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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第四章
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第二十四話

 完全なる暴走、我原はそう一瞬認識した。 だが、目の前に居るアオは明らかに自我を持っている。 自我を保ちつつも、まるで自分が知る者とは別人でしかなかった。 空気が違う、纏う雰囲気が違う、目つきが違う、アオとは別のナニカだ。


「僕……は」


 アオの体は黒衣のようなものに包まれている。 正確に言うと、それは布ではなくアオ自身が出す百匹の怪物たちだ。 先ほどまで我原を喰おうと暴れまわっていた怪物は、突如としてアオの体を覆うように溶け、そして一体化した。 黒衣はアオを纏い蠢き、生きているかのように鼓動している、それと同時に攻撃が止み、我原は壁を背中に預け座り込む。 体力の限界がかなり近い、アオがなんとか意識を取り戻したというのは幸いなことだ。 今この状況が良い方向に転んだかどうかは別として、だが。


「アオ、無事か」


「……僕は」


 言い、嗤う。 そのたったひとつの表情で我原は確信する。 目の前に居るのは、アオではない。


「――――――――誰だ、貴様」


 アオの体は頭から足の爪先まで、全てが怪物に覆われている。 確認できるのはその瞳のみで、その瞳には殺意が映っていた。 人の瞳は様々なものを映す。 恐怖、怒り、喜び、憎しみ、殺意。 それを我原は幾度も見て知っていたが、今のアオの瞳には殺意しか映っていない。 それは、異常なことだ。


 何もかもが殺意に染まっている、世界全体を殺す対象としている、そんな瞳だ。


『おっとっと、おっとっとっと? いやいやいやいや、それは全く困りますよお嬢様。 まぁそれはそれで中々面白い展開と言いましょうか、物語性ストーリー性としては熱く燃え上がる展開でしょうけれどね? その展開というのは私としては非常につまらない展開と言いましょうか? 演目としては大いに盛り上がる場面ですが、たった今マズイ状況というのは私に移り変わっておりますねぇ困った困った、困り果ててどうにかなってしまいそうですよ』


 機械音が鳴り響く。 同時、アオに向け現れた無数の機関銃が発砲音を鳴り響かせた。 この地下の大部屋には無数の武器が設置されており、その一部を稼働させたのだ。


 数百発という弾丸がアオに向け放たれる。 アオは未だに我原を殺意に満ちた眼で見ている。 いくら殺意が向けられてるとは言え、仲間だ。 我原はアオの身を守るべく体を動かそうとしたが、その瞬間に異変を感じた。 アオの笑みが濃くなる、黒く、黒く、闇に染まる。


「少し黙れよ、クズが」


 アオは視線を変えた。 同時、アオに迫った無数の弾丸がアオへと命中し、()()した。 獅子女のように威力を殺したのでも、雀のように空間を裂いたわけでもない。 ただ弾丸を体で受け止め、まるで当たり前のようにその弾丸が消え去ったのだ。 溶けて消えた……いや、何かに吸収されたとでも言うべきか。


「喰ってやる。 はは、アハハ! オレのエサにしてやる」


 絶えず弾丸は放たれる。 しかし、アオの体は何もかもを受け付けない。 アオの体を覆うは百鬼、それらは何もかもを喰らう怪物たちの群れ。 その黒衣は危害を加える一切のモノを喰らっている。 波打ち生きているかのように黒衣は鼓動し、アオの動作に影となって付いていく。


 その速度こそ我原がようやく眼で追えるレベルだ。 神人の家で最も身体能力が高い我原でもそれがやっとで、気付いた頃には全ての銃身が消え去っている。 壊れたのでも停止したのでもない、消えたのだ。


 アオは部屋の中心に降り立つ。 怪物の黒衣は波打つように、アオの感情と同期しているかのように時折激しさを増していた。 我原にとっては想定外の事態であったが、アオさえ無事であればあとは傍観している奴を殺すのみ、とも考えている。 しかし問題は果たして今の状態のアオが無事なのかどうかといったところに絞られる。 無事という解釈は人によって異なるが、言葉を喋り意思で動き人としての最低限の機能がある状態を無事だと解釈するならば、無事だ。


 我原のことを攻撃してくるような気配はない。 だが、あの力を自分でコントロールできているとも思えない。 今までの動きからして、その身体能力に太刀打ちできる者は神人の家の中にもいないだろう。 能力もまた異質なもので、触れたものの尽くを消し去っている。 攻撃自体が消失する、獅子女の文字と似通っているが……あの黒衣が怪物そのものとしてアオはコントロールができていないのだ。 文字に飲み込まれている、とすれば今のアオは知性を持たない文字のみで動くのみ。


 ならばどうするのが神人の家にとって最善か。 組織を維持するために必要か。


 我原は常に組織のことを考えている。 獅子女のやり方に不満を抱くのもその組織を念頭に置く考えが作用していることが大きい。 我原にとって重要なのは感染者対策部隊を潰すことに他ならず、他の組織のことなど眼中にはない。 対策部隊のみ潰すことごできれば自身の生死も鑑みていない。 対策部隊潰しのみが目的であり、それを最も手早く完遂できるであろう組織に身をおいているだけだ。


 そんな我原が暴走したアオを見て思考を張り巡らせる。 真っ先に出てきたのは、組織のためにアオを殺すというものだった。 この場で治ったとして、一度その暴走を目にした以上は生かすことのデメリットというのも存在してくる。 あの力が他のメンバーに向いたとき、対処できるのは獅子女くらいのものだろう。 しかし獅子女の性格的にアオを攻撃することができるのか、という疑問も生まれてくる。 獅子女は身内に対して甘すぎる、それが弱点でもある。


