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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第二十七話

 龍宮寺真也は、目の前で起きる戦いを傍観していた。 柴崎雀、そして人権維持機構に属する三人の戦いを。


 結論から言って、その戦いは拮抗してると言って良い。 というよりかは、拮抗させられていると言った方が適切か。 水無という女の持つ文字武器は不明だが、他の二人の感染者の文字は完全に時間稼ぎのものとして捉えられる。


 まず、冬馬という男の文字。 日進月歩と呼ばれるそれは、指定空間内の人物の位置関係を1000分の999まで戻す文字だ。 指定された空間はこの正面口一帯で、突破しようにも近づくことそのものが困難を極める。 接近した瞬間に文字が使われ、まるですごろくのスタートからやり直しのように、ほぼ動き始めの位置まで戻されるといった具合なのだ。


 正確にいうと、進んでいないわけではない。 ほんの僅かではあるものの進んではいるのだ。 だが、そんなことを繰り返していたら明日になってもおかしくはない。 となれば雀の選択肢としては遠距離からの攻撃になるのだが……。


「こりゃあっちのガキの方か」


 言う真也が視線を向けるのは、ミーニャという名の少女の方だ。 彼女の文字、試行錯誤はあらゆる場面においての対策を可能とする文字。 防衛として対策を尽くすのであれば、彼女ほど厄介な者はそう居ないだろう。


 言ってしまえば、万全とも言える対策をあらゆる可能性を考慮した上で行える文字、ということ。 たとえばの話、人間は右から攻撃が来ると分かれば右手を上げて防御する。 それが左ならば左手で、上空からならば両手を上げて、下からならば回避なども含めて防御行動を取る。 ミーニャの試行錯誤は、それを単純に拡大させたものだ。


 敵の攻撃が銃であれば、銃弾を弾くプラズマ波を。 空爆であるならば電子機器を破壊するEMP爆弾を。 そしてそれが空間すら断絶する一閃であるならば、空間そのものを揺らす音波を。


 とどのつまり、ミーニャの試行錯誤は起こり得る全ての事象に対して万全を期すことができる。 彼女が居る限り、この正面口は難攻不落の防衛ラインになるのだ。 代わりに彼女の攻撃手段はその肉体でしかないものの、防御に関して言えば右に出る者は存在しない。


 現状で言えば最悪だ。 ミーニャの文字がある限り、遠距離からの攻撃は無意味となり消し去られる。 それは恐らく、自身が持つ絶対零度とて同じことだろう。 近づけば日進月歩が、離れていても試行錯誤が、決め手を全て欠いてくる。


 龍宮寺真也は雀に加勢することなく、現状を見極める。 こうなってしまえば消耗戦で、柴崎雀の体力が尽きるか、他三名の体力が尽きるかのどちらかだ。 文字を使用し過ぎれば当然、それに伴い体力も消耗する。 よっぽどの無茶を続けない限り早々切れるものではないが……今はそれに賭けてしまうのが最善だろう。


 消耗は全て柴崎雀に任せ、自分は奥に囚われている笹枝を助け出す。 今この場には神藤総司の姿もない、となれば奥で待ち伏せているのが妥当なところだ。


 そのときのために、今は柴崎雀を利用させてもらう。 いずれ倒れたとしても、万が一殺られたとしても、相手が生きていれば万全な状態の自分なら余裕も良いところだろう。 相手が死んでいるならば是非もない、それこそ笹枝の下へすぐさま行くことができる。


「少しは手を貸してみませんか? 龍宮寺真也」


「やーだよ。 どのみち俺様じゃあ猫の手ほども役には立たねえし、やるだけ無駄だっての」


「それでも出来る限りの力を貸すというのが共闘かと思いますが。 まぁ良いです、役に立たないというのは真理ですし」


「……あのさぁ雀ちゃん? そういうのわりと俺傷付くぜ? こう見えて超ガラスハートなんですよっと」


 それを聞き溜息を吐く雀と、困ったように笑う真也だ。


「随分な余裕ですねぇ言い合いとは。 それこそ例え協力したとしてもお前らに突破できるとは思えませんけど」


 不敵に笑い、ミーニャは二人を見る。 しかし警戒は一切絶やしていない、常に万全の状態で攻撃を防ぐ手立てを整えている。


 それは冬馬も、水無もまた同様であった。 この正面口だけは絶対に守り切るという覚悟、そして意思と決意が彼、彼女らにはある。


 だが、そんな彼女らにも自信が付いたのは言うまでもあるまい。 鴉のボス、龍宮寺真也。 そして、神人の家幹部の柴崎雀。 その両名を相手取ったとしても遅れを取ってはいないのだ。 増してや目的はこの場所の死守であり、それを遂行できている以上、機構側が有利だと言っても過言ではない。


