第十一話
「以上が今回の十二月事件の報告書となります」
市内にある事務所の一室、書類を読み終えたタイミングで男が口を開く。 二人共にスーツを着ており、上司と思われる座っている男は初老で、部下と思われる男は三十代ほどに見えた。
「なるほどねぇ……まぁ彼らの戦闘能力は未知数だし仕方ない部分もあるっか。 にしても問題は文字刈りの二人が機能しなかったこと、だよねぇ」
「実力不足であったとは思えません。 考え得る可能性は敵の戦力が想定以上だったか、咄嗟のことで本来の実力が出せなかったかのどちらかかと」
感染者対策部隊というのは大きく分けて三つとなる。 まず一般構成員、及び部隊員からなる先遣部隊。 彼らは主に前線に立ち、感染者の捕獲などもこの部隊が実行することが殆どだ。 そして、その上に位置するのが幹部部隊。 これらは強力な感染者が現れたときのみ現場に赴き、全てが文字刈りで構成されている。 実力こそ大雑把に上下があるが、対策部隊の骨と言っても過言ではないほど戦力は大きい。 ここに所属するのが神童礼、及び四条栞だ。
最後に、最上部に位置するのが駆逐隊と呼ばれる者たち。 幹部部隊を遥かに凌ぐ実力を持ち合わせ、非常事態にのみ姿を現す集団だ。 あのロクドウと過去に戦い、今現在もそこへ所属している者も居ると言えば、その実力がどれほどかは分かりやすいだろう。
「いいや、両方ってことも考えられるねぇ。 神人の家はナメない方が良いよ、奴らは感染者の中でも別種レベルの強さを持ってる」
「……そう言えば、益村さんは以前、神人の家の一人を捕らえていたことがありましたね」
「正確に言えば神人の家へ入る前の奴、だけどねぇ。 楽しみすぎて逃げられちゃったから、今度はしっかり殺らないと」
初老の男、益村は言うと、笑う。 まるで玩具を前にした子供のような無邪気な笑い方に、側近である男は寒気すら覚えた。
対策部隊の中には、このような冗談がある。
感染者は化け物だと言うが、駆逐隊こそ真の化け物だ、と。
「これが、十二月事件での容疑者たちです。 やはり連続通り魔事件の犯人は神人の家の一員だったようで、他にも新しい顔があります」
「刀使いに化け物使い。 中々ユニークな仲間たちを集めているじゃないか。 おおっと、こいつだよこいつ、ワタシがイジメてた子」
益村は言いながら、とある男の写真を指差す。 顔立ちはえらく整っており、人間であればモデルをやっていてもおかしく無いような見た目の男だ。
「――――――――我原鞍馬、ですか。 残虐かつ極悪非道であると報告書には上がっております。 こいつと戦った者は、皆精神に異常をきたしていると」
「そうそう、面白いコだよ。 あー、思い出したらなんだかからかいたくなってきちゃった。 なぁ菊地クン、確か人探しのプロが居たよなぁ?」
「……感染者のことでしょうか?」
「そうそうそう、ちょっとそいつに我原クン探させよっか。 暇潰しがてら神人の家の一人を潰せるんだったらだーれも怒らないでしょ」
「畏まりました。 では早速……すいません、ちょっと失礼します」
菊地と呼ばれた男が益村の言葉に答えようとしたところ、突如として携帯が鳴り響いた。 そして、電話を受けた菊地は目を見開く。
「ああ、分かった。 至急手配する。 ……益村さん、お耳に入れておくことが。 たった今、ケセラス医院の施設が神人の家に襲撃を受けた、と」
「……くっくっく! アッハッハッハッハ!! いやぁ、実に実に愉快な連中じゃあないか。 菊地クン、準備したまえ。 ワタシが出よう」
「で、ですが既に幹部部隊の者が」
「――――――――雑魚に任せるほどワタシは優しくないんだよ。 邪魔をするなら殺す、そう幹部部隊には伝えておきなさい」
「……はっ!」
――――――――ケセラス医院・階段前――――――――
「ここか?」
「イエス、花鳥風月で無駄を全て省いた結果、最短で辿り着いた。 ここが目的とする場所の入り口で間違いない」
桐生院の言葉に嘘はない。 そして、花鳥風月の正確さは獅子女も知るところだ。 よって、桐生院が言うようにこの場所が入り口で間違いないのだろう。
