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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第四章
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第二十一話

「……誰だね君は」


「おう起きたか。 お前の仲間に手を貸してくれって頼まれたんだよ、獅子女の野郎には借りがあるからな……俺は龍宮寺真也、感染者だ」


「ああ、君がガハラ君の言っていた感染者か」


 ロクドウも一応は龍宮寺のことは耳に入れていた。 氷を扱う感染者、正確に言えば周囲の温度を引き下げる能力とも言えるが、絶対零度の感染者のことは耳にしていた。 獅子女からは「扱いやすいヤツ」と聞いていたが……今のひと言ふた言の会話を経て、ロクドウは獅子女の言葉に嘘偽りがないということに気付く。


 いくら借りがあるとは言え、神人の家に手を貸すのはリスクが大きい。 断れば当然狙われるが、万が一断っていたとしても獅子女はわざわざ龍宮寺を探す真似はしないだろう。 当面の敵は対策部隊、その事実は決して変わることがないのだから、どちらを優先するか考えれば明白だ。 それにいつでも始末できるような相手を追い回すほど暇を持て余しているわけでもない。


 だが、それでも龍宮寺はそれらのデメリットを考えずに獅子女に手を貸した。 獅子女が扱いやすいと評するだけはあるというわけだ。 最も、約束は果たすという辺りは信用に値するのだろう。


「歩けるか?」


「無理だね、手も足も数日は動かせない。 わたしのアレは使えば肉体が数日は使い物にならなくなる。 例え爆散してリセットしても不思議なことに身動き一つ取れはしない。 だからあまり使いたくはないんだよ」


「見てたがありえねぇ戦いっぷりだったからな。 少なくとも俺じゃ瞬殺だ」


 強気な男だとは感じたが、思いの外冷静に物事を考えることができるのかもしれない。 今まで生きてきた中で、自身を見て油断しなかった者は獅子女、我原、そしてこの龍宮寺という男だけだ。 共通事項はリーダーシップがあるというもの、観察眼が優れているとも言える。


「君が知り得る限りのことを教えて欲しい。 現状を」


「ん、ああ。 俺が知ってる奴だと、我原と銀髪クンか。 あいつらはまだ連絡取れないってよ。 んで、桐生って奴と軽井沢って奴は意識不明でぶっ倒れてる、文字の所為だろうっつってたけど」


 軽井沢の方はロクドウも知っていることだ。 むしろその出来事があったからこそ、こうして西洋協会に攻撃を加えているといっても良い。 それがなければ、とりあえずは獅子女が戻ってくるまで大人しくしていた可能性が高い。


 しかし、桐生の方は完全に寝耳に水だ。 それを知れただけでも聞いた価値というのはある。 拠点に攻撃を仕掛ける際に桐生の力は大きな役割を果たしている、それが失われた。 状況は大きく傾き始めている。


「あんたも相当強いのは分かる……いや、お前ら全員頭が一つも二つも抜けてるって方が正しいか。 けど、あのラックスっつう奴は桁違いだ。 詳しくはわからねぇが、とんでもねぇバケモンだぞ、あいつは」


 自らも全く相手にならなかったことを龍宮時は痛感している。 そして、そんな自分は我原に押されはしたものの戦うことはできていた。 だがあのラックスは楽しむかのように自分を圧倒した。 戦力差は歴然とも言える。


「……わたしに記憶はないが、殺すに至らなかったということか。 正直予定では六道も使う予定はなかったんだけれどね。 まぁ、それほど世界は広いということ、愉しいね」


「状況分かってんのか? 我原でも勝てねぇぞ、あいつは」


 直に戦ってよく分かる。 我原とてかなりの感染者なのは間違いない。 しかし、それでもラックスの力は想像の遥か上を行っている。 束になってかかったとしても、結果は見えている。


「無理だろうね。 わたしでも勝てなかったのならガハラ君には土台無理な話さ。 けれどシシ君なら話は別ということだよ」


「……俺も獅子女の力を侮っているわけじゃねぇ。 だが、それでもあいつは」


「シシ君はいつだって手を抜いているさ。 彼はやるなら全力で手を抜くなと言うが、シシ君は全力で戦っていることなんて一度もない。 彼は彼なりに相手を殺せる程度の全力しかいつも出してはいない」


「……それが本当なら良いけどな」


「わたしは生まれてかれこれ嘘を吐いたことなんてないさ。 シシ君の場合は弱点があるから難しいけどね、それでもシシ君が負けるというのはあり得ない、彼は世界の全てを敵にしたとしても、最終的には立っているような奴だよ」


 謙遜ではない。 ただ、今までの経験からロクドウは言う。 数百年間の経験を以ってして言っているのだ。 どのような相手だろうと、獅子女が負けるというのはあり得ない。


「もしその弱点を突かれたらどうすんだよ」


「彼の弱点は同時に脅威にもなり得る。 ああ、ひとつ良いことを教えてあげよう。 シシ君の判断は的確だけどね、あることが起きると彼は何もかも投げ捨てるかのように戦うんだ」