「ん……おう了解」


 そこで真也は、耳に手を当てる。 無線機からの声を聞き、短い返事をして通話を切った。


「彼からですか?」


「ああ、準備完了だとよ」


 隙は、一瞬でもあればそれで良い。 針に糸を通すような小さき隙であったとしても、隙があるという事実があればそれで良いのだ。


 その会話を聞き、何か不穏なことが起きていると感じ、そして違和感を真っ先に覚えたのはミーニャであった。 顔を顰め、現状を冷静に分析する。


 柴崎雀、そして龍宮寺真也がここを突破するのは不可能と言っても良い。 自らの文字、そして冬馬の文字があれば近距離、遠距離に完全に対応できている。 例え柴崎雀と龍宮寺真也が協力したとしても、すぐさま突破できるものでもない。


 次に考えられるのは、更なる援軍の到着。 これ以上神人の家のメンバーが加勢してくるとなれば分からないが、同様に容易に突破できはしない。 ボスである獅子女結城、それに伴う生殺与奪級の文字があれば分からないが……それをわざわざ隠す必要もないはず。


 それならあり得る可能性。 今ここでもっとも高い可能性を出すと、柴崎雀と龍宮寺真也の二人にはこの場をどうにかする方法があるということ。


 突破は不可能、ならば別の方法。 突破以外の方法で、この場をやり抜く方法。 柴崎雀の文字は一刀両断、龍宮寺真也の文字は絶対零度。


 そこまで考え、違和感は寒気と化す。 そう、寒気だ。 龍宮寺真也と対峙すれば、必ず感じる寒気。


 彼の文字は絶対零度。 しかしその文字が強力なあまり、制御できずに周囲一帯の気温を著しく低下させている。 だからこそ彼と対峙するとき、まるで周囲を氷で囲まれたような冷気を感じるのだ。


 それが、ない。 その冷気が、ない。 起きていなければいけない現象が起きていない。 それが意味することは。


「……お前は、誰ですか。 お前は誰ですかッ!!」


 普通であれば、あり得ない。 しかし相手は、普通ではない感染者たちだ。 最強の集団とも言われる神人の家であれば、或いは予想を上回られている可能性もある。


「おーすげえな、気付いたのか。 だったら隠してる意味もねーわな、もういいっしょ? 雀ちゃん」


「構いません。 既に目的も大半は終わっていますし」


「りょーかいっと」


 言うと、龍宮寺真也は顔に手を当てる。 すると、その骨格そのものが捻じ変わり折れ曲がる。 その文字は、神人の家が持つ欺くことに特化した文字であり、感染者。


「ひいぃい……! ど、どど、どうしてわたくしがッ!! 雀さぁああああんッ!!」


 楠木莉莉。 彼女の持つ変幻自在は、見た目を完全に別人へとすりかえるものだ。 ただ一つ条件があるものの、それさえクリアしてしまえばいついかなるときでも、彼女は自在に姿を変えることができる。


「というわけです、人権維持機構さん」


 雀は言うと、刀を納める。 既に戦う気はないと言わんばかりだ。


 そこで生まれるのは、新たな疑問。 目の前にいる龍宮寺真也が龍宮寺真也ではなかった。 そうなると、本物の龍宮寺真也はどこにいるのか、という当たり前の疑問である。


「わ、わわ、わたくしの所為じゃないですよっ!! わたくしは、わたくしはただ言われた通りにしただけで……ひぃ! ごめんなさぁああああい!!」


 楠木はそのまま顔を両手で覆う。 とてつもなく人見知りな彼女は、ここにいるだけで苦痛なのだ。 更に、普段接しない外界との接触は精神的にも辛いものである。


「ああ、お前らが分かりやすくて助かったって話だったな」


 楠木が顔を上げる。 そこに居るのは、楠木でも龍宮寺真也でもない。 獅子女結城、見た目だけで言えば完全に獅子女結城だ。


「お前らがここを必死で守るってんなら、どうぞご勝手にってことで終わらせりゃ良い。 大体考えてみろよ、俺らの目的は笹枝紡を助け出すことで、あんたら全員殺すってことじゃないし。 だから騙せれば良い、時間を稼げれば良い、龍宮寺が笹枝の下に辿り着くまでの時間をな」


