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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第四章
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第二十話

「さすがにこの辺りまで来ると空いていますね」


「そりゃ一般人からすりゃ外国の危ない奴が占拠を始めたってわけだからな、そんなとこには居たくないだろ」


 白く塗られたワンボックスの車内、運転席に座るのは柴崎雀、その横に座るのは獅子女結城だ。 辺りは暗くなり始めているものの、夜から延々と走り続けていることと雀の運転ということもあってか、完全に日が沈む頃には自らが拠点としているエリアには着けそうなペースであった。 車内に居るのは雀と獅子女以外には二人、琴葉と楠木は後部座席に座り、二人共に眠っている。 ただそう見えるだけで、実際雀の運転により気を失っているという可能性もなくはない。


「龍宮寺との連絡は途切れた。 村雨からは合流できたって来てたけど……他の奴らとも連絡取れない状態だな」


「既に戦闘を開始したということでしょうね」


 言う雀は握るハンドルに力を込める。 それを見た獅子女は雀に向け口を開いた。


「不満か? 我原に任せたのが」


「……いえ、むしろ逆です。 もちろん獅子女さんが全体の動きを統率するのが最も良いんですが、それができない状態で誰が最善かと問われれば、私も同様の答えを出しています」


 雀もそれは分かっていることだった。 そしたその答えは仮に自分が今回残された側だったとしても変わらない。 自分はあくまでも頼れる存在というのがいて、指揮を執ってくれる人がいて初めて強さを出すことができるのだ。 誰かの下で動くときに最大限の力を出せる、誰かのために戦う、動くというものが雀には欠かせない。 自らが慕われ、そして人を従えて戦うというのは雀にとっては不向きなのだ。


「そうなってしまう自分にイラついてるのか? お前らしいな」


「……はい」


 柴崎雀は、神人の家では最も古いメンバーの一人だ。 獅子女に対する忠誠心は人一倍強く、組織に対する忠誠心というものも人一倍持ち合わせている。 実力も能力も申し分ない雀であるが、自己の判断で物事を進めることはあまり得意としていない。


「俺はそういうとこ好きだけどな、人間っぽくて」


「ありがとうございます。 ……あの、獅子女さん。 最初の方の言葉もう一度良いですか?」


「最初の方? 自分にイラついてんのか、みたいなの?」


「そこではありません!!」


「うお……なんだよ、いきなり大声出すなよ驚くな――――――――ん」


 雀は少しばかり顔を赤くしていたが、獅子女はそれを怒っていると捉え、あまり刺激しないように言う。 そんなとき、違和感が脳を刺激した。 体中にぴりっとした感覚が突き刺さる。


「人……ですか?」


「高速道路のど真ん中にかよ。 轢くか」


 銀髪の少女に見える。 直線的な道路で助かったというべきか、まだ数百メートルは先に存在する少女だ。


「分かりました」


 雀は言い、アクセルペダルを強く踏み込む。 エンジンが唸り声を上げ、車は加速する。 数百メートルの距離は瞬く間に縮まっていった。 それに伴い、少女の輪郭もハッキリと見えてくる。 全身を黒い包帯で包み、目元とその銀色の髪の毛だけがハッキリと見えるような出で立ちだ。


「おいおい、そこは一旦止まって話しかけるべきだろう? 急ぐのも分かるが、急がば回れという言葉もあるだろうに」


 その声はやけにハッキリと聞こえた。 まるで脳内に直接語りかけて来ているようにハッキリと、だ。


「感染者か。 面倒なタイミングだな」


「どうしますか」


 それに対し、獅子女は一瞬思考する。 文字が分からない以上、このまま車で轢くという選択は間違いな気もしてくる。 それに対してのカウンター、或いはそれを切っ掛けとした何かであった場合、自分はともかくとして他の者がどうなってしまうかが分からない。


「時は無情、無情とは機械的に行われる物事のこと。 余の文字もまた無情なものだ、そこは既に余の空間内だぞ、人よ」


 声がし、獅子女と雀は起き始めた現象を認識する。 車の前方部分が何かに飲まれるかのように消滅し始めた、それを認識してから二人の動作は最早条件反射と言っても良い。 車を捨てるとの判断を一瞬の内にし、後部座席で眠る琴葉と楠木を抱えて車外へと飛び出した。


「くく、良き反応かな。 それでは改めてご挨拶と行こうか、余の名はラハマ。 本来であれば今回は観察者として出る理由もなかったのだがな……世界の循環のために必要なこと、仕方なしと諦めてくれ」


「敵だと仮定して構いませんか?」


 雀は支えていた楠木を傍らに座らせる。 未だに寝息を立てていることから、かなり深い眠りに就いているようだった。 楠木の場合は滅多に外に出ない外に出て、更には結構な働きをしたからのものだろう。 同様に獅子女が背負っている琴葉は、心身共に疲れているからということが予想される。


