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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第四章
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第二十二話

 日々は、満足できるものへと変化した。 ナツメがいて、いつも一人だったアオにはユキトを含めた多くの友人たちができた。 きっと、ナツメなしではあり得なかったこと。 ナツメがいたからこそ和解し、そして言葉を交わすことができるようになった。 少なくとも幸せを感じられるようなそんな日々だった。


 だが、幸せというのは必ずしも続くものではない。 恐らくこの世界で幸せを感じられ続ける者など、ほんの一握りしか存在し得ない。 いつか終わりを迎えるからこそ、幸せは幸せ足り得るのだ。 その終わりがあるからこそ、人は幸せを幸せだと感じ噛み締めることができるのだ。


「おい、聞いたかアオ。 対策部隊がここらへん一帯を清掃するって」


 あの日から数年の時が流れた。 変わらない日常は、ユキトのそんなひと言によって亀裂が走る。 いつも通り、アオの家にてナツメを含めて集まっていたとき、少し遅れてやってきたユキトがそう口にしたのだ。 ユキトはこの辺りでは顔が広い方で、こういう情報を仕入れてくるのも早い。 それを聞いた皆の顔が少しだけ強張ったのをアオは感じる。


「誰に聞いたの?」


「スクラップ街の奴だよ、つい昨日の夜に聞いて……一週間後にそういう計画があるらしい」


「一週間後? また変な話っすね」


 ナツメはユキトの言葉に対し言うと、一緒にトランプをしていた少年に向けて続ける。 大人しそうな少年だ。


(まもる)、この辺りで一番近い対策部隊の拠点ってどこでしたっけ?」


「えっと……開放地区かな。 たぶん」


「……結構距離がありますね」


 開放地区はこのスラム街からかなりの距離がある。 そこからの情報が既にここまで辿り着いており、更にそのときまで一週間の猶予がある……というのは考えづらい。 なんだか妙な話だとナツメは感じた。


「その人に話詳しく聞きにいきましょーか。 どれだけの規模かも分からないですし」


 一般的な掃除というのは多くあった。 だが、事前に情報さえ仕入れることができれば身を隠すことによって対策部隊からの攻撃を回避することはできる。 対策部隊も対策部隊で定期的に行われる掃除はほぼ建前のものであり、巡回し感染者がいれば駆逐、いなければ放置という酷く雑なものでしかない。 感染者というのは広い目で見れば少し特殊な能力を持っている者に過ぎず、危険視するほどのものでもないという認識なのだ。 もちろん人間社会からは拒絶され虐げられてはいるし、家畜のように殺されてはいるが。


「いやそれがよ、ナツメ」


 ユキトは言い、困ったような顔をする。 いつも勝ち気なユキトにしては珍しい顔だ。


「いないんだ、いつもスクラップ街の入り口にいる奴なんだけど」


「……いない?」


 そこまで聞き、アオには一つの可能性が浮かんでくる。 ナツメの言葉だ、人は信用に値するものと同時に……人を容易く切り捨てるものだと。


「大変だッ!! 対策部隊の連中が来たぞ!!」


 ドアを開け放ち、仲間の一人が言う。 その瞬間、その場にいた全員は何が起きたのか理解した。


 ただ切り捨てたのではない。 自分たちは餌にされたのだ。 まず、感染者が潜んでいるという情報は裏切りによって対策部隊に流される。 そしてその情報が入れば当然対策部隊は掃除をする。 しかし成果が何もなければ、定期的にそこを訪れなければならない。 逆に成果があれば、そこを訪れることはなくなる。


 つまり、餌。 ここでアオたちを餌にすることによって、今後対策部隊が訪れないようにとするためだ。 対策部隊は当然潜んでいる感染者がそれだけだと認識はしないものの、危害がない者たちを目に入れば始末はするが目に入らなければ一々血眼で探すこともない。 このスラム街で成果がでれば、今後はしばらくの間安全が保証されるというわけだ。


