第十四話
「うひひ、いやぁ可愛いっすねぇ……和服が似合いますよねぇ……」
ヨダレを垂らし、ナツメはアオの姿をニタニタと眺めている。 アオは身の危険を感じるが、これもまた特訓の一環だという言葉を信じ、なされるがままの状態だ。 一体これがどのような成果を得られるかは分からない。
「髪色はやっぱ銀っすよね! こう、不思議感溢れるミステリアスな雰囲気が最高っす」
「前から思っていたんだけど、ナツメはなんで同じ意味の言葉を違う言い方で言うの?」
「え? ……あ、あはは、冗談っすよ冗談! 全然僕が間違えてるわけじゃないんで勘違いしないでくださいね? それでどうっすか? この服」
アオの両肩を叩いた後、ナツメは満足気にアオに鏡を見せた。 綺麗な和服、しかし動きやすいようにデザインされていることが着ているアオには分かり、なんだか気に入った。
「良いかも! これ、ナツメが作ったの?」
「そうっすよ! 僕、ファッションデザイナーとしての顔もあるんで!」
それは嘘だと思ったが、腕前はどうやら本物らしい。 というのも、ところどころにナツメの好みらしきスリットが入っており、とても正装としての和服だとは思えなかったからだ。 しかしそれよりも、自分の服があるということが嬉しかった。 今まで、どこからか拾ってきた服を纏うことしかしなかったアオにとって、新鮮味溢れる出来事であった。
「できることなら写真に収めたい……!」
「撮っても良いけど……」
悔しそうな表情をしているナツメに向け、アオは若干引きながらも言う。 が、それを聞いたナツメは深くため息を吐いた。
「携帯壊れてるんすよ……充電できなくなっちゃって」
「見せて」
「携帯っすか? 別に良いっすけど」
ナツメは言うと、懐から一昔ほど前の携帯を取り出し、アオへと手渡した。 それ自体が非常に珍しい型式というのもあったが、今の時代でスマートフォン形式ではない携帯は珍しい。 それもあってか、アオは若干だが目を輝かせながらその携帯を眺めた。
「……操作はできてたの?」
「まぁ電池切れるまではっすけどね。 新しい携帯充電器買っても、全然駄目なんすよー」
「なら、本体側だと思う。 ライトある?」
「……なんかアオちゃん、手慣れてるっすね」
ナツメは少々驚きつつ、アオに小型のペンライトを渡す。 受け取ったアオはそれを点けると、携帯の端子部を覗き込んだ。
「端子が錆びて駄目っぽいから、ここだけ変えちゃえば治るよ」
「天才っすか!? やっぱり持つべき物は友っすね! ってわけで、修理よろしくっす!」
とびっきりの笑顔でナツメは言う。 調子が良いことにアオに修理すら任せる気満々であったが、アオもそれに対して嫌悪感は抱かなかった。 頼られる、というのはアオが生まれて初めてした経験だ。
だが、生憎とそれはできない相談だった。
「ナツメ、直せるのはできるけど部品を持ってない。 ナツメも持ってないよね?」
「当たり前じゃないっすか。 けど、やっぱそれなら新しいの買うべきっすかねぇ……」
ナツメは言うと、大きくため息を吐く。 その様子から、その携帯自体に何かしらの思い入れがあることは明白だった。 アオもその変化には気付き、少々悩む素振りを見せたあと、ゆっくりとだが口を開く。
「それなら部品あるかも。 二十七番地の横道を行けば、スクラップ街だから」
「スクラップ街? なんすかそれ?」
「人間たちがゴミを捨てていくところ。 不法投棄の山だけど、近くで暮らしている人もいるからスクラップ街」
「あはは! アオちゃん寝ぼけてんすか? 人間たちって、あはは! 僕らも人間じゃないっすかーやだなぁもう」
ケタケタと笑い、ナツメは言う。 ここまで笑顔で、それもさぞ当然のように自分のことを人間だと言う感染者は、アオにとって初めてだった。 感染者はどこかで人間を憎んでおり、そしてどこかで羨んでいる。 アオが見てきた感染者は、皆が皆そのような者たちのみ。 ナツメほど愉快そうに笑い、そして明るい感染者というのは珍しい。
「でも、そこに取りにいきゃオーケーってわけっすね! 宝の山!」
「金属のパーツもあるから、適当に加工しちゃえば大丈夫だから。 でも、あそこ危ないよ」
「危ない? なんでまた」
「そのスクラップ山を管理してる人がいて、お金を渡さないと物を受け取れないから。 勝手に入ったら、酷いときだと殺される人もいるし……」
アオがここへ捨てられたときには既に、管理者というのは存在していた。 複数人からなる二十七番地管理組合と呼ばれるその者たちは、大量投棄されたゴミを自らの所有物だとしている。 もちろんそれらは壊れた電子機器や廃棄物などで、それらを分解などし部品として再利用させ、利益を得ている組合だ。
「だーいじょうぶ大丈夫! 話して分からない人なんていないっすよ。 それに僕、めちゃくちゃ強いんで余裕っす」
ニッコリと笑い、ナツメは言う。 その強気が一体どこから来るのか、全くの不明であった。 それに対してアオが少々不安そうな顔をすると、ナツメはすぐに言葉を続ける。
「場所さえ教えてくれれば、取ってきますよ。 アオちゃんはここでお留守番でも全然おーけーっす!」
「……なら、そうしようかな」
アオが言うと、ナツメはアオの頭を数回撫で、やはり笑った。 そして善は急げと言わんばかりに髪を後ろで一本にまとめ、靴紐を結び直し、仮住まいである家を出て行った。 アオはそんなナツメの背中を消えるまで見つめ、言われた通りに留守番をするのであった。
「……おかしい」
おかしい。 そう呟くのは、もう十回ほどにも上る。 ナツメが帰ってこない、普通に行き、そして普通に帰ってくれば明らかに帰っていておかしくない時間に既になっている。
「探さないと。 ナツメ」
何かがあってからでは遅い。 だからそれが起きる前に、ナツメを見つけなければ。 そう思い、アオは廃屋から外へと出て行く。 普段は自分が暮らしている空き小屋で、外に出ずずっと機械と向かい合っているアオにとっては珍しい行動だった。 それだけ、アオにとって初めての友達であるナツメは大切なものであった。
しかし、それが間に合うという保証など、どこにもないのだ。




