第十七話
「さて、と。 約束とはいえ、ここまで早く動かされることになるとは思ってなかったな、響」
「状況が状況だから。 ハヤトさんもいるし大丈夫」
「……おいハヤトぉ! お前響をたぶらかしてねえよな!?」
「俺にそんなことできるわけないでしょ、年上の方が好みだし」
鴉と呼ばれる組織は、北部地方に置いてかなりの力を持つ組織だ。 その実態は極少数の集まりであり、しかしながら組織としての強さは一戦を画している。 その強さというのも、限りなく少数で限りなくバランスの取れた構成にある。
龍宮寺響の持つ合縁奇縁は半径五十キロの感染者の位置を割り出すという力であり、危機察知から索敵、敵の行動を探る上で重要な役割を果たしている。 そこに感染者がいるということを探れるのは、敵組織の発見や動向に大きな貢献をできるのだ。 事前に敵の数、及び配置が把握できるというのは強大なメリットともなり得る。
次に龍宮寺真也。 彼の持つ文字は絶対零度、空気中に存在する水分を氷として扱う力だ。 自らでも制御できないほどの力を持つ文字だが、先日の一件からその殆どを制御することが可能になっている。 全力で使ったことが影響したのか、それとも笹枝紡の死が影響を及ぼしたのか、どれかは定かではないものの、彼をまた一歩先へと進ませたのは間違いない。 そして、彼の存在というのが鴉そのものを強大なものとさせている。 圧倒的な範囲と威力を持つその文字は、対個人に置いても対多数に置いても絶大なる威力を発揮できる。
最後に、今現在残っているメンバーでは最後の一人となる狛田ハヤト。 彼の持つ力は特殊であり、一組織としての動きに大きな補助となるものだ。
「んなこと言って、ハヤトてめぇ文字使って響攻略しようとしてねぇだろうな!?」
「おにいじゃないんだからそんなことしないと思うけど」
「あはは……俺の文字はそんな万能じゃないよ。 分かってるでしょ」
狛田ハヤトが持つ文字は『先手必勝』だ。 そのとき、その瞬間にどう動けば先手を取れるかを悟る文字、ロイスが所有する先見乃明とはまた違った形で未来を予測する文字だ。 酷く曖昧であり、かつ正確に読み取ることはできないものの、それは確実かつ絶対に先手を取ることが可能となる。
それが、今この三人を関東へと早い段階で辿り着かせたのだ。 物事が大きくなる前に、即座に行動に移した彼らは交通規制がなされる前に移動をすることができた。 そしてつい先ほど、獅子女から龍宮寺へは連絡があった。 手を貸してもらう案件ができた、と。 それを受け、ようやく自分たちのこの行動の意味を知ったのだ。 その行動の意味を悟ることはできない、理由を計り知ることはできない、だが絶対的な先手を取ることはできる――――――――それこそ、このことに関して言えば獅子女にとっても西洋教会にとっても先手を取られたと言えるだろう。
「響に手出ししたら、いくらハヤトでもタダじゃ済まさねえからな……」
「それよりもどうするかでしょ、真也。 俺たちが今後どう動くか、とても大事なことだと思うけど」
首にはスカーフを巻き、左耳にはピアスを付けた狛田は言う。 その風貌は今時の若者のようにも見えるが、落ち着いた口調は優男のようにも見えた。
「どうするかなんて決まってんだろ、獅子女には借りがある、だったら俺たちはそれを返すだけだ。 それに」
龍宮寺たちはビルの屋上から街の景色を眺めていた。 ついこの前に来たときは空気こそどんよりしていたものの、街中に人の気配は大いにあったのだ。 それはなんだか都会らしさというものがあり、龍宮寺は少しだけ暮らしやすそうな場所だと感じていた。
が、それが今では皆無。 人の住んでいる気配というのが全くなく、ゴーストタウンという表現がしっくり来るほどに静かな街になっていた。
「他人の家にズカズカ土足で上がるっつうのは気に食わねぇな、それは筋が通ってねぇ」
「相変わらずで安心したよ、真也。 それならどういう選択を取る? 獅子女さんの頼みは……えーっと」
「俺の仲間に手を貸してやってくれ。 だよ、ハヤトさん」
「ああそうだったそうだった、忘れっぽくて困るよね」
あまり抑揚のない声で響は言い、それに対し優しそうに笑って狛田は返す。 そんな二人を龍宮寺はひと睨みしたあと、両手の人差し指と親指で枠を作り、眼前に突き出す。 その枠に収められるのは、西洋教会拠点の巨大な塔だ。