「クソ……あのジジイ!」


「どうしよう!?」


「逃げないと……」


 それぞれが思うことを口にする。 重要なのは逃れることができるかどうか、それに尽きる。


「脱出経路は?」


 それにすぐさま気付いたのはアオだ。 地下道や廃墟群の隙間、その廃墟そのものなどこのスラム街には通ずる道が数多とある。 それらはこのスラム街に住む者であれば、当然把握をしている。 もちろん、対策部隊が知り得ない道というのも知っている。


 が。


「……ダメだ。 地下も廃墟も全部塞がれてる。 誰かが流したんだ」


「そんな……」


 絶体絶命という言葉が相応しい。 退路が断たれ、囲われている。 それもこの大人数だ、見つからないのは不可能に近い。 どこか身を隠せる場所に身を隠すというのがもっとも有効な手だろうが……。


「無理っすね。 餌にしたなら存在も教えてるはず。 さすがにそうなれば成果がゼロでは終えないっすよ、対策部隊は」


 状況は最悪だ。 まさに袋の鼠、このままでは少しずつ追い詰められ全員が掃除されてしまう。 感染者である以上、避けられない道なのだ。


「だーいじょうぶっすよ皆。 僕がなんとかします、僕は絶対に誰も裏切らない、約束っす」


 しかし、そんな状況でもナツメは笑顔でそう告げた。 恐怖に押し潰されそうなそのときに、ナツメの言葉は何よりもありがたい。


「でもナツメ、どうするんだよ。 いくらナツメでも正面突破なんて不可能だろ?」


「ユキトはクソガキから随分成長しましたね。 今では頼れる存在っすよ」


「クソガキって……まぁな」


 ユキトも文字こそ扱える。 だが、さすがに戦いに使うというのはまだ不可能なことだった。 成長速度も周りに比べて高いものの、十数歳の者では満足に扱えるわけもない。


「二手に分かれます。 ユキトにはその片方のリーダーを務めてもらうっす。 アオちゃん、分かりますか?」


 言われ、アオは思考した。 この状況で最善最短の道を選ぶ。 全員が生き残れる選択、道を。


「片方に大人数を割いて、もう片方は最小人数……かな。 でも、戦える人を少ない方にする」


「そっすね。 複数ある脱出路の一番手薄になりそうなところの近くに大人数の方、グループAとでもしますか。 そのグループAは待機。 んで、グループBは言わば囮役。 対策部隊の目を引くことが仕事っす」


 それから数分、あまりない時間を使って話し合いを行う。 大人数で脱出路からの避難をするグループA、そして少数で対策部隊の目を引くグループBという構図は全員が納得した。 グループAは地下坑道の脱出路付近で待機。 グループBが無事に対策部隊の目を引くことができれば、当然地下坑道の目も引くことができる。 その間にグループAは脱出という流れだ。


 しかし、大きな問題は残されている。 囮役となるグループB、そこに誰が行くのかと目を引いた後はどうするかというものだ。


「とりあえず、グループBは僕がいきますよ。 言い出しっぺだし、僕にはしっかり策もありますしね」


「でもよ、ナツメが強いのは分かるけど」


 ナツメの言葉に、ユキトは口を開く。 数年という時間は決して短くはない、かつては喧嘩をすることが多々あったナツメと子どもたちであったが、今では信頼関係とも呼べるものが生まれている。 だからこそ、ユキトがナツメの身を心配するというのは当然のことであった。


「僕はいつだって百の策を備えているんすよ。 だから絶対に皆の身は守ります、信頼してください。 それで、問題は……僕と一緒に誰が来るか、っすけど」


「わたしが行く」


 手を上げたのはアオだった。 もしもこの中で戦闘をできるのは誰かと言われれば、アオ以外にはいない。 アオの文字は周りに比べてもかなりの速度で成長しており、黒い怪物は単体でも既に戦闘能力を有しており、それを使えば戦うことも不可能ではない。


「そう言ってくれると思ってました。 アオちゃんの身は僕が絶対に守ります、約束します。 何があっても、絶対に」


 力強く、何度も言うナツメは少しらしくないとアオは感じた。 だが、遠くで聞こえてきた銃声によってその疑問をナツメにぶつけることは、できなかった。

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