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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第五章
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第一話

 事態はより混沌に、禍々しく、仄暗い川底に沈んでいくかのように、光は消えていく。


「散々だな」


「……言い訳する余地はない、責はオレにある」


 我原が持つ部屋の一室に数人の人影はある。 獅子女結城、柴崎雀、我原鞍馬、龍宮寺真也、龍宮寺響、狛田ハヤト、村雨ユキ、ロクドウ、アオだ。 本来居るはずの人数には到底及ばない少人数、それは西洋協会との戦闘だけならず、V.A.L.Vの怪物による被害も出ていることを表している。


「任せたのは俺だ。 雀、琴葉の様子は?」


「……駄目ですね、ひと言も話してくれません。 食事も摂っていないようです」


「目の前で姉が殺されたのはさすがにキツイか」


 獅子女たちがこの地に戻ってきてから、二ヶ月以上が経過していた。 その間、西洋協会は鳴りを潜めており対策部隊、チェイスギャングも特別大きな行動は起こしていない。 不気味な静けさ、嵐の前の静けさのような感覚を受ける。


「こっちの明確な被害は一人だな、楠木が殺されたのは大きすぎる。 あいつの文字はそれこそ唯一無二だった、体勢を立て直す必要が出てくる」


「けれど西洋協会はどうにかしないといけない。 だろ? シシ君」


「ああ、そうだ。 軽井沢たちをやった奴がいる、そいつをまずは始末して動ける状態にならないとな」


 軽井沢、桐生院、シズル。 その三人は何者かの文字によって意識を奪われている状態だ。 文字さえ分かれば獅子女の文字で殺すこともできるが、現状では文字が不明のため打つ手立てがない。 放っておくということも文字が分からない以上、危険が伴う。


「普通の怪我ならどうにかできるんだけどねぇ……」


 シズルに関して言えば、村雨が第一発見者だ。 屋上で倒れるシズルを発見し、意識がどう足掻いても戻らない状態、つまりは軽井沢や桐生院と同じ状態になっていた。 シズルの意識を奪ったのもまた、二人の意識を奪った者と同一と考えて良い。 何より厄介なのが文字に繋がる情報が一切ないということだ。


「精神干渉系の文字だろうね、わたしと一緒さ。 支配とは違う無力化、でもそれなら本体は弱いだろう」


「……あんたがそれ言うわけ? あんなバケモノみたいな動きしときながら」


 ロクドウの言葉に反応をしたのは龍宮寺だ。 一時的ではあるものの、龍宮寺は神人の家との協力関係にある。 そして仮のアジトには龍宮寺の仲間、龍宮寺響と狛田ハヤトの姿もある。


「わたしはか弱いオンナノコだよ、事実君に助けられたわけだしね。 もっともその助けは不要だったけれど……それよりもアオ君」


「……へ? あ、はい?」


「いや、呼んでみただけさ。 それでどーするの、シシ君。 仲間が殺された、もちろんこのまま退くわけにはいかない。 けれど敵の力は思った以上に強力、わたしやガハラ君、アオ君でも雑魚を何匹か殺せただけだったしね。 これ以上こっちの戦力を削がれるのは後々のことを考えると気が進まない」


 ロクドウは愉しげに尋ねる。 この状況、状態だというのにロクドウの顔に一切影は落ちていない。 むしろ、今を楽しんでいるようにも見える言い方だ。


西洋協会(あいつら)を根絶やしにするのは容易い、けど問題はその他の組織だな」


 獅子女は自らの力量を踏まえ、西洋協会には勝てると断言している。 我原やロクドウ、アオにシズル、そして龍宮寺さえも退けた西洋協会をだ。 単体で見たとき、獅子女とまともにやり合える者は極々少数しか存在しない。 それを如実に表している言い方でもあった。


