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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第十六話

「あー疲れた。 つうかお前も言われてるときに少しは言い返せよ、悔しくなかったのか」


 それから、獅子女は琴葉を連れ、アジト付近にある公園へと訪れていた。 スラム街とも呼べる地区の近くにある公園は、滅多に人が訪れないということもあり、公園内に居るのは獅子女と琴葉だけだ。 そこのベンチへと並んで座り、獅子女は自販機で購入した缶コーヒーを口にしている。 琴葉は喉は渇いてないと言い、何も持っていない。


 寂れた遊具と夕焼けはどこか合わさっていて、琴葉はどこか懐かしさを感じた。 そして何より、外の空気はこれ以上なく綺麗で、新鮮で、獅子女の言葉など耳に入ってはこなかったのだ。


「無視かよ。 ったく、結構大変だったんだぞ、いくら約束だったとは言っても」


「……約束? あれ、おにーさん……もしかして、()()()()()?」


 言われ、獅子女は目を見開く。 目の前に居る少女、琴葉がどうして名前を知っているのか、一度も会ったことはなく、四条香織は「妹は小学生のときに連れて行かれた」と言っていたはずだ。 そうなれば必然的に四条香織と自身が知り合う前に連れて行かれていることになり、琴葉が名前を知る余地などないはず。


「獅子女? 誰だそれ」


「うーん……おかしいな。 おにーさん、いつもおねーちゃんと一緒に居る人と雰囲気そっくりだったから……もしかしたらーって思ったんだけど」


 この少女は、何を言っている? 普通であれば長年に置ける狂った生活で頭がおかしくなったとしか思えないが、奇しくも少女の言葉は全て的を射ているのだ。 獅子女はカマをかけるように言うも、琴葉は未だに疑っているように首を傾げている。 その仕草は、自身が獅子女だということをまるで確信しているようにも見えた。


「あ、もしかしてどうしてって思ってる……とか? だったらほら、アレだよアレ! あたしの文字のおかげだよ、おにーさん」


「……お前やけに元気だな。 で、文字って?」


 本当に長年苦しい状況に置かれていたのか不思議になるくらい、元気な少女であった。 栄養補給などはされていたのか、体などは痩せ細っているものの、それが極端にというほどでもない。 そして今、普通であれば精神的にも疲労が蓄積されていそうな現状……極限状態に置かれていたとは思えないほどに笑顔を見せている。


「心象風景。 あたしの文字は、その人の顔と名前が分かればいつでもその人の光景を視ることができるんだ。 だからたまにお姉ちゃんのことを見ていたんだけど、いつも獅子女さんって人と一緒に居たから」


「……なるほど、そりゃ確かに利便性の高い文字だな。 顔と名前さえ分かれば、か。 良い文字だな、綺麗な文字だ」


 故に、感染者対策本部はその文字を利用したのだろう。 武器には転用できない文字、希少なそれらは己の精神、己の心と結びついていることが多い。 獅子女の知る限り、転用不可能な文字はロクドウの万世不朽、村雨の原点回帰くらいのものだ。


「へへ、そんな褒めても何もでないよ、おにーさん! ところでさ、おにーさんの名前は?」


「ん、ああ。 俺は獅子女、お前は四条琴葉でいいよな? 琴葉で良いか」


 面を外し、改めて獅子女は言う。 それを聞き、琴葉はやはり笑った。


「獅子女さんね……ってやっぱり獅子女さんじゃん!? おにーさん嘘吐いた!? 嘘吐いたよね!?」


 元気かつうるさい。 獅子女は助けたことを少し後悔しそうになりながらも、口を開く。


「良く分からない奴に本名は言わない主義なんだよ。 で、一応約束だから話すぞ。 お前を助けてくれって依頼は、お前の姉貴から受けた。 妹を助けてくれってな」


「……ッ」


 琴葉はそこで言葉を止め、一度下を向いた。 その口元は少しだけ笑っており、しかし目は泣きそうになっており、不思議な表情だと獅子女は感じる。 嬉しさ、喜び、悲しみ、愛おしさ。 それらが混ざりあったような、不思議な顔だった。


「お姉ちゃんが……そっか」


「四条はそのことを覚えてない。 俺の文字は生殺与奪、ありとあらゆる現象を生かし殺すものだ。 それを使って、俺が感染者だという記憶を消した。 だから四条は俺に助けを依頼したことは覚えていない」


 自分勝手な都合で消したというのは理解している。 だが、琴葉には全てを話しておくべきだと思い、獅子女は告げる。 それにより、罵詈雑言を浴びせられても構わないという想いで。


