第三話
――――――――二十時間前:我原宅――――――――
「この状態、状況でもっとも良い策っすか」
それが我原の指示であった。 現状から最善の攻め手を導き出す、そしてそれに従い行動をするというもの。 その指示を聞いたアオはすぐさまタブレットを開き、情報の収集及び策を練ることに没頭した。 ベランダに足を運び、手すりに身体を預け、遠くにあるアジト方面へと視線を向ける。 遠巻きでも分かるほどにその土地は変化しており、なんらかの文字によって地形ごと変えられているのは明白だ。 聳え立つ城のような建造物に、更地と化している地区……たった一夜にてこれほど分かりやすく制圧してしまうなど、生半可な敵でないことは明白だろう。
獅子女の帰還まで耐え忍ぶ、それをするのは楽でありもっとも堅実な選択だろう。 そして西洋協会が獅子女の存在を認知しているのなら、西洋協会もそれに備えてくるはずだ。 だからこそというわけではないが、今この状況下に置いて先手を取り攻撃をするというのは向こうも予想はしていないはず。 何より、この状態を良しとするのは納得がいかない。
「攻撃手段はシズルさんか。 その辺はさすが我原さんって感じっすね」
シズルは既に動いている。 西洋協会の拠点を攻撃すべく手段、それがシズルの文字というわけだ。 今は乾坤一擲を何度も使用し、その武器を得られるまで繰り返しているらしい。 となれば、自分が考えるべきは「どのように攻撃するか」というものである。
我原はこの流れを予見していた。 それがあったからこそ、シズルに早い段階で動いてもらうことができた。 普段はあまり接することがない人物であるものの、他の誰よりも神人の家に所属する者のことが分かっているのだろう。 このまま獅子女が帰還するまで耐え凌ぐ、ただ耐えるだけというのは誰も望んではいない。
手札はある。 となれば、その手札をどのように切るのかというのが問題だ。
「敵の戦力は未知数……それはあんま関係ないか。 分かってるに越したことはないけど」
分からないのであれば、それについては考えるだけ時間の無駄だ。 不要な思考は排除し、今できる最善の選択を組み立てる。 それこそが現在指揮を執っている我原のオーダーだ。
「手段はシズルさん、それが今切れるこっちの手札。 相手は拠点を構えていて、おおよその場所は分かってる。 シズルさんが良い目を引くのは確定してるとして……20と18は作戦には合わない。 19はそもそもマズイし、16……16か。 切るのは16番、けど場所をもっと正確に割り出さないと僕らまで危ないから……」
そこで、アオの思考に一つの答えが浮かび上がった。 だが、それはとても大きな声で言える答えなどではない。 苦笑いし、どう伝えようかということに次の思考を傾けるのであった。
「アオ、頼む」
それから数分、いくら考えても答えが出てこないということから、ひとまず全員をその場へと集めた。 我原の望みどおりの案は出来ている……が、果たしてこれは大丈夫なのだろうか。
「えーと、まず肝心の攻撃手段っすけど、シズルさんの文字を使います」
アオは言いながら、操作しているパソコンのモニターを全員へと向ける。 我原、ロクドウ、村雨の三名。 シズルには今も継続して文字を使用してもらっている。
そう、現時点で戦力が大幅に低下している神人の家において、最大の攻撃力を発揮できる文字……それがシズルの乾坤一擲なのだ。 運任せ、そんな言葉がぴったりと当てはまるシズルの文字こそ、現状で切り札となり得る。
「番号は16番、それが出るまではシズルさんにダイスを振ってもらう。 ってことでシズルさんには出すべき番号は既に伝えてあります……で良いんすよね?」
アオは言いながら我原の顔を見た。 小さく笑った我原の様子からは、アオの事前準備が完璧なことを意味している。 我原とて頭が回らないわけではない、アオ同様に使うべき手札がシズルだということは理解しており、それがあったからこそ予め伝えてあったのだ。 強力な目が出るまで振り続けろ、と。
その我原の準備も、アオの作戦によって補完され、出すべき番号が確定される。 アオが選んだのは16番、その破壊に特化した番号だ。
「乾坤一擲の16は『衛生レーザー砲』っす。 拠点を構えている相手であれば、楽にその辺り一帯を焼却って流れっすね」