 いつだったか、そんなことがあった。 獅子女がとある事情により、一人で戦いに赴いたことがある。 琴葉と出会うまではそういうことは珍しくなく、これで一つの組織のボスが務まるのかとヒヤヒヤもした。 それでもなんら問題が起きないというのが実に獅子女らしいことでもあるが。


「ラックス君は良い死に方をしないだろうなぁ。 それがわたしの杞憂だよ、かわいそうに」


「何言ってんだ?」


「シシ君は寂しがりやってことさ。 それだけのことがもう起きてしまったという話だよ」






 ――――――――ああ、人はどうして痛みを感じてしまうのだろう。 そんなもの、ただ苦しくて辛くて鬱陶しいだけだというのに。 不要としか言えず、あって良かったと思うことなんて一度もない。


 頭が痛い。 頭が痛い。 頭が痛い。 あの日から痛まなかったことなんて、一度もない。 ずっと、ずっとずっとずっと僕の頭にはこびりつき、離れずにまるで呪いのように縛り続けている。 どれだけの年月が流れようと、僕の影はあの日から一歩も進んでなどいない。


「はぁ……はぁ……!」


 裸足で外を走るのは、少々足が痛むが慣れたものであった。 アオはナツメが帰ってこないことを不審に思い、砂利や石が散乱している路地を走る。 いくらなんでも帰ってくるのが遅すぎる、この辺りの治安は決して良いとは言えず、日が暮れてから外に出るということは土地勘のあるアオですらあまりしないことだ。 そんな陽は既に沈んでおり、辺りは夕闇に包まれていた。


 スクラップ街は裏の人間というのも少なからず存在している。 感染者を利用しようと企む者たちだ。 麻薬などの不法売買も行われており、感染者たちから少ない金銭を餌にし巻き上げている。 感染者は対策部隊にバレてしまえばひとたまりもない、だから飼い慣らされた犬のように従うしかない。 ナツメは感染者のことを人間だとハッキリと言ったが、アオにはとてもそうとは思えなかった。


 日々を活力なく、生力なく生きてきた。 だらだらと川に流されるかのように、風に揺らされるかのように生きてきた日々だ。 今までだってそうだったし、これからもそれが変わることはないと思っていた。 だが、ナツメはそんな日々に刺激と変化を与えてくる存在だった。 理由は分からないものの、アオはナツメの身に何かが起きたらと思うと居ても立ってもいられなかった。 それがどうしてなのか、自分の体がどうして動いているのかということは、分からない。


 もしもナツメが消えてしまったら、自分の日々はまた前までと同じになってしまう。 それが怖く、拒絶したかった。 またいつものように石を投げられ、罵詈雑言を浴びせられ、バケモノだと罵られる日々には戻りたくない。 自分を守ってくれるナツメという存在が、必要だ。


 スクラップ街へと入る手前、入るための角を曲がったそのときだった。 アオの視界に見知った人物が映る。 他でもないナツメで、しかしナツメは壁へと背中を預けて眼を瞑っていた。


「ナツメっ!!」


「……っと、ああ、アオちゃんっすか。 すいませんね心配かけて、わざわざ探しに来てくれたんすか?」


「大丈夫なの!? 頭から血が……」


「ちょっとムカつく野郎とバチバチに殴り合っただけっすよ。 でもおかげでほら、ゲットっす!」


 ナツメの姿は痛々しいものの、いつものように笑ってポケットから修理に必要な基盤を見せてきた。 決して軽い怪我ではないはずだというのに、どうして笑っていられるのかがアオには分からない。 自分だったら蹲り、その痛みが過ぎ去るのをただ待つだけだったろうに。


「帰ろ、ナツメ。 帰ったら手当するから……」


「そうしましょ。 けどアオちゃん、ちーとばかし肩貸してもらってもいいっすかね? じゃないと僕、ぶっ倒れちゃいそうで」


「うん」


 そう笑ってナツメは言うと、目を瞑った。 無事ならばそれで良かった。 怪我は負っているものの、ナツメの傷はそれほど深いものではない。 家に帰り治療をすれば問題なく、自分よりも大きな体のナツメを支えながら歩くのは簡単ではなかったものの、あまり苦ではなかった。


 しかし、そんなとき。 アオの目の前に数人の人影が現れた。


「見つけた!! へっへへ、今日という今日は覚悟しろよ! ババアとバケモノ!」


「ひっ」


 いつも、自分をイジメてくる数人の子どもたちだった。 バッドや木材を持ち、狭い路地を塞ぐように立っている。 ナツメは自分が支えてようやく歩けるほどで、そんなナツメに助けを求めることはできない。


「……お願い、今日はやめて。 ナツメが怪我をしてて」


「うるせぇバケモノ! ……って怪我?」


 勢い良く少年は言うものの、それは反射的なものだったのか、すぐさま目を少しだけ見開き、疑り深くアオとナツメのことを見た。 そして、その視界に額から血を流すナツメの姿が映った。


