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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第四章
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第十話

「つかさぁ、爺もほんっとーに気分屋だよなぁ?」


「そうかな? 俺はあまりそういうのを感じはしないよ」


 チェイスギャングが本拠地を置くのは、獅子女たちが生活拠点としている地区よりも北だ。 栄えている都市部、ビルが雑多に並ぶ地域を根城にしている。 頬にある首を持った死神のタトゥーが彼らのマークであり、並んで歩く二人の男もその例外ではなかった。


 その一人の男は髪を金髪に染めており、アシンメトリーだ。 刈り上げられている左側の耳には二つのピアスが付いており、傍から見てもあまり関わり合いたくはない人物に映っている。


 それとは逆に、もう片方の男は口元までを襟の長いコートで隠しており、女性のような見た目をしている。 長い黒髪は腰ほどにも及び、声を発さなければ女性と見間違えられてもおかしくはない風貌だ。


 柄の悪い男の名は佐嶋(さじま)喜助(きすけ)。 チェイスギャングに置いて幹部の位置付けにある男で、管轄地区は東部。 ロイスが南側を管轄地区としていたように、佐嶋は東側を管轄としている。


 温厚な見た目の男の方は、獅子女陽介。 彼の管轄地区は北部、本拠地に最も近い場所を管轄しており、それは他の幹部たちとは一線を画していることを表している。 もっとも、佐嶋においてはそこに贔屓目を感じるような人柄でもない。 陽介にとっても、そのような性格の佐嶋との仕事というのは苦に感じるものでもなかった。


「だって対策部隊には関与しねーよって言ったんだろぉ? なーのに急に「状況視察を命ずる」って。 これを気分屋と言わずに何と言うよ、陽介」


「そう言われてもね……。 今回の件、俺が頭領に情報収集はしておくべきだって進言したわけだし」


「てめぇの所為かよ!?」


 睨む佐嶋に対し、陽介は笑って返す。 数秒間睨み続ける佐嶋であったが、やがて陽介に対しそれは意味のないことだと察したのか、深いため息と共に言葉を続けた。


「……ああ分かった分かった分かったよ、気分屋なのは爺じゃなくててめぇだ陽介。 まぁ正直放っといても害しかなさそうな連中だし、間違っちゃいねえけどなぁ」


「身内に被害が出る前に、だね。 むしろ被害が出てくれた方が動きやすくて楽なんだけど、その被害が大きかったら痛手を見るのは俺たちだ」


「……大きい被害?」


「配下に居る部下たちもそうだけど、敵の力は想像以上に大きいかもしれない。 ひょっとしたら俺たちのような幹部も殺されるかもしれないし、最悪の場合は頭領に被害が及ぶかもしれない。 それを防ぐために、敵がどれほどの力を蓄えているかの視察、ということ」


「はっ! 部下はともかく、てめぇが死ぬ姿なんて想像できねぇけどな? 爺もだけどよ」


「そうかな。 喜助、人は思っている以上に簡単に死んでしまう。 どれだけの存在でも、死ぬ瞬間というのはあっという間に過ぎるんだ。 俺は何人もそういう人たちを見てきた」


「だったら是非ともてめぇの死に顔を見てみたいぜ」


「あはは、とても仲間に向けるセリフとは思えないね」


 忙しなく動き回る街中をあくまでも自分たちのペースで二人は歩く。 感染者の世界、言わば裏の世界では名が知られた組織であるチェイスギャングであるものの、表社会では少々異様な雰囲気を纏った者としか見られない。 彼らは感染者識別機の捉えられたとしても、対策部隊は動かない。 その頬のマークこそがチェイスギャングであることの証明だからだ。


「……確か今やりあってんのは神人の家だったっけか? やっぱり弟が心配かよ、陽介」


「そりゃあもちろん、家族だしね。 心配にならないほうがどうかしている」


 陽介の中では、獅子女結城は唯一残された家族に他ならない。 しかし同時に、自らが所属するチェイスギャングの敵になるのであれば戦わざるを得ないとも思っている。 自分は自分の信念のため、それと一緒で獅子女結城が自らの信念を貫き、その上で衝突が起きるときは致し方ないとも。 だが、そういったことが起きなければただの家族で、ただの弟でしかない。


「小さい頃から落ち着いてる奴だったよ、結城は。 でも喧嘩だと負けた記憶がないけど」


「そんなアイツも今じゃ史上最悪の感染者って言われるくらいになっちまってるってわけか。 俺はやり合いたくないねぇ……アイツとお前とだけは」


「俺をそんな買い被らないでくれよ。 俺の文字なんて使い物にすらならないゴミみたいなものさ。 その点、弟は文字に恵まれすぎているけどね。 恵まれすぎて、俺とは違う道を歩いてしまった」


