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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第四章
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第二十三話

投稿の方遅れており申し訳ありません。 年内中には4章の投稿を終えられるよう尽力致します。

 人生とは選択の積み重ねだ。 正しかったのか、間違っていたのか、思い込みだったのか、真実だったのか。 生きていく中で選択肢というのは無数に存在する。 極論、朝起きた時点からその選択というのは始まっているのだ。 目が覚めてすぐに起き上がるのか、そのままごろごろとしているか、それとも再び眠りに就くか。 そこから分岐される未来というのは数多にも上り、今を生きているのはその選択の積み重ねに他ならない。


 どんな形であれ、今を生きている人は勝者だ。 選択を重ね、そして死に至ることなく今日まで生き延びているのならば勝者なのだ。 だから自らの選択を悔いることは敗者に対しての侮蔑に他ならない。 勝者は勝者足る振る舞いを行うべきであり、決してあのときああしていれば、あのときこうしていれば、と考えては駄目だ。


 だが、アオはそれでも思う。 例え死者を侮蔑することになろうが、侮辱することになろうが、思う。


 あのときもしも違った選択を取れていたら、或いはと。


「アオちゃん、大丈夫っすか?」


「うん、大丈夫。 ナツメ、わたしが文字を使うときは離れててね」


「分かってるっすよ、さすがにバリバリ喰われるのは嫌っすからね」


 アオの文字は、周囲に居る者を誰であろうと喰らう文字だ。 制御はできず、ただひたすらにアオ以外の者を喰らうという無差別な文字。 しかしアオにのみは大人しく、それ以外に対しては凶悪かつ凶暴な文字でもある。 使う側としては不便極まりないが、一対多数という状況に向いていると考えれば案外自分向きの文字なのかもとも思っている。 多数相手に自分は一人だけという状況は多くあり、それがあったからこそ今の文字があるのかもしれない。


『アオ、聞こえるか?』


 そこで耳につけた無線機からユキトの声が聞こえてくる。 この無線機というのも、アオがいざというときのために作っておいた代物だ。 ただし材料が殆どなかったこともあり、製作できたのは二つのみ。 それを今はユキトとアオで使用している。


「うん、大丈夫」


『ガラクタからこんなの作るってすげえな。 とりあえず目標地点までは問題なくいけそうだ、見つかったらやばいけどな』


「ユキトが一番しっかりしてるから、大丈夫だよ。 みんなを護ってあげて」


『護れるほど強くねーっての。 なぁアオ……その、なんだ』


 ユキトは言って、数秒の間黙り込んだ。 そして、ようやく口を開く。


『死ぬなよ、絶対』


「……うん、ユキトも」


 そこで通信を一度切る。 準備をしている間にもできる限りの情報は集めた、今回の掃除に関して言えば、対策部隊の数は小隊規模、およそ30から60人ほどだ。 その数でも的確に脱出経路を塞がれているということもあり、やはりナツメとアオによる囮は必須のものになってしまうが……。


「最初はササッと出て行く予定だったんすよね」


「え?」


 予定されていたポイントで、物陰に隠れながらそのときを待っていた。 そんなとき突如としてナツメが口を開き、アオは聞き返す。


「でもなんだか居心地よくて、アオちゃん見てると昔の自分を思い出すんすよねー」


 この辺りの地区にナツメが居座っていること、についての話だとすぐに理解した。 その理由をナツメは語っている。


「……そうなの? ナツメ、昔から強いと思ってた」


「んなことないっすよ。 今でも僕は……いや、今じゃ最強っすかね?」


 ナツメにしては珍しい物言いで、アオは少しの不安を覚える。 しかしそれが具体的にどのような、と言われても言葉に表すことはできない。 言いようがない不安というのが最も適切で、拭うこともできそうにない。


「アオちゃん」


「なに?」


 横に座るナツメはアオの名を呼ぶと、その頭に手を乗せた。 そして、呟く。


「――――――――一期一会。 一つの出会いは一つのみ、二度訪れることはありません。 だから僕は一つの出会いを大切にするし、尊重もします。 そんな僕には有り余るものなんすけど……アオちゃんに使っておきます。 みんなにはナイショっすよ? 僕人気者だから、羨ましがられちゃうんで」