 だが、琴葉は笑って言うのだ。


「おにーさん、優しいんだね」


「……は? いや、なんでそうなる? 俺の都合で記憶を殺したんだぞ」


 獅子女が言うも、琴葉は笑顔を向け続けている。 夕日に照らされながらの笑顔はとても晴れやかであり、そして琴葉に一番似合う表情でもあった。


「だって、それならあたしを助ける必要なんてなかったわけじゃん。 でも、おにーさんはお姉ちゃんとの約束を守ってくれた。 だから優しいんだよ」


「……勝手に言ってろ」


「あれあれ、おにーさんもしかして照れてる? ひひ、意外と可愛いところあるねぇおにーさん!」


「少し黙れ、お前よくそんだけ元気でいられるな……」


 獅子女は笑顔で言ってくる琴葉から顔を逸し、そして話題も逸らすべく続ける。


「まぁ、俺が言うべきことなのかも分からないけど、さっきの益村だっけか? あいつが言ってたこと、一々気にしてんじゃねえぞ」


「……聞いてたんだ。 でもさ、間違ってはいないと思っちゃったから」


「馬鹿かお前は。 人間も感染者もテメェの都合で生きるのに必死なんだよ、他人のことを一々気にしていられる奴なんて居るわけがない」


 獅子女が言うと、琴葉は俯きながら「そうかもだけど」と、必死に絞り出し、言った。 それを聞き、獅子女は続ける。


「少なくとも俺は、今この場でお前を殺さないと死ぬんだとしたら迷いなく殺すぞ。 俺にはやることがあるから、ここで死ぬわけにはいかないからな」


「……目標、夢ってこと?」


「そう言えるかもな。 俺は対策部隊を叩き潰す、今の世界にあいつらは必要ない」


 迷うことなく、獅子女は告げる。 見果てぬ夢、遠すぎる夢とも言えるかもしれないそれを話すことは、木の進むものではない。 だが、琴葉であれば話しても良いと、そう思った。


「賛同はできないけど……。 でも、夢があればそうやって考えられるのかな」


「人によってだろ。 なんか夢はあるのか? 琴葉」


「夢……ある! また、家族みんなで暮らしたい!」


「だったら、それが叶うまで下を見てる暇なんてねーよ。 ただでさえ今の世界じゃ生きづらい俺たちだ。 一瞬でも立ち止まればすぐに飲み込まれて埋もれるぞ。 考えるより先に動け、それが正しかったか間違ってたかなんて後から考えりゃ良い。 最後に夢を叶えて笑ってれば、今までの全てが正しかったってことだ、琴葉」


 獅子女の言葉は、琴葉の体に入り、そして心へ染み込んでいった。 久し振りの人との会話はこれほどまでに暖かいものだったのかと、琴葉の心を暖めた。 ずっと一人で、ずっと寒かった体は、もう寒さを感じはしなかった。


「さて、約束は済んだし俺は帰る。 手伝ってくれた奴らに礼も言わなきゃならないし。 一応服の中に適当な金入れといたからそれで当面は生活しとけ。 お前は顔が割れてるから、気を付けろよ」


「え! おにーさんとここでお別れ!?」


「そりゃそうだろ、約束は済んだんだし。 まぁなんかあったら友人の妹ってことで手助けはしてやる。 じゃあな」


 それだけ伝え、獅子女は琴葉に背中を向けて歩き出す。 後ろの方では騒がしく何かを言う琴葉の声がしたが、獅子女が振り返ることはなかった。 振り返ると、またもう少し話し込んでしまいそうだったからだ。


「にしても、雀にはもうちょっと運転どうにかして欲しいな……吐きそうだった」


 獅子女自身は慣れつつあるものの、他の者が同乗すると確実に後から苦情が出てくる雀の運転だ。 過去に一度、我原を乗せたときは「獅子女さんはオレに何か恨みがあってこんな仕打ちをしたのか」と小一時間ほど問い詰められたほどである。 そして今日、久し振りに雀の運転する車に乗ってみたものの、向上するあたりか悪化している気さえしていた。 確かに速さは良いのだが、いつか死人が出てもおかしくはない。


「……もしもし、雀か?」


 だが、とりあえずするべきこともある。 そう思い至った獅子女は雀へと電話をかける。 これからのこと、それを考えなければならない。 運転の話はまた今度でも良いだろう、そう思った。


「頼みがある。 終わったばかりで悪いんだけどな」


 雀にその頼みを告げながら、獅子女は自らのアジトへと歩いて向かうのであった。

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