 その言葉に、嘘偽りはなかった。 獅子女陽介が所有する桜花爛漫は、他の戦闘向けの文字と比べても極端に弱いのは事実だ。 しかしそれでも、陽介の言葉を聞いた佐嶋は苦笑いをせずにはいられない。


「そりゃお前以外が持ったらそうだろうよ。 お前が持つから意味があんだろ、それ」


「どうだろう。 俺よりも使いこなせる人はきっと沢山居るだろうし……」


 そこで、陽介が足を止める。 それとほぼ同時、佐嶋もまた足を止めた。 何か、気配と空気に異変を感じてのことだ。 粘りつくような、ぬったりとした湿気混じりの空気が二人の体を覆う。


「……なんか居るな」


「人の気配が消えたね。 だから話に夢中になるのは警戒心を疎かにするんだ」


「話めちゃくちゃ振ってきたのはてめぇだろうが!!」


 二人の周囲に先程まで多く居た人々が消えている。 当然、二人が場所を移動していたというのもあるだろう。 二人は二人なりに、なるべく人目の付かない場所を選んで歩いてきたというのもあるだろう。 だが、仮にも街中で雑居ビルが未だ多く存在するここで、人の気配が消え去るというのは明らかにおかしい、異変だ。


「おにーさんたち、遊ぼう」


「生憎と暇というわけじゃあないんだ。 これでも俺たち、仕事中でね」


 目の前に、少女が現れた。 真っ黒なドレスのような服を纏った少女が、二人のことを見つめている。 禍々しい眼だと陽介は思うも、突如として現れた相手に警戒し、動きを丁寧に観察する。 その少女は他でもない、シズルの前に現れた少女と同一人物だ。


「ボクはね、ラックス様の命令で「悪いことを企んでる人たちをやっつける」役目なんだ。 ボクは自由に動けるし、自由にやっつけられるからそういうお仕事なの」


「西洋協会の奴か? おいガキ、てめぇが「悪いことを企んでる人たちをやっつける」役目なら、俺とコイツは「生意気なガキのケツをしばく」役目だ、覚えとけ」


「……物騒だねぇ、話せば分かり合えるかもしれないじゃないか」


「一々あめぇんだよ、陽介は」


 少女を睨み、人差し指を突きつける佐嶋に対し、陽介は呆れたように笑う。 得体の知れぬ相手を前にして、二人に緊張やその他恐怖に類する感情は存在しなかった。 だが、その態度は逆に少女の敵対心を煽るには充分だったと言える。


「ボクは化け物だよ。 お兄さんたちもそうでしょう? 何十人も殺したボクと一緒でしょう?」


「はっ、くだらねぇなぁクソガキ。 そんな玩具みてぇな物差しで人を測ってんじゃねーよ。 少なくともオレ様はてめぇよりも余程つえーんだよ――――――――疾風迅雷」


 佐嶋の周囲を雷が覆う。 彼の持つ疾風迅雷は、雷を操る文字だ。 その操作範囲はかなり強大なもので、更に彼の力には裏がある。


「喜助、気を付けて。 彼女に影を踏まれるのはあまりおすすめしない」


「影? ああ、へぇ……そういう文字か。 りょーかい……手を貸す気はゼロかよクソ野郎」


 その言葉は、少女の耳にも届いていた。 そして、たった数度の会話と一度の接触で自らの文字の断片を掴みつつある陽介に、瞬間的なことであったものの寒気を感じる。 そして遺憾なことに、この状況に陽介は動こうとしなかった。


「いいよ別に、それならネタバラシで良いもん。 ボクの文字は『悪鬼羅刹』。 影を踏んだ人を殺す文字、めんどくさい制約があってさぁ、それってのもボクが殺せるのは『人』だけなんだよね。 あは」


「気色わりぃヤツだな。 つっても立ち会いは立ち会い、正面切って立つってことは褒めてやるよ。 俺の名前は佐嶋喜助、てめぇの名前を聞いておこう」


 懐から短いナイフを取り出し、少女に切っ先を向けて佐嶋は言い放つ。 それを受け、少女は丁寧に頭を下げて応対した。


「ボクの名前はレミリア。 西洋協会特殊部隊隊長、ボクの悪鬼羅刹でお相手しよう」


 その戦いは、影で幕を開ける。 聳え立つ社会の影、その中で人知れず幕を開ける。 そして、その戦いが行われることの意味は、後々大きな物となって一連の流れに影響を与え得るものであった。

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