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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第十五話

「……へ?」


「動けるか? ちょっと体触るぞ」


 獅子女の目の前で少女は目を丸くしていた。 無理はない、目の前に突如として見知らぬ人物が現れたのだ。 誰だったとしても、驚くだろう。 それに琴葉から見れば獅子女は面を付けた謎の男でしかなく、怪しくないと言えば嘘になる。


 数分前、獅子女たちは救急車を一台拝借し、益村の乗る護送車の横を通り過ぎた。 その際、獅子女は自身の文字を使いこの車内へと侵入をした。 物理現象を殺し、車から車へと飛び移ったのだ。 彼の前ではありとあらゆる現象は殺され、生かされる。


「……きゃ!」


「一応言っておくけど、お前の体に興味あるわけじゃないからな。 爆弾とか付けられてたら面倒だから見てるだけだ」


 腰ほどまでに長い髪を片手で持ち上げ、背中側から前側に獅子女は手を這わせる。 本来であれば、琴葉は恐怖で震えていただろう。 だが、不思議と獅子女の声、そして雰囲気は琴葉の心を和らげ、和ませていた。


「よし、なんもないな。 体は痛むか? なんか変わったことは? 動けそうか?」


「あ、えと……だいじょぶ、だと思う」


「ならいい。 掴まれ、逃げるぞ」


 そう言われ、琴葉は初めて自身の拘束がいつの間にか解かれていたことに気付く。 手足は自由を取り戻しており、枷はどこも壊れた様子がないものの、床へと落ちていた。


「……えっと」


「ぐだぐだ説明している時間がないけど……そうだな、俺も感染者だ、お前を助けに来た。 ……あんまこういうことしないから分からないんだけど、こんな感じに言っとけば安心できるか?」


「……あはは」


 思わず琴葉は笑ってしまう。 獅子女の言葉が予想以上に変で、おかしく思ってしまう。 普通はそんなことを聞かないと言いそうになったものの、琴葉が返した返事は獅子女の体にしがみつくというものであった。


「さて、一つ言い忘れてたんだけど今からちょっと揺れるからな」


「へ?」


 ――――――――直後、車は横真っ二つへと割れた。




 ――――――――数分前――――――――


「んでどうすんすか? 獅子女さん行っちゃいましたけど」


「わわ、わ、私たちは美しく帰ろうではないかかかか。 は、はやく、ほらはやく!! もうここに残る意味はないだろう! 早く車を止めたまえ柴崎くん!! 至急! 早急にだ!」


 激しく揺れる車内、アオは既に慣れ、桐生院は歯をガチガチと鳴らしながら言う。 雀の運転する車内はさながら洗濯機のように揺れていた。


「少し静かにしていてくださいッ!! 一つミスをすれば車が無事ではないんですよ!! 分かっていますか!?」


「いやぁもう既に大分べっこべこっすけどね」


 アオの言う通り、拝借した救急車は既に原型をほぼ留めていない。 塗装は剥げ、ボディはへこみ、ガラスに至ってはフロントガラスのみが残されているという惨状である。 だがそれでも速度はかなりのもので、追い付くことが困難と思われる中、益村の車へと追い付くことができた。


「とりあえず速度を落とし、先ほどの車の前へと付けます!! お二人とも脱出の準備を!!」


「へ、脱出ってなんすか? なんかハリウッド映画に出てきそうな単語が聞こえたんすけど気のせいっすよね?」


「車ごと捨てるんです!! 私が対象を両断し破壊するのでその後は爆発に巻き込まれる前に脱出を!!」


 いつになく声を荒らげる雀は珍しい。 運転している最中は集中しているからなのか、常に大声で喋る雀である。 そして唐突に言われたその言葉に焦るのはアオだ。 全くその予定など聞いておらず、獅子女を護送車へと送り届けたあとはゆっくり帰宅と思っていたのだ。


「いや僕無理っすよ!? 雀さんみたいに身体能力良くないし、桐生院さんみたいに文字で着地とかできないっすよ!? しかもこの服だと僕のか弱い肌ボロボロになるじゃないっすか!!」


 和服を見せ、アオは言う。 だが、対する雀は目もくれずに告げた。


「だったらどうにかしてください!! 今それどころではないのでッ!!」


「なんすかそれ!? どうにかって詳しく説明くださいよ!!」


 思いっきり投げられたと思い、アオはこの地獄行きの車へ乗ったことを後悔する。 だが、いくら後悔したとしてもその時間は刻一刻と迫っているのだ。 既にバックミラーには益村の車が映っており、その怪しさからか益村の車は速度を落とす。