「ま、とりあえずあそこに行かないことには話が始まらねえだろ。 響、ここからあの塔まで探れるか? 敵の数が知りてえ」
「うん、ちょっと待ってて」
言われた響は目を瞑り、辺りの空気に集中する。 合縁奇縁、半径五十キロに存在する感染者を探し出す力だ。
「……なにこれ、おにい」
「どうした」
「数がとてつもない。 百、二百? それ以上かも」
「そんなにでけぇ組織なのか? 西洋教会って」
「俺も詳しくは知らないけど……既に戦いが始まってるにしても多いね。 対策部隊は動いてないし、今交戦しているって情報が出てるのも神人の家くらいでしょ?」
想定外の数、とでも言うべきだろうか。 しかしだからと言って三人の目的がズレるということはない。 多数相手に戦うということは、それこそこれまで龍宮寺が行ってきたことなのだ。 対策部隊を相手に、そして人権維持機構を相手にし、一歩も引かない戦いというのをしてきた彼らだからこそ、たかが相手の数が多いというだけで退くことはない。
「とりあえず行ってみないことには分かんねーな。 あんま悠長なことも言ってられねぇ、ハヤト」
「オーケー、先手必勝」
名前を呼ばれ、狛田は即座に文字を使う。 彼の文字はひとつひとつに置いて確実に先手を取れるべく行動を知らせてくれる。 その行動の意味こそ分からないものの、一歩先の取るべき行動というのを知らせてくれるのだ。
「……響ちゃん、今この辺りで四人の感染者が集まってる場所は?」
「四人……えと、待って……居た」
広げられた地図の一つを響は指差す。 それを見た狛田は爽やかに笑い、二人に告げる。
「まずはそこに行こう。 理由は勿論分からないけどね」
「分かった。 お前の文字にハズレはねぇからな、行くぞ」
が、その行動はこれから龍宮寺たちが行動する上で、最適な行動となるのは言うまでもないことだった。
「あら? これまた面白い流れってわけかしら」
「この前振りだな。 けど、ハヤトの文字がここへ連れてきた理由ってのも分かったか」
龍宮寺たちが訪れた場所は、今現在神人の家が拠点を置く我原の住むマンションだ。 今現在は避難警告がありもぬけの殻となっているはずのその建物の入り口……そこに居たのは村雨ユキ。 彼女は情報伝達の中心部に位置しており、西洋教会の拠点へと攻め入っている我原たちの援護を主としている。 もっとも、今では無線が通じないこともあり言われたままに待機している、という流れであるが。
「獅子女に言われて来た。 借りは借りだからな、俺たちの力を全部てめぇらに貸す」
「にしてはやけに早いわよね?」
村雨が疑うのも無理はない話だ。 龍宮寺たちはつい先日まで北部におり、その龍宮寺たちの方が早く関東に辿り着いているのは妙なことでしかない。 だが、不審な顔をする村雨に対し、龍宮寺は顎で狛田の方を指しながら続ける。
「先手必勝、狛田の文字だ。 自分にとって必ず先手を打てる行動を取れる……っつう文字だよ」
龍宮寺が言うも、狛田は特に気にするような顔をしていない。 自らの文字を他言されているというのに、一切その表情が変わることはなかった。
「なにそれ便利。 けど良いの? 私も敵になるかもしれないわよ? いずれ」
「構わねえ、それに今は仲間だ。 違うか?」
「……中々面白いわね。 龍宮寺……って言ったかしら。 改めて自己紹介、私は村雨ユキ、原点回帰って文字を持ってるわ」
「はっ、お互い様だろそりゃ。 良いのか? 獅子女に怒られんぜ」
「あら、女子の秘密をぺらぺらと口にする男はモテないわよ」
その言葉に龍宮寺は小さく笑って返事をする。 そして、村雨の方へと向き直り、口を開く。 幾分か先ほどよりもハッキリとした声色だ。
「俺は龍宮寺真也、こいつは狛田ハヤト、でこっちが龍宮寺響だ。 正面切って戦えんのは俺だけだな、狛田もある程度はできっけど……響に関しては完全にサポートだと思って貰えれば良い」
「了解。 簡単に今の状況から説明するわ、中に入って」
西洋協会の進出というものは、少なくとも小さくはない影響を及ぼしつつある。 大きく動きを見せた神人の家は、言わば全面戦争に。 そしてその神人の家に手を貸すのは龍宮寺率いる鴉であった。 更には西洋協会との接触を果たしたチェイスギャング、水面下で動きを見せるのは対策部隊と集いの少女だ。 それらの点と点とは結ばれ、繋がっていく。




