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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第五章
143/145

プロローグ

 一ヶ月ほどの月日が経過した。 西洋協会は依然として関東地区の一部を制圧しており、対策部隊及びチェイスギャングとの睨み合いが続いている。 神人の家との交戦以来、小さな戦闘こそあれど大規模な戦闘は発生しておらず、牙城として作り上げられた西洋協会拠点には攻め込めていない。


「最後に交わした言葉はなんだっけか、いつも通りの挨拶か、くだらないやり取りか、馬鹿みたいな夢の話か。 覚えてないな」


 その日は雨が降っていた。 そして今日もまた、雨だ。 獅子女は一つの墓の前に立っており、墓にはいくつもの花が添えられている。 クラスの寄せ書きのようなものから、四条香織が描いていた絵や、好きだった本。 それらが所狭しと並べられていた。 その光景だけで、四条香織がどういう存在だったかというのを伺わせている。 すぐにここへと来たかった獅子女であったが、毎日のように誰かしらが墓参りに来ているということもあり、結局これだけ遅れてしまった。 今日は雨、誰もいない墓地は静かなものだった。


 死因は頭部損壊での即死。 人が誰かを認識する上で最も重要な部分を潰されたが、検死の結果その死体は四条香織だと断定された。 更に今現在の琴葉の様子を見れば、この現実味のない現実は夢ではないと分かる。 何よりその情報は最も信頼する情報筋、アオからのものだったのだ。


「窮屈そうだな、四条。 お前こういう湿っぽいの嫌いだから、怒ってんのか」


 いくら問おうと、いくら言葉を投げかけようと、四条香織は死んだ。 死んだ者は生き返らない、それは今まで何人もの人を殺してきた獅子女はよく分かっている。 その身分であるというのに、目の前にある死は……無視することはできなかった。 獅子女にとって唯一の友人だったからこそ、だろうか。


「これ、返すわ。 俺にはもう必要のないものになった、お守りとしての効果もなかったみたいだしな」


 四条が居ない今、その付けていたペンダントにも意味はない。 昔、四条がお守りとして獅子女に渡したそれは無価値だ。


「……悪いな、俺の所為だ。 お前は本来巻き込まれる人間じゃなかったのに、俺がいたことで巻き込まれた。 俺を恨むか? 俺を憎むか? お前は絶対にそんな感情は抱かないんだろうな」


 四条が生きていたら、なんと返してきただろうか。 少なくとも今回の件は、獅子女が切っ掛けとなっていることくらいは理解できている。 琴葉との繋がりを持ち、あのV.A.L.Vの怪物がどこまで事情を知っているか定かではないが……その琴葉を狙い、そして姉である四条香織を殺した。 琴葉との繋がりを持っていなければ、起きなかった出来事だ。 そして琴葉との繋がりを持つ判断をしたのは、自分だ。 四条香織の依頼ではあったものの、その後のことは自分の判断だ。


「友人か?」


 目を瞑り、墓前で手を合わせそんなことを考えていたときだった。 獅子女の背中から声がかかる。


「……ええ、まぁ。 対策部隊の方ですか?」


 振り向くと、そこには二人の人物が立っていた。 若い女と男、対策部隊の制服とは少し違うが……明らかに一般人とは違う雰囲気を纏っていることから一目で理解し、獅子女は一瞬警戒する。 が、そもそも対策部隊には顔がバレているわけではない。 思い出し、獅子女は警戒を解く。


「ああ、見ての通りな。 俺は葛原、こっちは源だ」


「ガキンチョに自己紹介なんてしてどうすんの。 お墓参りの邪魔でしょ」


 男の方はピアスをつけており、女の方は露出度の高い着こなしをしている。 一癖も二癖もありそうな人物だと感じ、獅子女は二人から目を逸らすと再び手を合わせ、目を瞑る。


「あいつはそういう話をしていなかったけど……四条と知り合いですか? 葛原さんに源さん」


「知り合いっつう知り合いでもねえな、ただの癖みてーなもんだ。 今回で言えば、殺された奴が殺された奴ってこともあるしな」


 葛原は獅子女の質問に素直に答え、横にいる源はそれを見て面倒くさそうな雰囲気を出す。 似ている二人だと感じたが、思考回路までは一緒というわけではないらしい。 今まで接してきた者たちの中でも、人間らしい人間にも見える。


「癖?」


「俺がいれば殺されずに済んだ、だったらそりゃ回り回って俺の責任だ」


「このバカ、感染者に誰か殺される度に墓参りしてんのよ。 馬鹿でしょ?」


 葛原の言葉に、源は呆れたように言う。


「……いえ、対策部隊の方がそうして強い想いを抱いていると知ったら、四条もきっと喜びます。 俺からお礼を言わせてください、葛原さん」


 目を開いた。 その想いはきっと正しい、だから受け入れることはできそうにない。 自分はそんな正しさとは無縁の存在、理不尽をかき集めたかのような者だからだ。


 獅子女は笑って言う。 優しい笑顔、という言葉が似合いそうな柔らかい表情だ。 だが、葛原と源が受けたのは好青年だというものではない。 一瞬の寒気、刹那の恐怖、それとは違う何か得体の知れない感情だ。 友人が死に、その墓参りをし、友人の墓前でこのような顔を人はできるのだろうか、という疑問。


「俺は静かな方が好きですから、今日を選んで良かったと思ってます。 雨は降ってますけど、俺は雨自体嫌いじゃないですし、あいつもきっとそうなんです」


「それなら邪魔したみてえだな。 悪い」


「いえ、俺みたいな奴に謝る必要はないですよ。 友人が殺されたというのに、俺は特に何も思っていませんから」


「……」


 何も思わない、何も感じない。 そうでなければならないのだ、そうでなくてはならないのだ。 これからの道筋では一々想いを馳せるなんてことはできない。 だからする必要も、ない。


「俺は帰ります、いろいろと最近は忙しいんで」


 獅子女は立ち上がると二人にそう告げる。


「ん、そうか。 おい、傘いるか?」


 雨が少し強まってきたのを感じ、葛原は自らが使っていた傘を獅子女へと差し出す。 が、獅子女は小さく笑って口を開く。


「墓参りをする前だったら、受け取っていたかもしれません。 今はもう必要ありません、友人との別れは済みましたから、獅子女結城としての」


「……あ?」


 それだけを告げ、獅子女は歩き出す。 人としての獅子女結城は、四条香織の死を以って死んだ。 残された道、残された選択は一つに絞られる。


「近いうちにまた会いましょう、それでは」


 人は死ぬ。 誰であろうと、明日を生きている保証などどこにもない。 その死はいつだって唐突に訪れ、そして死が訪れたからといって世界が止まることはない。 死にゆくものの時は止まり、生きた者はその先へと進む。 獅子女は目元を一度拭い、顔を上げて歩き出す。

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