 そんな様子を目で流すように見て、ラハマは告げる。 既に車体は完全に消失した、呆れたように、それとも驚いたように、両手を広げ。


「断定して構わんよ。 余は時の狭間の観察者、そして人類史を背負う者。 君たちの仲間は勇敢にも立ち向かってきたが、君もまた同様というわけか」


「仲間……なるほど、貴女を生かす理由はどうやらないようだ」


 雀はその言葉に一瞬反応を示すも、すぐさま刀を構えた。 その姿を見てラハマは目元を優しそうに細めた。 まるで子供に向けるような、そんな目付きだ。


「心配ではないのかね、余に刃を向けた者たちが誰なのか、どうなったのか」


「誰であろうと、貴女に殺されるような人はいない」


「クク、くはは! ああ、ああそうだな、それは間違いない。 余が殺して意味のある者など、そこには居ないからな。 それは君も同様だよ、柴崎雀」


 ラハマの言葉に、雀はすぐさま刀を振るった。 それはとても届く距離ではない、雀の刀は自らの背丈と同程度でしかなく、その刀身では数メートルほどの距離は通常では斬りつけることは不可能だ。


 だが、雀の文字はそれを可能とする。 一刀両断、その文字は自らの視界内であれば雀が「斬れる」と判断したものであれば、問答無用で斬りとばすことが可能なのだ。 本来であれば刀すら使わずとも斬れることはできるが、雀の場合は刀を振るうことによって斬撃を可能だとすることを確定させている。


 雀の文字は、使えば使うほどに明確にその熟練度が上がっていく希少な文字だ。 他の文字も文字自体が強くなることはあるが、それはあくまでもV.A.L.Vの増殖と関係している。 だが、雀の場合は固く結びついているのが自らの意識なのだ。 一度文字を使い斬りつける、そうすれば雀の中では斬れるという意識が明確になる、それはまた次に繋がり、斬れるという意識は確固たるものとなっていく。


「……」


 ラハマは空間を裂き、雀の斬撃を消し去ることを選んだ。 時空が歪み、空間に亀裂が生まれる。


 ……だが、このとき見誤っていたのはラハマの方だ。 雀の一刀は捻じ曲げられ裂かれた空間の上から、ラハマに届いたのだ。


 予想だにしていなかった出来事。 それは反応というのを遅らせる。 訓練さえ積めば回避はできるが、その予想が立っていなかった場合、筋肉が固着し脳が動作を否定してしまう。 故に、左から入った刀はラハマの頭部から腰辺りまでを両断するには充分すぎたのだ。


 ラハマの顔は驚愕に満ちている。 ラハマですら予想し得なかったこと、想定できなかったこと、それが起き、そしてラハマがそれを食らったということはラハマもまた人ということを知らせてくれる。


「……これは、一体」


 しかし、それは雀も同様だ。 予想だにしなかったこと、それが起きた。


「驚いたな、余が裂いた空間の上から問答無用で斬るなんて。 さすがに少し驚いたぞ、及第点をくれてやる」


 不自然な歪みが生じる。 ラハマの切り離された体は、先ほどラハマが生じさせた空間の歪みと同じものに包まれ、修復されていく。 それは刹那の出来事、数瞬後には何事もなかったかのように、ラハマは立っている。


「雀、下がってろ」


 それを見た獅子女は、雀にすぐさまそう指示をする。 背負っていた琴葉を楠木の横に下ろし、雀よりも一歩前へと出るとラハマに視線を向けた。


「これはこれは、お初に。 獅子女君」


「何者だてめぇ。 普通の感染者じゃないな」


「普通という定義そのものが酷く曖昧だね。 余にとってはその他の事象も余という事象もまた普通という枠に収まるものだ。 この世に異常という存在はいない、そうだろう? かくして異常というのはどの程度からそう言えるのか、個人的な見解ではなく多数的な見解では定義なんてできはしないさ」


「さあな、試してみるか?」


「……クク、遠慮願おう。 余にとって、君のような者は天敵なのだよ。 唯一無二、絶対的に余の天敵となり得るのが君だ、獅子女結城」


「そうかよ、知らねえけど」


「理、それ即ち法則と歪み。 それは悪手だ、獅子女結城」


 獅子女は力を抜いた姿勢から一気に加速する。 生殺与奪、その文字は殺すと同時に与えることも可能とする文字だ。 地を蹴り加速するという動作だけであっても、獅子女の場合は本来の加速分に加えて地面が負うべきである衝撃を殺し自身が進むべき方向に上乗せすることすら可能だ。 以前獅子女が琴葉にしていた説明の内一つ『その他に関わる場合』の殺し、それがこれに当てはまる。 自分に関わる場合の殺しと同程度に使用頻度が高いもので、利便性もまた高い。


