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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第三十一話

「さてと」


 言いたいこと、伝えたいことは伝え終わった。 後は真也がどう動くかに掛かっていると言っても良い。 どの道、死ぬかもしれない可能性があるのは桐沢と東雲であり、その可能性がない自分にとってはどちらに転んでも良い話だ。


「琴葉下がってろ、なんかあったら大声出せ」


「……なんか小学生みたいな扱いだ」


 獅子女の言葉に、琴葉はそう漏らす。 そんな琴葉を見て、獅子女は背中を向けて告げる。


「それが嫌なら強くなれ。 俺は仲間なら守る、俺の方が強いからな。 強い奴が弱い奴を守んのは当たり前の話だけど、弱い奴が不満を言うのは違う」


 いつになくキツイ言い方であったものの、その言葉は獅子女だからこそ言える言葉だと、琴葉は同時に思った。 それこそどんな相手にだろうと負けはしないだろうと思わせるほどに、獅子女は強い。


 だから言えるのだ、その言葉が。 そして、それは琴葉の立場を再認識させるものでもあった。


 ――――――――弱い。


 神人の家の中で、琴葉自身がもっとも弱いというのは本人も分かっていることだ。 足を引っ張っているか、と獅子女に問えば、返ってくる答えはきっと「役割の違いだ」というものだろう。


 獅子女や雀、我原が戦闘に重きを置いているのだとしたら、琴葉はサポート面で大いなる力を発揮できる。 だが、それを他の者たちほどに発揮できているかと言えば、できていない。


 言われた琴葉は押し黙り、それをチラリと獅子女は見たあと、強く言い過ぎたかと一瞬思う。 が、次に聞こえてきたのは琴葉の声だ。


「あたし、おにーさんより強くなるからっ!!」


 その言葉に歩みを止めた。 琴葉はそういう奴だったと思い出し、獅子女は笑う。 どうやら要らぬ心配だったらしい。


「期待してる」


 獅子女は言い、前方で起こっている戦いに身を投じる。 既に東雲の方は限界が近い、どうやらかなり強力な文字のようだが、肉体的負担は多大なのだろう。 それは桐沢も同様で、自らとの戦いからエドワーズとの戦い、その連戦は慣れていない桐沢にとっても体力的に難があるのだろう。


「加勢してやる、妄想男に茶髪女」


「俺の名前は桐沢だッ! 正直お前もムカつくけど、助かる」


「……共闘はしないと伝えたはずですが」


 本音を漏らす桐沢に反して、東雲は自らの意思が固い様子だ。 傍目から見てもキツイ様子だというのに、断固として自らと協力関係は築きたくない様子を見せている。


「別に一緒に力を合わせて倒しましょうってわけじゃねーよ。 好きなように戦えば良い、んで俺が邪魔になるなら俺ごとぶっ飛ばせばいい。 俺ももちろんそうするけど」


 目の前に立つエドワーズは依然として無傷だ。 一切の攻撃が通用しておらず、桐沢の文字を活用して尚倒せない。 そのからくりは既に割れたものの、問題はそれまで粘れるか、ということになる。


「そうですか。 では、そうさせて頂きます」


「は?」


 聞こえてきた声は、背後から。 獅子女は東雲の行動が読めず、後ろを振り向く。 が、その前に体が前へと飛んだ。 目に映った光景は、足を上げた状態の東雲の姿。 蹴られた、蹴り飛ばされた、もちろんそうなれば獅子女は前へと倒れる。 その好機をエドワーズが見逃すわけがない。