「一期一会……前も言ってたよね。 どういう文字なの?」


 名前こそ聞かされていたものの、アオはその内容について知らされていない。 その質問に対し、ナツメはいつも通りの笑顔で口を開く。


「いつか分かるっすよ。 というわけでそろそろ時間的にどうっすかね?」


 曖昧にされた話に不満を覚えつつも、アオは再度無線機のスイッチを入れる。 すぐさまユキトと繋がり、雑音混じりであるものの声が聞こえてきた。


『目標地点に到着。 対策部隊の奴ら居るにはいるけど、手薄だな』


「気付かれないようにね……ナツメ、ユキトたち準備良いって」


「よっし、それじゃあ作戦開始と行きますか!」


 最早隠す気はないのか、ナツメは大きな声で言い、立ち上がり、手を叩く。 いきなりのことでアオは慌てたが、それもまたナツメらしいと言えばナツメらしい。 いつでも笑い、そしていつでも前向きなのがナツメという人物だ。 そして、アオが尊敬する師匠のような友人であり、大切な仲間なのだ。 ナツメはその日もいつものように笑って言った。






 ――――――――人生とは選択の積み重ねだ。 ひとつひとつ、全ての行動が結果へとそれぞれ繋がっていき、後悔と喜びの積み重ねでもある。


 たとえばあの日、イジメられていたアオが一人で立ち向かう強さを持っていたのなら。


 ナツメの助けを断り、立ち上がっていたのなら。


 ナツメと深い関わりを持たなかったのなら。


 ユキトたちと和解していなかったのなら。


 もっと早く情報を持てていたのなら。


 たった今目の前に居る人物の存在を知っていたのなら―――――――。


「ツイてねぇなぁ今日は……。 てめぇらさ、メスとメスガキ一人に何してんの? こんなんも対処できねえなら対策部隊に必要ねえな、辞めちまえ」


 男の名は、葛原元矢。 当時は駆逐隊一個小隊の隊長であり、その果てに到達するのは感染者対策部隊司令部の一角である。 並外れた実力は決して甘く見るべきものではない。 当時ですら異端な才能を持っており、駆逐隊の中ですら頭一つ抜けた存在と恐れられている男だ。


 それこそがナツメ、そしてアオの狙いを完膚なきまでに叩きのめすことになる。 強力な感染者が出現したときのみ向かわされる人材……文字刈り。 それもエリート部隊である駆逐隊の一個小隊隊長だ。


「はぁ……はぁ……!」


「ナツメッ!!」


 先ほどまでは完全に優位に戦えていた。 対策部隊の目を引きつけることもでき、ユキトたちは無事に脱出できたとの連絡ももらった。 あとは対策部隊の数を減らし、この場を切り抜けるだけだった。 その作戦は想像以上に順調で、アオの文字に対処できる者もナツメの体術に敵う者もいなかった。 甘く見てくれていたということもあり、ナツメの力も離れた場所で戦うアオの文字も突き刺さったと言える。


 そう、つい先ほどまでは。


 明らかに纏っている雰囲気が違う男が現れたのは、突然のことだった。 それまで騒がしかった辺りの空気が一瞬で変わるほどの存在感をその男は持っており、容易な相手ではないことは明らかである。


鎧袖一触(がいしゅういっしょく)


 そう感じたのも束の間、次の瞬間には男が目の前におり、殴られたナツメの左腕があらぬ方向へと曲げられた。


「……身体強化っすか。 また面倒な文字っすね」


「そりゃお互い様だろ、ナツメ」


 痛みに顔を歪めつつ、ナツメは相手の力量を見測る。 身体を強化し、超速での移動と攻撃。 男が手につけているのはグローブで、そのグローブは腕を中心に筋力を増強しているようにも見える。 浮き上がった血管からは有り余る力を感じ、それが体全体へと波及している……そう予想した。


