第九話
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「……っ! ……ここは」
「無事か。 恐らくは西洋協会拠点内部だな」
目を覚ましたアオの視界に入ったのは、暗い部屋に座り込む我原の姿だった。 自分よりも早く目を覚ましたのか、既にある程度の状況は理解しているようにも見える。
「西洋協会の拠点……? なんでまた」
「オレが聞きたいくらいだ。 出口はある、敵の懐に潜り込む当初の予定通りだな」
その言い方には、自虐的な笑いが付けられていたのは言うまでもない。 突然の敵、ラハマと名乗った少女を前にし、擦り傷一つ付けられず、ほぼその少女の思い通りにされたと言っても過言ではない。
「……つーことは、我原さん僕が起きるの待っててくれたんすか? やさしーなー」
「貴様の頭が必要だというのは自明の理だろう。 損得で考えた結果だ」
この相手がギャルゲーのキャラクターであったなら、顔を赤らめ照れ臭そうに言葉にしてそうなセリフだ。 しかし、アオの前にいる我原は淡々とその事実を述べるのみで、更にはその言葉に嘘も誇張も一切含まれていない。 端的に事実のみを告げる姿は実に我原らしいとも言える。
「ま、そりゃそうっすよね。 つっても僕にできることも限られてますけど……電波なし、無線も使えないっすね」
アオは言うと、まずは自らが置かれている状況を認識していく。 所持品には変化はない、文字も問題なく使える、いる場所は湿度と壁、そして天井などの構造から地下だろう。 自らをこの状況に招いた少女、ラハマの姿は当然ない。
「アオ」
「出られるには出られるけど、果たして飛び出して大丈夫か否か……はい?」
思考の海に身を落とすアオに、我原が声をかける。 アオは若干の遅れがあったものの、我原の方に顔を向けた。 我原はアオに全てを任せているのか、壁に背中を預けて座り込んでいた。
「……一応伝えておく。 もしもオレの身の上話を他言するならば、殺す」
「あー、妹のことっすか?」
「ああ」
「……そりゃお互い様っすよ。 僕の話も内緒でお願いしますねー」
あくまでも軽く、アオは笑いながらそう言った。
「分かっている。 だが、もしもオレに手伝えることがあれば言え。 可能な範囲で手を貸してやってもいい」
「……はい!? なんすか!? ……え!?」
アオは数秒、その思考が停止した。 しかしその記憶を掘り起こし、我原が数秒前に言ったことを頭の中で反復させる。 させるのだが……どうにも、理解が追いつかない。
我原が自分に協力すると言った。 しかも、それは頼んだことでもなく、我原自らの意思で、だ。
「……我原さんでもデレるんですか?」
「死にたいなら素直にそう言え。 単に貴様がいないと成り立たないことが多すぎる、アオ……お前は自分で思っている以上に、神人の家にとって必要不可欠だ」
言われ、アオは笑みを浮かべる。 そう言ってくれたのが我原以外であったら、アオはきっとそこまで喜びはしなかっただろう。 だが、言葉にして伝えてくれたのが我原だったからこそ、アオはその言葉が嬉しく感じれた。
「お互い様っすよ、そんなの」
「どうだかな。 少なくともオレは、対策部隊を殺すことしか頭にはない。 そのために神人の家という組織を利用しているだけだ。 より効率的に、確実に奴らを殺すために」
そうは言いつつも、我原の行動は常に神人の家を最優先したものだ。 結果的にそれが対策部隊をより多く殺せると踏んでのことかもしれないが、少なくとも彼の動き、存在というのもまた、神人の家に必要不可欠だとアオは感じている。
いいや、それだけではない。 神人の家に所属する全員が、必要不可欠な人材だ。 その人材を集めきった獅子女をここは褒めるべきなのかもしれない。
「じゃあまぁ、僕はそう思ってますよってことで。 んでどうします? 僕らの選択肢は三つ、ひとつはここで助けを待つ」
アオは指を一本立てると、そう告げる。 そのまま我原の言葉を待つことなく、続けた。
「ふたつめはここからの脱出を目指して動く。 そんでみっつめは……」
「頭を落としに行く、だな。 それをオレに聞くか? アオ」
「無粋な質問でしたね。 そんじゃいきますかー、あのわけわかんない超常生物さんの手土産ですしね」
あのラハマと名乗った少女は、完全に西洋協会の味方というわけではないのだろう。 あの少女の目的はあくまでも愉しむことに他ならない。 そのため、アオと我原をわざわざ拠点内部に飛ばしたのだ。 その結果、西洋協会が滅びようとラハマにとっては愉しみの一つでしかないのだ。
「ああ」
言う我原は、どこか遠くの方へと顔を向けている。 それを見たアオはすぐさま口を開いた。