「……最初からそれが狙いだった、と? ですが、龍宮寺が侵入する隙など」


 当然、完全に抑えてある。 下水では東雲と桐沢が獅子女と戦っており、こちらでは柴崎雀と楠木莉莉が居る。 見えないのは龍宮寺兄妹で、妹の方は戦闘向きではない。 戦えるとしたら龍宮寺のみ、その龍宮寺は今どこへ居る?


「いやいやあったじゃん。 なぁ、水無」


 楠木は笑い、水無に視線を向ける。 言われた水無は親指を噛み、咄嗟に脳内を回した。 龍宮寺真也が侵入する、決定的な隙を。


 ――――――――あった。


「まさかそんな……ッ! あなたの文字は、他人も変えられるってこと!?」


「おお正解、良い頭してんなあんた。 そ、俺の文字は自分はもちろん他人の姿も変えられる。 まー、他人のは変えてもそいつの意思で戻せるから仲間内にしか使えないけどな。 さて、俺は丁寧に文字のことを話してやったわけだけど……どうしてだと思う?」


「それが条件……? いや、でも」


「おいそんな深く考えんなって。 分かったところでどうしようもねえからだよ。 俺の文字は絶対に見抜けない、特に俺が変身してることを見破るのは獅子女さんだろうと無理だろうよ。 そんだけ俺には自信があるってこと、なぁ雀」


「……たまにそれでいたずらをしてこなければ、完璧なのですが」


「あぁこの前口説いたやつ? いやぁ可愛かったなぁ顔赤くし……」


 そこまで口にしたところで、楠木の喉下に刀が突きつけられる。 睨む雀、刺し殺さんと溢れる殺気。


「あ、すいません調子乗りました。 ……まぁなに? 既にこっちの仕事は終わったってことだよ」


 水無は、確信した。 それに次ぎ、ミーニャと冬馬もまた気付く。 楠木が張った罠の正体に。


 最初の最初、初手とも言える一手で既に出し抜かれていた。 楠木は、一番最初現れる段階で既に仕事の殆どは済ませていたのだ。


「……私! 総司くん、中に龍宮寺真也が!」


『中に……? いや、見当たらねえぞ?』


「違うのッ! あいつらの中に変身できる奴がいて、そいつが……!」


『変身能力……つうことは……ぐぁ!?』


「総司くんっ!?」


 そこで、通話は切れる。 水無は歯を食いしばり、建物へと顔を向ける。 が、そこで声を掛けるのは雀だ。


「良いんですか? あなたが行けば、無残な死体を増やすことになりますが」


 それは、水無に向けられたものではない。 その死体とは、ミーニャと冬馬のことだ。


「供給役であるあなたが行くのは、まずいでしょう。 というわけでお三方、お望み通り私たちと睨み合いを」


 雀は既に、水無の役割を見破っていた。 他の二人がガス欠を心配することなく文字を使える理由、それこそが水無の持つ武器の文字だ。 文字名『論功行賞(ろんこうこうしょう)』は、他者の疲労を回復させる力がある。 その疲労というのも、単なる肉体的疲労ではなく、V.A.L.Vを酷使したことにより起こる疲労だ。 個人差はあれど、文字を乱用すればいずれ体力は尽きてしまう。 その疲労を和らげる、ある程度回復させることができるのが、水無の論功行賞である。


「くっ……!」


 最早、ここでの勝負は決着したと言っても良い。 この防衛ラインを突破されたそれだけで、水無たちの敗北でしかない。


 それを分かっているのか、雀はその場に座り込む。 その横に獅子女の姿をした楠木も座り込み、戦う意思というものは皆無であった。 完全なる硬直状態が生まれさえすれば良いと考えていた機構側であったものの、楠木莉莉という存在に意表を突かれたとしか言えないだろう。

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