第十三話
「まったく酷いもんっすねぇ。 こーんな可愛い子にあーんな酷いことするなんて。 んで……アオちゃん? やられたらぶっ殺すくらいの勢いでいかなきゃナメられるっすよ?」
「……うん。 でも、殺すのはちょっと」
その後、ナツメに連れられ、空き家らしき場所に連れて来られたアオは、簡単に傷の手当を受けていた。 その間に聞いた話であったが、ナツメはこの辺りに住んでいる者ではないらしい。 なんでも日本中を歩き回り、旅のようなものをしている、と言っていた。 今現在はこの辺りで観光とのことだ。
「あーんなクソガキなんてちゃちゃって殺っちゃえばいいんすよ。 なんなら僕が今から殺ってきましょうか?」
ナツメは言うと、不敵な笑みを浮かべる。 それを受け、本気だと感じたアオは咄嗟に言った。
「それはダメ……! 殺すのは、良くないことだと思う……」
「あはは、冗談っすよ。 アオちゃんは強いんすね」
自分よりも、いくつか年上だろうか。 ナツメは言い、アオの頭へと手を置いた。 アオは人からそんなことをされるの自体が初めてで、しかし嫌な気分にはならない。 不思議な気持ちだった。
「強くはないよ……いつもいじめられるし」
「でも、暴力に暴力で訴えない。 アオちゃんは「そんな力がないから」って言うかもしんないっすけどね。 それでも耐えるっていうのは、中々難しいことっすよ。 僕なんて、ちょっと悪口言われればガチギレっすから。 大人になりたいっすよー」
歯を見せて笑い、ナツメは言う。 男らしい笑い方であったものの、アオはそのときカッコいい人だと感じた。 自分のことを褒めてくれる唯一の人だとも思う。 そして、大人になりたいというナツメは、少なくともアオから見れば大人に映っている。
「けーど、友達がいじめられてるのを見過ごすのはダメっすね?」
「……友達?」
「その子っすよ。 アオちゃんの文字っしょ?」
ナツメは言い、アオの影から未だに出ている怪物のことを指差す。 未だに出ていること自体、アオにとっては意外であった。 いつもであれば、感情が揺れると現れて、落ち着くとまた影に戻って行くからだ。 このときのアオは文字がより強力なものへと変わることは知っておらず、その現象に答えを見出せない。
「嫌いじゃないんすか? この子」
「……わたしの文字だから。 勝手に出て来なければ良いのに」
「ふうん、そこはアオちゃんの頑張り次第っすけど……よしよーし、あはは! これ喜んでるんじゃないっすか!?」
ナツメは人差し指を怪物の前にチラつかせる。 それに対し、確かに側からみれば犬が遊んでもらっているかのように、尻尾を振っているかのようにも見えた。
「あ、ダメ……!」
「へ? ……あいたぁ!! ちょ、この子噛む子なんすか!? あいたた……! あれでも意外とこそばゆい……」
がぶりと、怪物はナツメの指に噛み付く。 それに対しナツメはオーバーに反応をするも、次第になれたのかニコニコと笑い始めた。
「……その子、わたし以外の人だとそうなの。 それでみんなわたしのことをバケモン女って」
「ほえー、アオちゃん以外無差別なんすね。 良かったあ僕だけじゃなくて……僕だけだったら超ショック受けてるとこだった」
自分の文字を見ても、ナツメは気色悪いという感情を抱いている様子が皆無だ。 更に言えば、その怪物のことを受け入れているかのようにすら見える。
「……お姉さんは、感染者なの?」
「ナツメでいーっすよ。 もちろん、僕も感染者っす。 え? 文字っすか? ふっふっふ、聞いて驚け! 僕の文字は『超絶最強』って言って、つまり最強なんす。 そりゃもうワンパンで惑星一つくらいなら軽々と木っ端微塵っす」
「……」
「ちょっとアオちゃんそんな蔑むような目で見ないでくださいよー!!」