「ロクドウさんのこと気にしてんすか?」
「ある意味ではな。 あいつの相手をすることほど、不幸なことはない」
「あはは、そりゃ言えてますね。 めんどくさいし口うるさいっすからねー」
「……」
アオが言うと、我原は数秒、アオの顔を見た。
「……チクんないでくださいよ?」
「お前の態度によって、だな。 行くぞ」
「……数秒前に戻りたいっす」
そんな会話を繰り広げながら、アオと我原はその地下室から出て行くのだった。
「あんた何したのよ……! どんなとんでも文字を使ってるわけ!?」
「答える義理はないね、それにどうやらわたしには答えようがない」
西洋協会拠点、北門。 そこで相対していたのはロクドウ、そして先ほどまで南門に居たはずのアリス、リリーの二人だ。 その移動こそラハマによって行われたものであったが、アリスもリリーもそれを知る由もなく、ロクドウの仕業だと思いこんでいる。 ロクドウも当初は二人の内どちらかの文字かと勘ぐったが、二人の態度からしてそれは違うとの結論に至っていた。
「まぁ良いわ、あんたが敵ってことは明らかだし、さっきの空からの砲撃もあんたの仕業? それともお仲間? どっちでも良いけど、ここに入るってことはどういう意味かは分かってるわよね」
「愚問だね、そのどれもわたしには答える必要がない。 ここに入ることの意味は、差し詰め「西洋協会壊滅の危機」といったところかな」
「……はっ! 良いわ、上等よ。 それなら身を以て分からせてあげる」
前に立つはリリー、銀髪に金色の眼を持つ少女だ。 メイド服のような黒を基調としたドレスを着ており、戦闘向けではないと思われる服装ながらその発言は強気そのものである。
その後ろで見守るように立つのはアリス。 金髪に銀色の眼を持ち、リリーと同じ服を身に纏っている。 しかしリリーとは違い、白を基調としたドレスだ。
「後ろの子は戦わなくて良いのかな。 勝ち抜き制? それとも補助役かい?」
「アリスは物騒なこと苦手なだけ。 妹のこと守るのが姉としての務めよ」
「ふうん。 姉妹キャラって一緒に戦わないとクソ雑魚ってアオ君は言っていたけれどね」
ロクドウは着ていたワイシャツの袖を捲る。 自らを孤児か何かだとアンドレイに思わせるための身なりであったが、動きやすいことは気に入っている。 普段、家での服装というのもあるかもしれないが。
それよりも、ロクドウにとっては面倒臭いと思わざるを得なかった。 アンドレイという相手を倒した後、すぐにでも目の前に聳え立つ塔内へと入りたかったのだが……こうして目の前に新たな敵が現れた以上、無視することはできない。
「……シシ君に給料を歩合制にできないか相談するべきかな」
オーバーワークというのは好きではない。 現状、アオの企みによって俗に言う「悪いお金」というのは定期的に貰っているものの、それを改善して欲しいとロクドウは切に願う。 彼女にとっていくら戦おうと大した問題ではないものの、精神上の疲れというのは存在する。 と言っても、これまでに想像を絶するほど過酷な体験を数多に渡って経験してきたロクドウにとって、それもまた大きな問題ではないが。
それに、相手は想像以上に厄介な代物かもしれない。 二対一という有利な状況の中、敢えて選ばれている一対一の現状。 リリーの言葉通り、アリスの方が戦闘向きではないということならば……そのアリスがここに居る理由は何か。 ただ単に寂しがり屋か、それとも姉妹というのであれば、或いは。
「わたしの前で考え事って随分余裕ね……!」
リリーの体が消失する。 否、単純に見失った。 次の瞬間、ロクドウの考えがその「リリーの姿が消えた」ということから「攻撃が来る」という認識に変わる前に、ロクドウの思考は一度シャットアウトされる。
「ん……ああ、へえ。 面白い」
気付いたのは、ロクドウの頭部が再生してからだ。 そう、再生。 ロクドウは今のリリーの攻撃で、一度死んでいる。
速度と威力が常軌を逸している。 明らかにそれは文字の影響に依るもので、問題はその文字が何か、だ。 文字が分かればそこから関連性を見出し、対策もできる。 最悪、獅子女にさえ文字を知らせれば彼は文字自体を消し去ることもできる。
しかし、それまで果たして耐えきれるかどうかが問題だ。
「……はぁ!? あんたなんで頭ぶっ飛ばして生きてるわけ!?」
「君が驚くのは勝手だが、それに答えたら君の文字も教えてくれるのかな?」
想像以上に厄介だ。 ロクドウは思う。
たった今、リリーの拳に付着した血液からロクドウもまた文字を使っていた。 六道輪廻、精神に影響を及ぼす文字を。
しかし、それが全く効いていない。 桁外れの身体能力に加え、精神干渉さえ無効化。 相当厄介な相手というのは、間違いない。




