第二話
――――――――西洋協会拠点:裏門――――――――
「リリー、敵は?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、正門はアンドレイさんがいるし、裏門はわたしとアリスの最強に可愛い最強コンビだしねっ」
「……リリー、それめちゃくちゃアホっぽいからやめたほうが良い」
瓜二つな外見の少女たちは、石で作られた門柱の上にそれぞれ座っている。 その背後にあるのは広大な更地で、その中央に立つは縦長の城だ。 既にその区域には元々の面影などまるでなく、何者かが文字によって地形も構造物も変えているのは明白だった。
「それに強い強いーって噂だった神人の家? だっけ? あそこも大したことなかったし。 二人がかりでわたし一人に負けちゃうレベルだしねー、たかが知れてるって感じ」
足をパタパタと動かし、銀髪に金色の眼を持つ少女は無邪気に言う。
「油断大敵。 一番気を付けないといけないのはわたしが殺されること」
行儀よく膝の上に手を置き、金髪に銀色の眼を持つ少女は冷静に言う。
リリーとアリスは、常に行動を共にする双子の姉妹だ。 西洋協会という組織の幹部を務めているものの、部下を取り締まるという役目を負うことは殆どない。 その仕事は彼女たちにはとことん向いてなく、そして彼女たち自身もそれを好んではいない。
「……分かってるけど自分が一番可愛いみたいな意味含まれてない?」
「リリーに比べればわたしの方が可愛い」
「んだとこのブスっ!!」
リリーは立ち上がり、数メートルほど離れた石柱に座るアリスへと飛びかかる。 良くも悪くも年相応という言葉が似合いそうな二人であり、その光景を見れば部下を引き連れないのも納得だろう。 そして、そんな二人に声を掛けたのはハンチング帽をかぶった青年だ。
「落ち着きなよ二人とも。 この林檎でも見てさ」
「……なに? なんか文句でもあるの? ジャン」
「この真っ赤な林檎はリリー、そしてこっちの薄くも綺麗な林檎がアリスだとしよう」
ジャン=ルイ=アルダン。 その青年の名であり、そして肩書きは幹部と呼ばれるものだ。 リリーやアリスと同じ立場の者で、そんな青年はにっこりと笑みを浮かべながら門柱に立つ姉妹に向け、懐から二つの林檎を取り出して見せた。
「リリーの方は赤すぎて作り物みたい」
「アリスのは薄くて林檎には見えないけどね」
「そういがみ合うのは良くないことだね。 この赤い林檎は見て分かるほどに身が熟してそうだし、この薄い方は良い感じに甘そうだよ」
困ったように言うも、ジャンの顔は笑顔だ。 そして二人の目の前で、それぞれの林檎を一口ずつ齧る。 小気味が良い音を立てながらジャンは林檎を咀嚼し、飲み込んだ。
「うん」
そして、数秒。 ジャンはその林檎を二つとも投げ捨てる。 重力によって落下したその二つは、呆気なく砕けて地面へ模様を付けた。
「両方共にとても食べられた物じゃなかったよ。 大事なのは見た目より中身、ということだね」
「リリー、ジャンを殴っても良い?」
「そうね、わたしも同じことを考えていたわアリス」
「物騒だね君たち姉妹は」
ジャンは言い、その笑みを優しそうなものへと変える。 そして、両の手の平を上へと向けた。
次の瞬間、ジャンの手に二つの林檎が収まる。 それはつい先程砕け散った物と同一で、地面にシミを付けていた二つの林檎は元に戻っていた。
「ほら、君たちも食べてみなよ。 そうすればこの争いが如何に愚かなものか分かるだろうからさ」
笑顔のジャンに、不満そうな顔を向けるリリーとアリスであった。
――――――――西洋協会拠点:正門――――――――
「まったくラックスさんも人使いが荒いですよね、現地調査でくたくたな僕に見張りまでさせるなんて……」
そこに立つのは、アンドレイ=コロトロフ。 西洋協会幹部にして『強食自愛』という文字を持つ感染者だ。 穏やかそうな顔付きであるものの、その口からは不満というものが漏れている。 だがそれも本当に嫌気が差しているというわけではないだろう。 むしろ、その状態を楽しんでいるかのようにも見える口振りだ。
「それにいくら見張ってようと、誰かが来たところでこの拠点を落とすなんてできっこないのになぁ」