 しかし実際のところ、葛原が腕に付けたそのグローブが文字刈りの武器であることしか当たってはいない。 込められた文字は鎧袖一触、文字の特性は殴りつけた物体を破壊するというものだ。 腕であればへし折れ、壁であれば粉砕され、水であれば穴を空ける。 問答無用での破壊、それが葛原の持つ武器の力。 つまりナツメが予想した身体能力の強化は一切行っていない。 ナツメが感知できない速度、その速度を単純に葛原が身体能力として持っているのみ。 そこにある事実は、あまりにも絶望的なものだ。


「メスもメスガキもいたぶる趣味はねぇし殺す趣味もねぇが、感染者っつうなら仕方ねぇ。 俺が来ちまった不幸を恨みな」


 葛原の姿が消える。 次の瞬間、ナツメの横へと姿が現れた。 ナツメは寸でのところで回避行動を取る、それは最早勘でしかなく、偶然にもそれは的中していた。 腕を掠り、しかしそこには激痛が走る。 触れただけでの破壊は掠っただけでその部位を破壊するものだ。


「こんのッ!」


 次は確実に存在しない。 たった一度の奇跡のような回避、だがそれだけあれば充分だった。 その奇跡は決して無駄にならない、ナツメは折れた腕を使い葛原の体を締め上げる。 激痛、気を失ってしまいそうなほどのそれに耐えつつ、決して離すまいという意思の下にそれは行われる。


「わりいが無駄だな」


 軽く力を入れ、葛原はその拘束を解こうとした。 だが、ナツメの力は思った以上に強く簡単には解けない。 その行動、行為、意思というのは完全に葛原の思考を上回っていた。 ナツメはその一瞬の足止めに全てを賭けている、文字通りそれは全てだ。 ナツメは自身の腕すら、命すらそれに賭けている。 その決意が葛原を一瞬足止めた。


「アオちゃんッ!!」


 名前を呼ばれ、アオは自分が今すべきことを何か悟った。 ナツメは文字を使えとそう言っている、確かに今の状態であれば葛原を倒せる可能性は一番高い。 それどころか周りの対策部隊もまとめて葬れ、生き残るとしたらその道しかあり得ない。 アオの文字の有効範囲内に倒すべき相手が全て存在している、使うとしたら今しかない。


 だが、それはナツメもろとも巻き込む力だ。 使えば間違いなくナツメは死ぬ。 巻き添えにしてはいけない相手もまた、存在している。


「――――――――百鬼夜行」


 葛原は様々な要因を予測していた。 それはたった今目の前に現れた二人の感染者の行動予測もだ。 たとえナツメに捉えられたところで、おどおどとしている少女に全てを蹴散らす力があったとして、それは容易に振るえるものではないという予測だ。 もしも使えるのであれば、自分と出会った段階で使っているはず。 それをしなかったということはできなかったということ、条件があるか或いは諸刃の剣か。


 しかしこの状況でナツメが名前を呼んだということは、後者。 そこまでは葛原の予想内に収まっている。 だが、完全に予想を上回ったのはアオと呼ばれた少女の決断の早さだ。 見る限り二人の間柄は一日二日のものではない、それならばいざ力を使うと仮定しても躊躇いが生じる、生じなければならない。 それならばその間に自分は脱出をすれば良い。 その予測は、アオの瞬時の判断で覆される。


 出現するは百の怪物。 現れた怪物は奇妙な真っ黒な体に口だけの蛇のような外見をしており、うめき声を上げながら瞬く間に周囲へと飛んでいく。 対策部隊の叫び声と共に血が飛び散り、辺りは一瞬で地獄のような光景へと移り変わる。 その怪物はまさに無差別、探知範囲内にいる者全てを喰らう怪物だ。 もちろんそれは葛原とて、ナツメとて例外ではない。


 数匹、葛原の下へと怪物が向かってきた。 同時、ナツメは顔を上げて言う。


「僕の友人はどうっすかね、()()()