「……お前ら運ぶの手伝うぞ!」


 それを聞いた少年たちは一瞬驚いた顔をするものの、自らをまとめている少年の言葉に背くことはしなかった。 すぐにアオが支えていたナツメに少年たちは肩を貸し、アオの体にかかる負担は一気に小さくなる。


「どうして」


「死なれたら困るだろ! 俺がぶっ倒すんだから!」


 アオにはその行動の理由が分からなかったし、意味もまた分からない。 しかしそれでも、助かったというのは事実だった。




「いやぁ助かったっすよ。 悪いっすねーお姉ちゃん重くて」


「平気だよ。 みんな手伝ってくれたから」


 それから数十分後、家へと辿り着いたアオはナツメの手当てをし、その最中に目を開いたナツメは頭をぽりぽりと掻きながら、アオに向けて言う。 そしてそのまま視線を少年たちへと移した。


「しっかしどうしてお姉ちゃんを運ぶの手伝ってくれたんすか?」


「お前聞いてただろ、さっきの……」


 警戒しながらも、リーダーと思われる少年は言う。 ナツメはそれに対して「なんのことやら」と笑いながら返す。


「別に、お前は俺たちの敵だから勝手に死なれると困るってだけだ!」


「なんすかそれ、あはは! けど助かりました、ありがとうございます」


 ナツメは言い、少年たちに頭を下げる。 それを受けた少年は恥ずかしそうに顔を逸らし、頭を掻いていた。


「人と人は繋がりというものが大事なんです。 一人で生きていける人なんていません」


 唐突に、ナツメは布団に入ったままその場にいた全員に向けて言う。 もちろんそれにはアオも含まれており、アオは静かに耳を傾けた。


「めちゃくちゃ強い奴でもか?」


 しかし、少年は違ったようでナツメの言葉に尋ねた。 ナツメは静かに、その問いに対して口を開く。


「めちゃくちゃ強い奴でもです。 ええっと……すいません、名前は?」


「俺? ユキトだけど」


「ユキトは僕やアオちゃんと戦うとき、必ず仲間を引き連れているじゃないっすか。 それと一緒で、人はそんな繋がりを心のどこかで求めるもんなんすよ。 ユキトは僕やアオちゃんよりも強いと思いますか?」


「あったりまえだろ! お前らなんかに負けねぇ!」


 ナツメの言葉を挑発だとでも思ったのか、ユキトは力強く答える。 しかし、ナツメはいつものように売り言葉に買い言葉で返すことはなく、淡々と話を続ける。


「なら考えてみてください。 僕とアオちゃんが君の仲間を味方につけて、君と戦ったらどうっすか?」


「ありえねえよそんなの! ……けど」


「分かんないっすよ? お金で釣るかもしれないし、脅して釣るかもしれないし、言葉巧みに釣るかもしれない。 人は繋がりを求めるけど、思っている以上に簡単に、その繋がりは繋がり方を変えるものなんです」


 ナツメは薄く笑ってそういった。 どこか傷が見えるようなそんな笑い方だった。 ナツメの過去に何があったのかは分からない、しかし何かがあったのだと計り知れるようなそんな表情だ。


「けどね、だから人に悪意を向けるよりも善意を向ける方がよっぽど楽しいんすよ。楽しいし、何より楽なんです。 人を憎むよりも人を愛した方がよっぽど満足できます。 でしょ?」


「……」


 ナツメの言葉に誰も何も言えなかった。 それでも裏切られたらどうするんだ、善意を向けただけ無駄なことではなかったのか、そういう言葉はもちろん浮かんできたものの、そう言ったところでナツメからは「それでも信じた方が楽しい」と、返ってきそうだった。


「アオちゃんはユキトたちが謝ったら許してあげますか? 今までされたこと全部」


「え……えっと……それは」


「難しいっすよね、けどそれは大事な一歩です。 人を信じること、大切に思うこと。 とても大事なことです」


 ナツメに言われ、アオは少しの間思い悩んだ。 しかし、答えはすぐに出る。


「……うん、もし謝ってくれるなら」


「そうっすね。 だそうですよ、ユキト。 アオちゃんは大事な一歩を踏み出せました、これでアオちゃんに一歩先を行かれちゃいましたね」


 にっこりと笑みを浮かべてナツメは言う。


「……分かったよ、謝りゃいいんだろ謝れば! お前なんかに負けてられねぇし!」


 あまりにも分かりやすすぎるユキトが面白かったのか、アオは笑う。 それを受け、ユキトはまた気恥ずかしそうに顔を逸らし、頭を掻いた。


「……悪かった」


「うん」


 ユキトとアオのやり取りを見て、ユキトと共に行動していた子らも次々にアオへと頭を下げた。 たった一度の出来事、それがどんな形であれ、キッカケというのは簡単なものなのだ。 アオがいじめられるキッカケが些細なものだったように、仲直りをするキッカケというのも些細なもの。 そして、そんな光景を見て満足気にナツメは笑うのだった。

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