「待ってアオちゃん、確かにシズルの文字ならアオちゃんの言う通り、広範囲に攻撃できるけど……それって私たちも吹き飛ぶわよね?」
「まぁそうっすね。 だから正確な場所を絞らないといけない、遠目から見て大体って場所は分かりますけど、その大体で撃って外れれば勿論駄目ですし、当たったとしても局地的に集中させないとってことっす」
「……それで、その後は?」
アオの説明に、我原が口を開く。 そう、アオの策はそれで終わりではない。 シズルの文字によるレーザー砲、それが例え命中したとしても、敵は健在である可能性も考えなければならない。
「僕が集めた情報だと、まぁ敵さんたちが居る場所は城壁のような壁に阻まれてるっす。 んで、通れる場所としたら正面から行った北門、んで海沿いにあたる南門っすね」
モニターが移り変わり、CGによって再現されたモデルが表示される。 壁は決して超えられないほどではないにしろ、その先が見えない以上危険だろう。 超えたところで一斉に攻撃を食らえば、我原やロクドウであればともかくとして、他の者は致命傷になり兼ねない。
「西洋協会の声明からは、絶対の自信が読み取れます。 事実それだけ強いんでしょうけど、そーいうのは防御を手薄にするってわけっす」
次に表示されたのは、その壁に覆われた地区にある門だ。 アオが言うところの北門だろう。
「割いていたとしても、強力な感染者は一人ずつっすかね。 西洋協会は自らの力を誇示したい、だから防御は手薄にする」
「どうぞお入りください、ただし足を踏み入れれば殺しますってところだね。 彼ら的には、わたしたちの今のこの行動は大いに喜ばしいものだろうさ」
神人の家で勝てない、という事実が出来上がれば地区の制圧はより強固なものとなり得る。 西洋協会の力が未知数という今の状態こそ、西洋協会にとっては喜ばしくはないものなのだ。
一刻も早く何者かが攻め込んで来ることを望んでいる。 そしてそれを圧倒的な力でねじ伏せ、徐々にこの日本を制圧していく。 それが、ラックス=リーライの狙いだ。
「それを考慮すればやっぱり獅子女さんが帰ってくるまで待機ってのが一番なんすけどね。 まぁそれじゃ腹の虫も収まらないんで僕たちで殺しましょーってのがこの作戦っす」
「ああ、そうだな。 それで手薄であればシズルの攻撃から侵入することは容易い、意表を突ければ一気に喉元まで辿り着ける、ということか」
「っす。 まー組織の弱いところっすよそれは。 頭が落ちれば手足は無残なものってね、僕らと一緒ってことです」
アオは自虐的に言う。 あまり考えたくないことであるが、神人の家にとって獅子女結城は頭だ。 その獅子女が殺されようものなら、きっと自分自身も気力など全て吹き飛んでしまうだろう。 全員が全員そうとも限らないが、敵の士気というものならば確実に削ぐことができる。
「シズルさんの攻撃後、北と南に分かれて侵入します。 そこからは無線での連絡になりますが、あとはラックスのところへ行って首を落とすって流れっす」
「……」
アオの言葉に、我原は目を瞑り思考をする。 その横に居る村雨は、訝しげな表情をしていた。
「ごめんアオちゃん、シズルの文字で攻撃して、侵入するまでは良いんだけど、その後が雑すぎない? 敵の位置は? 敵は体勢をどれほどで立て直すか、割り振りはどうするか、具体的な行動はどうするかってのが分からないと、正直賭けの要素が多すぎるわ」
「まぁまぁ落ち着きなよムラサメ君。 それこそアオ君にはまだ話していないことがあるようにわたしは見えるがね」
「……アオ、全て話せ。 敵の戦力が未知数なのは仕方あるまい、だが今のお前の策ではオレたちはただの袋の鼠にしかなり得ない」
言われ、アオは視線をわざとらしく逸らす。 何度か声を漏らすも、何を言うか、どう言うかを悩んでいる様子である。
「話し給えよアオ君、さぁさぁ秘密はよくない、わたしに隠し事はしないという約束だろう?」
ロクドウはそんなアオをからかうように言う。 いつもハッキリと物事を、特に組織の行動に関するものであれば明確に伝えるアオが珍しかったのか、ロクドウは楽しげだ。
が、その様子もアオの言葉によって変わる。
「えーと………あーもう言っちゃうか。 えっとですね、ずばり名前を付けると……この作戦ってロクドウさん囮作戦なんすよね」
「……は?」
それは、ロクドウですら予想できなかった策だった。