「宗馬くん、今の内に態勢を立て直しましょう」


「お前案外大胆なことするんだな……」


 二人の会話が耳に入り、東雲の行動理由についても合点がいった。 獅子女を囮にし、その間に態勢を立て直すというものだ。


「てめぇ茶髪……!」


 獅子女は言うも、自らの体に覆いかぶさってきた死体の所為で声は途中で途切れる。 それを好機とばかりに桐沢、そして東雲は距離を取るように飛ぶのだった。




「夏井、俺だ」


「待っていた。 大体の事情は水無から聞いているよ、あっちの戦いは終わったようだ」


 施設の奥、そこに笹枝紡は捕らえられている。 そこを訪れた神藤と真也は、夏井の言葉により連絡が行っていることを初めて知った。 夏井が事情を知っている、それも水無から聞いているとなれば外の戦いもどうやら終わっていると考えられる。


「てめぇが機構のリーダーか。 思ってたよりもナヨってんな」


「君が噂の龍宮寺くんだね。 話には聞いてる、お互いに想うところもあるだろうけど、この際混み合った話は一旦置いておこう。 お互いのためにもね」


 真也の言葉に嫌な顔はせず、夏井は返す。 その態度を受け、真也も何か言ったところで面白い答えは返ってこないと理解し、眉を顰めるだけに済ませた。


 喰えない男だ、というのが真也の素直な感想である。 そして同時に、人権維持機構という組織を引っ張れるほどの人材にも見えなかった。 戦いに出てこず、完全に指揮系統だけを担っているという情報は真也も握ってはいたものの、それは真也が思う組織の長としての在り方ではない。


「話を聞いているなら早い。 笹枝は……奥だな?」


「ああ、案内する。 ひと言だけ言っておくと、僕から見たら彼女は死んでいる様には見えないよ。 操られている、という方を疑いたくなるね」


「黙って案内しろ。 俺が見りゃすぐ分かる」


 真也の言葉に、夏井は肩を竦め、目の前にある扉に手を添えた。 そこはどうやらロックが掛かっているらしく、夏井の動作に反応するように施錠の外れる音がした。 重々しい扉はゆっくり開かれ、同時に中の電気が灯っていく。


 歩き出す夏井の後に続くように、神藤と真也は歩き出す。 その部屋は広かったものの、何もなく物置として使われているような部屋だ。 奥にはガラスが設置されており、その中に笹枝紡は居る。 手錠をされ、足枷も付けられているその姿は痛々しく、真也は一瞬頭に血が上りそうになったものの押さえ込む。


「紡」


 ガラスに手を当て、真也は短くその名前を呼んだ。 すると、すぐにガラスの壁の中に居た笹枝は顔を上げる。


「……真也?」


「ああ、俺だ」


 ガラスが分厚いのか、笹枝の声は篭って聞こえる。 そして、ガラス越しに会話をする二人を見て、神藤と夏井は顔を見合わせた後、横に付いている機械を文字によって操作した。 それにより、ガラスは上へとずれ、中の空気と合わさる。


「なんか久し振りだな」


「へへ、だね。 一体どういうこと? そいつら、敵だよね?」


 笹枝の言葉は当然だったとも言える。 真也や笹枝にとって、人権維持機構は敵として存在する組織でしかない。 夏井や神藤の顔は笹枝ももちろん知っており、その二人と真也が共に行動をしていることに疑問を感じたのは至極当然のことと言えよう。


「ちょい事情があってな。 お前を助けるために、神人の家に頭下げたんだ」


「……そか。 真也らしい」


 真也から見て、笹枝紡はどこも変わらないようにしか見えなかった。 顔色も仕草も、声色も言葉遣いも、全てが笹枝紡でしかない。 だから真也は獅子女の言葉の真偽を確かめるため、口を開く。


「紡、話がある。 その神人の家のボス、獅子女って奴に聞いた話だ。 俺は正直信じちゃいねえし、信じたくもねえ話で、紡にとっちゃ意味の分からない話かもしれねえんだけど……」


「いいよ、大丈夫。 分からないこともあるけど、それを聞けば分かるってことでしょ? それに真也なら「俺の話を聞け」っていうのがいつもの真也じゃん。 なに言いづらそうにしてんのって感じだよ」


 笹枝紡は何事もないように、笑ってそう言った。

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