 人間と感染者は相容れない。 そんなことは昔から分かっていたことだ、ずっと昔から。


 そして唯一の肉親が見つけた友人は、どうやら紛れもない怪物らしい。 辺りを喰い散らかす怪物たちの中心で涙を流す少女を見て、葛原はそう思った。




「おもしれえな、その歳でそれは」


 そして、アオの行動は無駄だった。 目の前に立つ男は怪物に喰われることなく立っている、喰われたのは他の対策部隊の人間と、ナツメだけだ。 肝心なことが何一つできていない、ナツメの体は既に……最早なんだったのかすら分からない肉塊になっている。


「……ぁ」


「テメェは強くなんのか? さっきの女を殺した俺を超えられんのか?」


 葛原は能力こそ飛び抜けたものを当時から持っていた。 しかし、同時に精神的にはまだ幼い部類に入っていた。 もしも葛原が精神的に成長をしていたのなら、会話などせずにアオを殺していただろう。


「……俺は強い奴と戦いてぇ、強い奴を喰らう瞬間がたまらなく楽しいんだよ。 ガキ、テメェは逃してやる。 だからいつか俺を殺しに来い、そうしなきゃならねえ理由がテメェにはあるはずだ」


 葛原はアオにそう言い残すと、姿を消す。 対策部隊にとってあるまじき行為であるが、それを見ている者はいない。 葛原が去った後に残されたのは、大量の食い残しとアオのみ、そして辺りに飛び散っているのは、大量の血液。 その中央で、アオは静かに呻き声を上げるのだった。






 殺した。 殺した、殺した、殺した。 殺したのだ、この手で。 ナツメも含めて周りの生物を全て喰らったのだ。 誰が? 私だ、私が全て殺し尽くした。 何もかも、意思で殺したのだ。 後悔は後回しにした、自分にできる最良の選択を掬った。 しかしなんだ、この嫌悪感は。 頭痛がする、吐き気がする、今すぐに頭を割って中身を掻き毟ってしまいたい。 目が痛い、目の奥が痛い、呼吸ができない、胃液が込み上げてくる、頭が痛い。


 自分が今、もっとも大切にしているものを自分で壊してしまった。 殺してしまった、喰ってしまった。 ナツメの笑顔が、声が、想い出が、ぐるぐると頭の中で回っていく、血に塗られていく、崩れていく。 割れて、割れて、消えて、割れて、食べて。


 痛い、痛い、いたい、いたい、いたイ。 わたしはなんだ、私は何者だ、人か、人間か、感染者? それとも、ただのバケモノか。 バケモノ、バケモノ、バケモノ、そう言われていたことを思い出した。 私は、生まれながらにバケモノだった。 今の行動もそれだ、バケモノだったからできた、バケモノだったからしてしまった、私はバケモノ。


 違う、そうだ、違う違う違う違う、バケモノ。 嫌だ、イヤだイヤだ嫌だ。 バケモノになんかなりたくない、でも、私は僕はバケモノだ。 僕、僕僕僕は。


 消そう、そうだ。 私は私を殺して僕になればいい。 そうすれば、私はバケモノではなく僕がバケモノとなるじゃないか。


 頭の奥、脳の奥で何かが動く音が聞こえた気がした。 カチリ、という小気味の良い音だ。 その音はとても気持ちよく、僕は笑う。 血に染まった手と血に染まった顔で笑う。 雨だ、気持ちがいい。 雲ひとつない青空で、喉はカラカラで体はずぶ濡れで水が美味しい。 ユキトはたまに褒めてナツメは怒って僕は笑う、それでも髪は綺麗でナツメはいつも前向きだ。 携帯は壊れて対策部隊は僕を見る、怪物は小さくて石が当たって僕は怒ってナツメは泣いた。 それでそれでそれでとても甘い食べ物があって、お風呂に入ったら走り回って友達が増えて僕は殺した、殺したコロシタコロシタコロシタ。 痛い、とても痛い美味しい毎日は楽しくて泣きながら僕は頭を上げて顔を下に向けて空が落ちてきた。


 ああ、今日も楽しい一日が始まる。

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