「い、いいいい致し方ない! あ、あお、アオくん! わわっわ私に掴まりたまえ!! うつく、うつつく! 着地を決めてみせよう!!」


「もう既に何言ってるか分かんないんすけど!? ああもう最悪っす最悪っす! 帰ったら絶対獅子女さんに文句言うっすよ僕は!!」


 ドアを開け、ガタガタと震えながら言う桐生院に仕方なくアオは掴まる。 それを一瞬目を向けることによって確認した雀は、サイドブレーキを引き、車を急減速させ、ハンドルを固定させると運転席から移動した。 車内にはかなりの重力がかかり、さすがのアオも死の予感を受け始める。


「死ぬ死ぬ死ぬ! 絶対死ぬって! 桐生院さん顔めちゃくちゃ青いっすけど大丈夫っすか!?」


「無問題だよ、アオくん」


「絶対無問題じゃないっすよねぇええええ!?」


 何かを通り越し却って冷静になった桐生院はそう言うと、アオを掴んだまま外へと飛び出した。 同時、文字を使用し激しく流れていく中で無駄なく受け身を取っていく。


「ふう、やはり運転は楽しいですね……と、私も役目を果たさなければ」


 雀は誰も居なくなった車内で言うと、後ろ扉を刀で両断する。 綺麗に割かれた扉は外の世界へ飛んで行き、そして視界には益村の車が映った。


「……面白い」


 そう呟いたのは、益村だ。 目の前に現れた怪しげな救急車、その中から出てきたのは先日の十二月事件にて報告が上がっていた人物だ。 スズメの面を付け、刀を武器にする感染者……間違いなく神人の家の幹部だという女だ。 そして、曲がりなりにも文字刈り二人を威圧感だけで動けなくしたという、女。


「くく、くははは!! ワタシと戦え感染者ッ!! ワタシ好みに躾けてやるよぉ!! ワタシに、ワタシに殺させろッ!!」


「悪いが私には私の役目がある。 それに生憎、貴様には興味がない。 だが次の機会がもしあれば、その要望に答えてやらないこともないがな」


 雀は言うと、刀を振るう。 横への一閃、車を両断する刃は不可視となって空間を断ち切っていく。 益村は己の直感、そして今まで積み重ねてきた経験から脅威を悟り、横へ居る菊地へ向け声を放つ。


「伏せなさい菊地クン、首が飛ぶぞ」


「ッ!!」


 冷静な声に、菊地は咄嗟に運転を止め、体全体を伏せる。 その直後、何もかもを断ち切る一閃が頭上を通過していった。


「なっ……! 益村さん!!」


「チッ……だが良いのかねぇ、助けたい奴、居るんだろう?」


 そして、益村は後方へと視線を向ける。 両断され、制御を失った車は惰性のみで走っており、いつ止まりいつ事故を起こしても不思議ではない。 だが、そのとき益村の視界に入ったのは予想以上の光景だ。


「……誰かね、君」


「益村幸次、いやぁダッセェ名前だな。 顔と名前が合ってねぇ」


 そこに立っていたのは、奇妙な面を付けた男であった。 逆三日月型の目と、三日月型の口をした面、その奇妙な出で立ちとは打って変わって男の声は綺麗とも言える声であった。 そんな男はいつの間にか、益村の名刺を持ちながら呟いている。 そして傍らには、四条琴葉。


「駆逐隊ってのがどんなものか見に来たけど、ゴミってのは変わらないみたいだ。 良かったよ、安心した。 これで俺はお前ら全員心置きなく殺せるって分かったわけだ。 杞憂だったってわけか、良い仕事だったよ」


「誰だと聞いているよ、ワタシは」


「なんでテメェに名前教えなきゃならねえんだよ。 ま、一応言っとくと俺は神人の家のボスだ。 もしも無事に生きていられたらまた会おう、益村君。 まずはこの場から生きて帰ること、頑張りたまえ。 あっはっは!」


「くっくっく……面白い、実に面白いねぇまったく。 逃げるのかい、神人の家の主」


「どう捉えてもらっても構いはしないさ。 俺が殺したいときに殺す、テメェは精々女のケツを追っかけまわすみたいに頑張れよ」


 馬鹿にしたように獅子女は名刺を放り投げる。 あっという間に風によって流され、そしてそれとほぼ同時に雀は刀で車のエンジン部を両断した。 エンジンルームからは即座に火が立ち上がり、その後に起きることは誰しもが理解する。


「お前もなんか言ってやれ、今生の別れだ」


 言われた琴葉は益村へと顔を向け、言い放つ。


「ばーーーーーーーーか!!」


「貴様ぁ……!! くっくっく、はっはっはっは!! 必ずこのワタシが殺してやる、絶対に、絶対にだッ!!!!」


 そして、車は爆発する。 獅子女は琴葉の体をしっかりと抱き締めながら、その車内から立ち去るのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 距離や時間経過とかの現象を殺して飛び移ったのかな?
2021/05/02 06:58 退会済み
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