が、そう言った桐生院でさえ半信半疑であったのだ。 花鳥風月を使い辿り着いたその場所には、降りて行く階段など存在しなかったのだから。 あるのは壁のみで、物が乱雑に置かれているここは物置のようにも見えてくる。 ある階段と言えば、たった今自分たちが降りてきた階段のみだ。
「……どの壁も妙なところはないですね。 隠し扉というのもなさそうです」
壁や床に手を触れながら雀が言う。 そうなると本格的に手詰まりであるのだが……桐生院を信じれば、ここが施設の入り口ということで間違いはないはず。
「狐に包まれてる気分っすね。 やっぱりミスったんじゃないっすか? 桐生院さん」
「ノー! それはノーだよアオくん。 私の文字にミスなど薄汚れたものは存在しないッ!! なんと言ってもこの美しい私が扱う美しい文字……失敗などあり得ないのだよ。 全てが完璧、全てが美しい、それが私の花鳥風月、さ」
「それ美しいじゃなくて鬱陶しいの間違いじゃないっすかねー」
「それは否定しねえけど、桐生院が文字を使ってミスるとは思えねえな。 桐生院の言う通り、失敗なんて言葉は存在しない」
「え、獅子女くん? ごめん、今なんて?」
「隠し扉も壁の奥にも、床下にも何もなし……か。 雀、考えられる可能性は?」
慌てて言う桐生院の言葉を無視し、獅子女は疑問を雀へと投げかける。 雀はそれを聞き、顎に手を当てて思考した。 今現在、ここに施設の入り口があるとして考えられる可能性だ。
「偽装されている、というのがもっとも筋の通る答えかと。 何らかの方法で偽装、工作がされており、通常では発見することは不可能な入り口が存在する」
雀の言葉を受けた獅子女は壁を見つめながら頭の中で反復する。 そして数秒後、口を開いた。
「それだ。 常識外の常識外、相手はただの政府が擁する施設じゃない。 感染者を擁する施設だってことだ。 アオ、お前の予想はやっぱり正しいな、お前が作ったんじゃないかって疑いたくなるくらいに」
「……いやいや僕じゃないっすよ!? マジマジ、褒められるのは嬉しいっすけど疑われるのは嫌っすよ?」
「冗談だよ。 んでまぁ構造上、作るのは不可能じゃない。 後はそれをどう隠すかってことだな。 アオ、見取り図は?」
「うぃうぃ、どーぞ」
アオは言い、懐からケセラス医院の見取り図を取り出す。 詳細な見取り図は存在する全ての部屋が記されており、容易には入手できないものだろう。
「現在地がここ。 で、階段を後ろにして左側は倉庫か。 右は用具入れ、正面は駐車場の裏手」
「全部どこかに通じていますね」
「ああ、だが一つ違うところがある。 ここだな、絶好の隠し場所だ」
獅子女は言うと、振り返って階段を見た。 そう、隠された入り口は壁や床ではない。 先ほど獅子女たちが降りてきたそこにこそ、存在する。
「普通に行っても無理か。 なら――――――――余計なものは殺すとしよう」
そう言い、階段へ手を触れる。 その瞬間、階段を覆っていた何かが壊れた。 まるで結界のように張られたそれはいともたやすく破られ、その姿を露わにする。 獅子女の文字、生殺与奪はそれが現象である限り、どんなものでも生かし、殺す力だ。 彼の文字にかかれば感染者が操る文字でさえ、殺してしまう。
「これは驚きだ、ここまで堂々とあるとはね」
桐生院の言葉通り、階段部に現れたのは人が一人通れる程度の扉だ。 当たり前のようにそこにあり、そして当たり前のように一般人は気付くことのできない入り口。 まさか人を助ける建物のすぐ下で、人体実験が行われているとは誰も考えすらしないだろう。
「間違いなさそうですね。 感染者の文字を利用しての隠蔽……恐らく文字刈りですか」
「コレ自体は古いだろうから、その文字刈りは居ないだろうけどね。 だけど、実験は恐らくまだ行われている。 人の匂いがする」
「あっはっは、犬っすね犬。 獅子女さんってマジで鼻いいっすよね」
「お前馬鹿にしてる?」
「へ? いやいやまさか、僕が獅子女さんを馬鹿にするって、獅子女さんが首輪付けて僕と一緒に散歩するくらいあり得ないっすよ」
やっぱり馬鹿にしているだろと思いつつも、獅子女は諦めて階段に現れた扉へと触れる。 ひんやりと冷たい扉は、別世界への入り口のようにも思えた。
ある意味それも間違ってはいないだろう。 この中で囚われている奴、感染者、四条琴葉は……五年もの間、世界と隔絶されているのだから。