明らかな嘘に、アオは訝しげにナツメを見つめた。 下手をしたら自分よりも子供っぽい性格をしているかもしれないと、無邪気に笑うナツメの姿からはそう思わざるを得ない。
ナツメは座っていた窓枠から降りると、椅子へ座るアオの前へと歩いてきた。 そして、アオの視線に合わせるようにしゃがみ、人差し指をアオの唇へと当てる。
「僕の文字は『一期一会』。 詳しいことは話せないんすけど、いつかきっと思い出すとだけ言っておきます。 僕とアオちゃんの出会いもまた一期一会、この一生に一度の出会いを大切にしましょう」
「……あんま強そうじゃないけど」
「いやいや強いっすよ!? これでも都内を襲った超大型怪獣を倒したの僕っすから!」
腰に手を当て、すぐに嘘だと分かりそうなことをさぞ真実かのようにナツメは語る。 それを見たアオは笑い、ナツメもまた笑った。 その大袈裟な言葉たちが、アオを元気付けるためのものであるのは明白だ。
「アオちゃん、強さってのには種類があるんすよ。 大きく分けて三つ、ひとつは力持ちって意味での強さ」
ナツメは言いながら、しゃがみ込んでいたその場に腰を下ろし、胡座を掻いた。 アオは逆に見下ろすような視線になったが、ナツメは構わずアオに向けて口を開く。
「ひとつは耐える強さ。 これがアオちゃんの持ってる強さで、僕が持ってない強さっす」
「耐える強さ……」
「ただ耐えるだけなんて、恥ずかしいと思うっすか? 情けないと思うっすか? それならそれは勘違い、その耐える強さっていうのは同時に優しさでもあるんす」
「……優しさ?」
強さとそれが一緒だとは思えず、アオは尋ね返す。 それに対しナツメはさぞ自慢気に、鼻高々に話を続けた。
「人を傷付けない優しさっす! 耐えられる強さってのは、誰も傷付けない無窮の愛情なんすよ。 ただ単に強い人は多くいますけど、誰も傷付けずに耐えられる強さを持っている人はほんの一握りしかいないんす」
「……そうなんだ」
「はい、そうっすよ! そんで、ひとつ。 これは僕の持ってる強さっすけど、何かを守れる強さっす。 さっきアオちゃん庇ったとき、超カッコよかったっしょ!?」
興奮し、ナツメはアオの顔に自らの顔を寄せ、笑顔で言う。 自分でそれを言うのはどうかとアオは思ったが、事実だけ見れば答えは一つしか存在しない。
「カッコよかった!」
「でしょでしょ! あの決めポーズとセリフ、超痺れましたよね!?」
「……それはあんまり、かな。 同じ意味の言葉、二回言ってたし」
「……」
アオの言葉にナツメは固まる。 が、そんなナツメに構わず、アオは言葉を続けた。
「わたしも強くなりたい。 ナツメみたいに」
「僕みたいに、っすか。 あんまオススメはしませんけど……本気でそう思うなら、付き合いますよ。 ただ、一つだけ分かって欲しい」
静かに、しかし力強く。 ふざけた様子は微塵もなく、その場の空気が張り詰めたのをアオは感じる。
「何かを守るっていうのは、他の人の守りたいものを壊すことにも繋がる。 アオちゃんにそこまでして守りたいものはありますか?」
「わたしは」
後ろを見た。 いつの間にか、影の中へと怪物は消えている。 次はいつ出てくるか、それはアオにも分からない。 しかし、物心が付いたときから共に生きている相手でもある。 アオに対してだけは噛みつかず、その凶暴性を見せない怪物は。
「ある。 だから、わたしを特訓してください」
「了解っす。 そんじゃまずは……そうっすね、髪染めましょうか」
「……へ?」
そんな風に、ナツメとアオの共同生活は始まった。 後に知ったことであったが、その廃墟らしき空き家はナツメが勝手に寝泊まりしているとのことだった。 そして身寄りのないアオがそこで暮らすというのもまた、必然的な出来事であった。




