第七話
――――――――対策部隊:司令部――――――――
「さて諸君、本日集まってもらったのは他でもない、関東地区南部を不法占拠している輩についてだ」
重厚な声が響く。 木製の長いテーブルを挟み、その室内へと居るのは全部で五人。 空席が五つあることから、欠席している者の存在も疑えた。 重苦しい雰囲気とも言える中、全員が着席したのを確認し、声を放ったのは四十そこそこの男である。
「当日に使いの者を飛ばしたが、残念ながら気持ちの良い返事は返ってきていない」
そのことはその場に居る全員が知るところである。 西洋協会との話し合いの場を持つため、対策部隊は西洋協会が声明を発した直後、使者を向かわせていた。 だが、数時間後に返ってきたのは全く期待外れの返事であった。
西洋協会が寄越したのは一枚の封筒。 その中には文ではなく顔が描かれており、その似顔絵のようなものの丁度口の部分に人間の舌が貼り付けられていた。 血飛沫は紙の至るところに飛び散っていた具合である。 そしてそれ以降、使者の存命は確認されていない。
「つってもよぉ若旦那、あいつらはあそこから動こうとしてねえんだろ? だったら放っておきゃ良いんじゃね?」
耳と口、そして眉にピアスを付けた男が言う。 その風貌はこの空間にはとても似つかわしくないものであったが、男が身に着けている服は感染者対策部隊の将官が着る軍服だ。 極僅かな人材しか着ることが許されない服、黒を基調としたコートのようなもので、女性の場合は白を着用することになっている。
その男の名は葛原元矢。 感染者対策部隊司令部という肩書を持つ男である。
感染者対策部隊司令部は、駆逐隊の更に上に値する階位だ。 事実上、対策部隊のトップの集まりと言って良い。 その人数は常に十人で固定されており、全員が全員人間離れした実力と文字武器を有している。
「そういうわけにもいかない。 この国に身を置く立場でありながら、不届き者を見過ごすわけにもいかないのだ」
「でも実際、一番困ってるの神人の家さんたちとかチェイスギャングさんでしょ? 元々あの地区は無法地帯みたいになってたし、放っといても良いとあたしも思うけどなぁ。 あ、神人の家のボスさんと遊ぶときはあたしにお願いね。 あたし好みの性格っぽいし」
「今は、の話だろう。 朱里、元矢、お前らはもう少し頭を使え」
最初に声を発した女性は源|朱里。 司令部の中で唯一の女性で、前を肌蹴させ着ている上着、そこから見える胸元は薄い布が巻かれているだけに加え、下半身は太ももすら露出した大胆な格好をしている。 舌なめずりをしながら、妖艶に笑っていた。
そして、次に声を発した男はマミヤと呼ばれる人物である。 黒髪短髪、清潔感のある雰囲気を持っており、声はクリアなもので濁りというのが存在しなかった。
「マミヤの言う通り、今後の動きが見えないのが問題だ。 奴らの主張は日本の占領というのもあり、あの地区だけに留まる話ではない。 動かれる前に手を打つべきであるが、厄介なのはチェイスギャングと神人の家の動向だな」
「神人の家の方はぶっちゃけいつ殺り合っても不思議じゃねーけどな。 あいつらがお家を取られたくらいでヘコむような奴らならとっくに俺が食っちまってるよ」
「ああ、葛原の言う通り神人の家は既に動きを見せている。 対するチェイスギャングだが、あまり良い答えは返ってきていない。 夢村」
チェイスギャングは、対策部隊とのパイプを持っている。 一般市民に無闇矢鱈に手を出さない彼らは、一つのある種企業として認められている節があるのだ。 もっともそれは公なものでは当然なく、極秘裏に作られている関係であるが。
「はい。 チェイスギャングについてですが、彼らの主張は「被害があれば我々も介入する」というものです。 ですが現状、西洋協会が占領している地区はチェイスギャングの管轄外ということなので、事実上無干渉という意味ですね」
「自らの縄張りに入られない以上手出しはしない、まるで犬みたいで可愛いわね」
「果たして犬で済むかねぇ……あっこのジジイとはやり合いたくねえよ、俺は」
源の言葉に返したのは、葛原だ。 その言葉から過去に戦ったことがあるかのように感じさせる。
「それと先程入った情報ですが、神人の家がどうやら西洋協会の自称する領地へ攻撃を仕掛けたと」
そう言ったそのとき、室内の空気が一瞬だが静まり返った。 感心したかのように息を吐いたのは葛原、嬉しそうに目を開いたのは源、顔付きを曇らせたのはマミヤである。
そして。
「それでどうするの? 外から見れば、国を守るために真っ先に動いたのは神人の家ってことになっちゃうわよ?」
「……まずは様子見だ。 敵の戦力が分からぬ内に動くわけにはいかない」
「ったく慎重すぎんぜ若旦那。 それともあれか? 娘が居るからか?」
葛原の言葉に、言われた男は視線を向ける。 一瞬流れる殺気は、その場に居る誰もが明確に分かるほど威圧的なものだ。
「言葉が過ぎるぞ、元矢。 私たちは感染者対策部隊司令部、その意味を分かって言っているのなら……」
「よせ、マミヤ。 葛原の言いたいことも分かる、俺の娘が感染者となったのは俺の落ち度でもあるだろう。 だが、成すべきことは変わらない」
「……っと、冗談っすよさすがに。 俺が悪かったから怒らないでくれよ――――――――四条さん」
感染者対策部隊司令部、その中での司令官。 つまり、実質的に感染者対策部隊のトップ。
その男の名は、四条幻水。 数多く居る文字刈りたちの中でも飛び抜けた才能、そして類まれなる肉体を持つ、言わば最強の人間。 それが、この男だ。
「時期が来れば神人の家も消し去る。 しかし当面は横槍を差してきた西洋協会の対策に当たるべきだ。 まずは神人の家の動きを観察し、情報収集に当たるぞ。 お互いがお互いを潰し合ってくれるのならば願ったり叶ったりだ。 夢村、欠席している者にも通達しておいてくれ」
「はっ!」
「では、各自全部隊に通達を。 解散」
個にして軍、それが対策部隊司令部の面々が常々言われることだ。 たった一人にして、一国の軍事力と同程度の実力を持ち合わせた者達。 事態は確実に、誰もが思っている以上に巨大、かつ最悪の方向へと転がっていく。
司令部が動くそのとき、感染者と人間による長い戦いは幕を閉じる。 それを象徴するかの如く、四条幻水の眼には日本の街並みが映っていた。