「どこだ、どこだ、どこだ」


 アオは笑う。 怪物に覆われた口元は歪に歪み、黒く覆われたそこは笑っていることが分かるように歪んだ。 それに共鳴するかのように黒衣の怪物はアオの周囲を不規則に波打つ。


 四方八方から無数に存在する重火器による一斉射撃。 さすがに用意周到か、多少消し去った程度では削げ切れていない。 このまま長引けばアオの体力が尽きる方が早い、そうなれば次の標的はもちろん我原で、かなりの体力を削がれている今では勝てるかすら不明だ。 となれば、まず真っ先にすべきことは敵の排除、アオのことはそのあと考えれば良いとの結論に至る。 ひとまずアオと協力し目前の敵を始末するのが正しい道筋か。


 四方八方からの攻撃は全てアオに集中する。 しかしその全てはアオの体に命中したその瞬間に波紋と共に消え失せ、喰われている。 触れた物体全てを喰らう黒衣は我原ですら手に負えないと実感できるものだ。


「見つけた」


 敵の排除、アオとの共闘、それはあくまでも我原の見立てでしかない。 だが、アオの能力というものは我原の計算を全て覆すほどに卓越していた。


 アオが呟く。 同時に跳躍、アオが踏みしめていた地面は割れ、その衝撃波が我原には感じられる。 足の裏までは黒衣が及んでいないのか、それとも喰うものと喰わないものを判別しているのか。 ともあれ我原が視線をアオへと移すと、アオは壁に手を添えていた。


 壁は消え失せる。 音もなく、振動もなく、最初から存在していなかったかのように抵抗なくアオの手を受け入れ消えていく。 そして、アオの笑い声と共にロイラの姿が視界に入る。 隠し部屋、そこでロイラはアオたちの動向を見ていた。


「こ、これはこれはようこそお忙しい中お越しいただき誠にありがとうございます。 はてさてこれにて演目は終わりとなりまして、見事私の居場所を当てられましたアオ様にはこの鍵を渡そうと思い存じている所存でございまして……はい受け取った! これにて私の役目は終わりで見事クリアでございます! おめでとうございます、ぱちぱちぱち」


「オレは別にそんなのいらねーよ? なぁアンタうまそうだな、喰っていい?」


 顔を近づけ、アオは言う。 いや、最早それはアオではない。 アオの姿をした――――――――怪物だ。


 アオは手をゆっくりとロイラの足に触れさせる。 触れた部分は喰われ、消えてなくなっていく。 だが、ロイラは痛みを感じることがない。 アオの纏う黒衣は喰らいこそするものの殺すものではないのだ。 この怪物の黒衣は物体を形として喰らっている、喰らったという事実だけが結果として現れ、その過程というものは何もかもが無視されている。 故に喰らう過程において感じるであろう痛みがない、アオが喰らったという結果を認識するその間まで、喰われるものはただただ自身の体だけを失っていく。 死ねず、痛みはなく、ただ自分の体を失っていく。


「や、ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダッ!! いーーーーーやぁああああダァアアアアアアアアア!!」


「うるさいうるさい」


 泣き叫ぶロイラの喉元に手を置く。 喉が失われ、ロイラは空気のような声を発するだけになった。 それを見たアオは笑う。 面白そうに、愉快そうに嗤う。


「見えるからイヤダってなるんだよ、だから見えないようにしよっか」


 言い、アオはロイラの眼球に指を入れた。 左目が失われていく。 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと喰われていく。 暗闇が半分を覆う。


「見えない方がいいんじゃないの? なら半分は残しとこうかな、オレやさしー」


 ケタケタと笑い、アオは優しくロイラの左頬に手を添える。 本来であれば優しさからくる行為であったそれも、今のアオがするとただただ喰われるだけだ。 ロイラの頬は喰われて中の肉と骨が外気へ晒された。 しかし血も出なければ痛みもない。 それらによって死ぬことはない。


「……っ! ……ぁ!」


「何いってんのかわっかんねーって。 おらおら」


 まるで料理をするかのように、アオは手をロイラの頭へと降ろす。 頭の半分が喰われた、脳が露出する、痛みはない、考えることもできる、人として最低限の機能が残される。


「だから泣くなって、オレまで悲しいじゃんか」


 少しずつ、少しずつ、ロイラの体を喰っていく。 腹を裂き、脳をいじり、足を消し指を消し少しずつ喰らっていく。 自らの体が失われていく恐怖、どうあってもこの先にある死から免れられない恐怖、痛みがない恐怖、一秒一秒刻まれていく死の足音が既に存在しないはずの耳から聞こえた。 そして、そのときは訪れる。


「飽きちゃったな、ごちそうさま」


 先ほどまでは愉しげに事を進めていたアオは、一瞬にして目の前にいるロイラへの興味をなくす。 ロイラは何かを言おうと口を動かすも、既に人としての外見など保っていない肉塊のような見た目になっていた。


 アオは立ち上がり背を向ける。 ほぼ同時、ロイラは大量の血と臓物を撒き散らし、アオはその雨の中で恍惚とした表情を浮かべながらロイラの死の証を全身へ浴びるように、顔をあげた。 それらは全て、怪物の黒衣によって貪られていく。

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