アンドレイは言い、背後に目を向ける。 そこにあるのは広大な土地で、中心に立つのは塔のような城だ。 ラックスがこの地を踏み締めてから既に一日が経過しており、対策部隊は動いているようだが、すぐには攻め込んで来ることはないと見ている。 こちらの戦力も満足に理解していない今、どの勢力も動くことはないだろう。 数週間は暇な時間が続く、それがアンドレイの見立てであった。
「おにいちゃん」
「……ん?」
声が聞こえ、アンドレイは体の向きを直す。 視界に入ったのは一人の少女、十歳程度の見た目をした少女だった。 幼く、不思議そうな目をこちらへと向けている。
「あのお城はなぁに?」
つぶらな瞳で、首を傾げて少女は言う。 迷子なのか、こんな場所をのこのこ歩いているというのは危なっかしいものだ。 今では対策部隊が隔離化を進めており、普通なら立ち入れる場所でもないが……避難に遅れたか、それとも身寄りがいない少女かのどちらかだろう。
「迷子かな? 駄目ですよーこんなところを歩いていたら。 怖い人たちに食べられちゃうかもしれませんからね」
「……おにいちゃんも怖い人なの?」
「あはは、僕は無闇に人殺しなんてしません! こう見えても命を粗末には扱わないので」
「おにいちゃんはいい人なんだね。 ここで何してるのー?」
よく見れば、その少女の格好は薄汚いものであった。 捨て子、その可能性がもっとも高そうだ。 そして捨て子だとすれば、かなりの高確率で感染者だろう。 感染者だと分かった場合、捨てられる子供が殆どなのだ。 そこまで考えが至り、アンドレイは同情心のようなものが湧いた。 自分もまた、同じ感染者だということから。
だからと言って、少女を守らなければいけないということはない。 しかし、多少の馴れ合いはラックスも許容してくれるだろうと判断し、口を開く。
「僕はここで見張りをしてるんですよー。 人が入ってこないようにですね」
「入っちゃだめなの? あのお城はー?」
年相応とでも言うべきか。 あらゆることに疑問を抱いてしまうようだ。 アンドレイは和やかな雰囲気に少々笑い、少女の指差す城へ視線を向けた。
もしもこの少女が自分の正体を知ったとき、なんて言葉をぶつけてくるんだろうか。 人を喰らう文字、強食自愛という文字を見たとき、どのような言葉を発するのだろうか。
そんなことが頭の中を過ぎったが、想像する言葉は気持ちの良いものではない。 感染者は等しく化け物だと罵られるが、その中でも特別化け物地味た文字を持ってしまったのが自分なのだから。
「あのお城は僕たちのボスが居るんですよ。 危ないから近づいたら駄目ですよ? もしも入れば、僕もあなたを攻撃しなければならないですしね」
「えー、怖い! そのボスさんはおにいちゃんより強いの?」
「もちろん! 僕が蟻さんだとすれば、ライオンさんくらいには強いですよ」
アンドレイはあやすように、両の手を掴む形へと変え少女へ向ける。 それを見た少女はニッコリと笑った。 どこか、作られたような笑み。 そして、少女は耳に手を当てる。
「わたしだ。 馬鹿がペラペラと喋ってくれたよ、座標に狂いはないから問題ない。 そこから十五キロ南南東だ」
アンドレイは目を見開く。 直後に理解した、目の前に居る少女は――――――――敵だ。
身構え、殺すべく少女に手を伸ばす。 その判断はとてつもなく早く、敵であれば始末しなければならないというアンドレイの意志も垣間見える。 だが、背後からの熱風によって身体がよろめいた。
「何がッ!?」
信じられない光景だ。 空から無数の光が降りてきている。 雲を裂き、空気を裂き、それらの柱は西洋協会拠点へ爆撃の如く降り注いでいる。 まるでファンタジーのような光景は、もっとも可能性の高いものとして自身の頭がイカれてしまったと思えるほどに現実離れした光景だった。
「気を付け給えよ。 わたしたちには怒らせると恐ろしい子が多くいる。 ああそれとだが、わたしのことをお嬢さん呼ばわりは少々早いぞ、ガキ」
少女の見下したような顔が目に入る。 だが、その顔も頭上に降り注いできた光によって、消えてなくなるのだった。