「悪手かどうかは後で考えとく」


「すぐにその機会を与えてあげるよ」


 ラハマは言い、目を瞑った。 その瞬間、獅子女の視界が移り変わる。 先ほどまで目の前にいたラハマが消えており、代わりにそこにいるのは……雀だ。


「ッ!」


 雀は咄嗟に腕で獅子女の拳を受ける。 獅子女も寸前のことであったが腕の力を抜くことはできていた。 だが、文字によって補強された拳は容易には止まらず、雀の腕に命中した。 鈍い音が響き、雀は痛みに顔を歪める。 それだけの力が拳には乗せられていた。


「くっ……すいません、獅子女さん」


「気にすんな、お互い様だ」


 その言葉を受け、雀は獅子女の言わんとすることは理解する。 どうして刀で受けなかったのか、獅子女はそう言いたいのだ。 そうすれば少なくとも雀が負うであろうダメージというのは最小限に抑えられた。 微々たるものであるが、戦いにおいて手を抜くということはあまりしない獅子女らしい思いだと感じる。


「自分と雀の位置を変えたのか。 面倒だな」


「そう怒らないでくれ、これでも余はいつ君に文字が知れるのではと怯えながら戦いに身を投じているのだよ、くく」


「言葉と顔が釣り合わないな、ラハマ」


「名前を覚えてくれたのか、それは光栄だ。 余の名前など対した意味はないだろうに……ああ、そうだ。 それなら敬意を評し、余も少し君たちを殺すつもりでやるとするよ」


 首を若干傾げ、慈愛に満ちた眼差しをラハマは向ける。 その刹那、獅子女は上空に異変を感じた。 否、例え違和感がなかったとしても気付くことはできただろう。 先ほどまでは夕日に赤く彩られていた周囲の光が、何かに覆われたのだから。


「――――――――雀下がれッ!!」


 獅子女はそれが何か認識すると同時、雀へ向けて言い放つ。 上空へ突如として現れたのは無数の()だ。 それもただの針ではなく、一本一本が人の腕ほどの大きさを持つ針が無数に浮いている。 まるで空を覆う如く、ひと目見ただけでは壁が現れたのではと勘違いしてしまいそうなほどの圧倒的な物量だ。


「趣としては面白いだろう? 余は何かを打ち破るというのが堪らなく好きなんだ。 人が努力し困難に立ち向かい打ち勝ちそして報われる。 努力というものは等しく報われなければならない、しかしこの世界はそう正しくはない、むしろその逆だ……余はそれが悲しいんだ」


 空を見、薄く笑う。 同時、その上空に出現した針の壁は圧倒的な物量を持って降り注ぐ。 雀は獅子女の言葉、更に立ち位置と自らの身体能力の高さからその場から退避することができた。 だが、獅子女はその針の壁の中心に捉えられている。 自らも動こうと反応する前、その壁は獅子女を押し潰した。


「……さすがというべきか、文字のおかげというべきか。 やはり君の文字は一線を画している、獅子女結城」


「褒めてもらったところわりいけど、お前は今最優先で殺すべきって認識になったぞ、俺の中じゃな」


 針は獅子女を避けるように、地へと突き刺さっている。 まるで剣山のような無数の針は獅子女の文字によって刺さることが叶わず、獅子女の立つ部分だけ綺麗に円状に開いていた。


「雀、琴葉と楠木を連れて……」


 獅子女は三人のいる方向へと顔を向ける。 だが、既にそこには誰もいない。 琴葉も楠木も、そして雀も綺麗にその場から姿を消している。


「お前、あいつらどこにやった?」


「……」


 次に獅子女はラハマへと顔を向ける。 殺意に満ちた瞳、どす黒く濁った空気、狂気に染まった顔。 悪寒が走る、その感覚はラハマにとってしてみれば初めてのもので、自らが「天敵」と表現していたのはやはり正しいことだったと認識した。 しかし、それでもラハマは冷静に物事を考えており、寒気こそ覚えたものの動揺はしない。


「何も心配することはない、すぐに会えるさ」


 獅子女の行動は早かった。 ラハマが言い終わるその瞬間には、その体は既にラハマの背後にある。 だが、その獅子女の攻撃は届かない。


「皮肉なものだよ、この世界は。 守ろうと守ろうと抱えるほどに零れ落ちていく。 救おうと救おうと手を差し伸ばせば遠くなっていく。 思い通りに行くことなど一つもなく、思い描いた景色が見えることもまた存在しない。 君はそれでも前に進むのかい、獅子女結城」


 ラハマは振り返る。 が、そこに既に獅子女の姿はない。 儚く笑い空を見る。 空は黒い闇に呑まれるように暗く、ラハマの鼻先には雨粒がぶつかった。


「少し休むとするか、余の仕事も一つ片付いた」


 言葉と同時、ラハマの姿が飛散し消える。 同じタイミングで無数に突き刺さった針も全てが消え去り、後に残されたのは静寂だけであった。

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