葉はどこか背中が痒くなるようなものであった。


「本名は分かんないっすけど、僕のことはみんな「アオ」って呼んでます。 文字は『百鬼夜行』で、趣味はゲームとネットサーフィン、好きな食べ物は甘いもの全般っすね」


「えへへ、じゃあアオさん! あたしは四条琴葉で、趣味は……なんだろ? 好きな食べ物も分からないけど……よろしく!」


「っと……ええ、よろしくっす」


 アオの自己紹介に対し、琴葉はアオの真正面へと回り込み、その手を握って答える。 アオは若干驚いた顔をしていたが、すぐに笑顔を向けてそう答えた。 かなり柔軟そうな性格をしているアオは、琴葉とは幸いなことに合う性格であった。


「アオさんは私たちの中でも情報に長けているんです。 今日は日用品とのことで、携帯もあった方が良いと思い、そうなればアオさんの知恵をお借りしようと思いまして……普段はいつも和服なんですよ、アオさんは」


「いやぁもう褒めてもなんも出ないっすよー? まったく、頼りにされるのはあんま良い気分じゃないんすけどねぇもう!」


 そうは言ったものの、アオはニコニコと笑いながら歩きつつくるくると回り出す。 知り合って数分の琴葉から見ても、嬉しさに溢れている仕草だと察するほどに。 オフの日であれば自分好みの服装で、仕事の日であれば動きやすい自分好みの服装で、というのがアオのポリシーでもあった。


「やっぱり凄い人たちの集まりなんだね、おにーさんのところって」


「凄いというか変人が多いっすけどね。 あの美しさ中毒男とか、捻くれた若者とか、不死身少女とか、あとは……てか、雀さん一つ超気になること聞いても良いっすか? 僕、さっき会ったときからずーっと気になってんすけど」


 琴葉の言葉にアオは苦笑いをしながら言う。 そして、その途中で思い出したかのように雀へ視線を向けて言った。


「なんでしょう?」


「僕の服装にツッコむ前に……その小学生みたいな熊がプリントされた服、罰ゲームかなんかっすか?」


 その後、落ち込みその場で蹲った雀を立ち直らせることに数十分を要したアオと琴葉であった。

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