「対策部隊にチェイスギャング、人権維持機構も無視はできない」


「機構については大丈夫だと思うよ、獅子女くん。 無闇矢鱈に手を出してくるほど馬鹿な連中じゃないからね。 きっと俺たちが一番彼らのことは知っている」


「あいつらを知ってる龍宮寺の友達が言うなら間違いねえだろうけど……可能性はゼロじゃない」


「じゃあ一人一人で相手すれば? わたしは対策部隊と遊ぶからさ、よわっちいガハラ君は人権維持機構でも相手しといてよ、くふふ」


 ロクドウは無表情で我原を見ながら言う。 小馬鹿にした様子であったが、我原はどうやら無視を決め込んでいる様子だった。


「俺が今考えてるのはその抑え方とは別の抑え方だ。 アオ」


「……」


「アオ」


「……へ、あ、はい? なんすか?」


 アオの返答を受け、獅子女は息を吐き出す。 室内はなんとも言えない空気が流れた。 誰がどう見ても話し合いに集中しておらず、こういった場合最も重要なのはアオの頭脳だ。 それが発揮できない状態というのは好ましくない。


「アオ、何か隠してるのか? それをすんなとは言わないけど、まともに聞きもしていないなら出てけ、邪魔だ」


「う、あ……すんません」


 アオは目を伏せ、獅子女に頭を下げる。 それを受け、次に口を開いたのはロクドウだ。


「うーん、あれ? そういえば確か、アオ君はガハラ君と一緒だったね、あの日」


「ああ」


「ボロボロのガハラ君が気を失ったアオ君を背負って帰ってきた。 そういえばあの日からだね、アオ君の様子がオカシイのは。 くふふ、何か知ってるんじゃない? ガハラ君。 まさかガハラ君がシシ君に対して隠し事なんてしてないよね?」


 ロクドウの言葉に視線が我原へと集まる。 対する我原は目を瞑って腕を組み、渦中のアオは握り拳を作り、下を向いていた。


「どうなんだ? 我原」


 沈黙を破ったのは獅子女だ。 それを受け、我原もようやく口を開く。


「確かに、思い当たる節はある。 理由もな」


 全員を見渡し、我原は告げる。 嘘を吐くつもりはないらしく、それが我原の組織としての最善手、という信念に準じていることは明白だ。


「良かった、大正解だね」


「だが」


 茶化すように言うロクドウの言葉を遮るように、我原は続ける。


「口外するなという話でアオとはまとまっている。 たとえ獅子女さんであろうと、オレからは口にしない。 オレが話せるのは、オレは事情を知っているが決して口にはしない、ということまでだ」


「それが組織に対して不利益になっているのにか?」


「承知の上。 ここでオレが反故にし、アオからの不信を買えばそちらの方が不利益は大きい、そう考える」


 我原はあくまでも組織のためだ、と口にする。 しかしアオのことを匿い、神人の家に対してあの件を伏せるということにも抵抗があったのは事実だ。 故に知っているという事実は認め、それを敢えて伏せるという方法を取った。


「アオ、言うつもりはないってことで良いか」


 獅子女は我原に対して問うのを止め、今度はアオに視線を向ける。 言い表しようのない威圧感にアオは体をビクリと反応させるも、首を横へとゆっくり振った。 あくまでも言うつもりはない、という意思表示。


「分かった、これ以上の詮索は止める。 話を戻そう」


「……いいんすか、それで」


「秘密を無理矢理聞き出すような趣味はないしな、なにより時間が惜しい。 それでもひとまず今の話に集中してくれるか? お前の頭が必要だ、頼む」


 神人の家にとって、アオの頭脳というのは絶対的に必要不可欠なものへとなりつつある。 個々で好き勝手に動くのであれば問題はないが、組織という一つの形として動く場合、作戦を立て、ある程度決まった行動というのを取る必要が出てくる。 もちろんそこまで軍としての形を重要視していない分、個々の能力が高い分、行動の幅というものは広がるが。


「分かりました。 時間取らせてすいません」


 アオは一度頭を下げ、再度上げると口を開く。


「各組織に対して数人を割くってのはあくまでも最終手段っすね。 僕たちが全方位から攻撃を喰らうような、袋叩きに合うような場合に限ります」


「それ以外に策があるってこと?」


 村雨が尋ねると、アオは一度頷く。


「一つあります。 状況と状態、今現在の立ち位置、これからの展望、各陣の動き……今もっとも良い一手は」


 ――――――――対策部隊との共闘。


 アオは、そう告げるのだった。

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