第二十五話
「アァアァアァァアアアァアアアアァアアッ!! たかが罪人が、たかが罪人が、誰の、誰の誰の誰の許可を持って生きている、イルッ!! 鮮度鮮度鮮度鮮度、そう鮮度ッ!! ここにたっぷりたくさん盛り沢山のぉおおおおおおおオオオ鮮度抜群ワタクシの人形劇で、ございます、マスッ!!」
言葉と共に、下水の水から現れたのは複数の人間だ。 全員が死した者、殺されエドワーズの操り人形となった、死体だ。 死後から時間が経っている所為か、皮膚が腐り落ちている者もいれば、普通の人間と変わらぬ見た目をしている者もいる。
「人形遊びは良い年してするもんじゃねーよ。 それともテメェが居る西洋協会は仲良く人形遊びでもしてんのか?」
「我が神をッ!! 我が集まりをッ!! そのように愚弄するとはつまりは万死ッ!! 死を持って償うことを、ことをことをことをコトヲおすすめ致し、マスッ!!」
「あっそ」
獅子女は言い放ち、襲い掛かってくる死体の頭部を蹴り壊す。 その死体は既に人間としての肉体ではない。 腐り、朽ちたものに過ぎない。 容易く頭部は吹き飛び、頭を失った死体は倒れ込む。
「おやおや……オヤ。 アナタは、死者を慈しむココロを持ってはいない……?」
「死んだらそりゃただの肉の塊だろ? 俺にそんな良識求めんなよ……てかお前がそれ言うの?」
苦笑いをし、獅子女は視線をエドワーズから外し、琴葉へと向ける。
「おい琴葉メモ」
「へ!? ちょ、ちょっと待って……」
いきなり声を掛けられたものの、琴葉は慌てて鞄からメモを取り出す。 その光景をさぞ不思議そうにエドワーズは眺めている。
「西洋協会の奴は鳥頭。 いつか必要になるかもしれない」
「西洋協会の奴は……えぇ!? 絶対必要にならないでしょこれ!!」
「ぁああああぁああァアアアアアアッ!! アナタは、アナタハアナタハアナタはッ!! 一体どこまでどれほどどこまでもワタクシを侮辱し侮蔑する、ノですカッ!? 罪罪罪罪罪、それは罪ッ!!」
直後、激昂したエドワーズの指示により更なる死体が現れた。 その数は最初に出された死体と合わせ、数十にも下るもの。 その全てがほぼ同時に獅子女へと襲いかかる。
だが、その程度のことで獅子女が動じるわけがなかった。 飛び掛った死体は次の瞬間には吹き飛ばされ、潰され、意思をなくす。 獅子女はその中で返り血を浴びながら、さぞ愉快そうに笑っている。
「なんと、なんとなんとなんと、ナントッ!? イヤハヤハヤハヤ、それはマズイ、マズイマズイマズイですますッ!! このままでは、このままままままままでは、ワタクシは――――――――興が冷めてしまいマスヨ?」
「ッ……?」
死体人形を遠慮なく潰している獅子女の動きが、止まった。 獅子女の意思とは無関係に、止められた。
その原因にはすぐさま辿り着く。 自らの足に巻かれた、ツタのような何かだ。 そのツタは最初に頭部を潰した死体から生えており、獅子女の両足を固く縛りつけている。
エドワーズの文字ではない。 獅子女は瞬時にその判断を下す。
仮にエドワーズの文字だとして、それは明らかに不自然なことだからだ。 もしもこのように攻撃する手段があったとすれば、エドワーズがわざわざ自ら操る死体に爆弾を取り付ける意味がない。 そのような手間を割かなくとも、このツタを操れるのであれば。
「そして、そしてぇええええええええええええエエエエエエエエエエエエエ……バ・ク・ハッ!! あっひひひっひいひひひひひひひひ!!」
身動きが取れない獅子女目掛け、再度出現した死体が飛び掛る。 その身体には小型の爆弾、獅子女に接近すると同時、迷うことなく爆破された。
「はいヒトリ! お次はドナタの出番でショウ!? そこのオトコノコ、それともオンナノコ、それとも可愛らしいオジョウサン? いずれにせよ誰にせよッ!!!! ワタクシ愛を持ってお相手させてぇええええええ頂き、マスッ!!」
「――――――――勝手に殺すんじゃねーよ」
だが、その煙の中から獅子女は姿を現す。 エドワーズは完全に油断をしており、呆気に取られ、それに対処しようとしたときには手遅れだ。
「アナタは一体……いかように? 身体がぶっ飛びでもオカシクないのデスガ……?」
「ちょっとだけ頑丈なんだよ、つっても、いてえもんはいてえけど」
右手を伸ばす。 エドワーズは数歩後ずさりするが、手遅れだ。 獅子女は完璧にエドワーズの頭を掴んだ。
そう、獅子女ですらそう思ったのだ。 事実、獅子女はエドワーズの声が完全に別方向から聞こえてくるまで、自らが捕らえ損ねたということを理解していなかったのだから。
「んー……お前何したの?」
「アッヒヒヒヒ! 答えるわけなし理由も理屈もナシ、でございま、スッ!! 敢えて会えて和えて申し上げます、ト!? これぞワタクシが神に認めラレ? 神の仲間とナリ? 神の近くに存在できるアカシ!! とでも申しあげ……」
「おい妄想男、お前一回その文字を切れ。 俺の生殺与奪があれば関係なしにぶっ殺せる」
語り続けるエドワーズを無視し、獅子女は桐沢へと顔を向ける。 今現在、獅子女がもっとも手を焼いていることと言えば桐沢宗馬という男の存在だ。 彼が獅子女の傍におり、そして妄想によって獅子女の文字を阻害している今、獅子女は生殺与奪を満足に使えない状況下にあるのだ。 それは逆もまた然りであるものの、獅子女の言葉に嘘はない。
「いや切るってどうやってだよ!? んな方法俺は知らねえぞ!?」
「は? お前……」
獅子女は言葉を続けようとしたものの、思い悩み飲み込んだ。
「……まぁ良い。 それなら打開策でも考えろ、お前のおかげでこんな面倒なことになってんのは間違いないからな」
もしも桐沢の言葉が真実であるならば、桐沢は文字を満足に扱えていないということだ。 感染者にとって、文字とは一心同体であり、切っても切り離せるものではない。 それを上手く扱えない、扱い切れないのは未熟であるからという他ない。
どちらかと言えば、初めから満足に使える方が珍しいのだ。 桐沢はまだ感染者となってから日が浅く、文字を使っての戦いも今日のこれが初戦と言っても良いだろう。
だからこそ、獅子女は桐沢宗馬という男を覚えた。 今はまだ弱い、V.A.L.Vも身体に馴染んではいないだろう。 しかし、もしも彼の文字が今よりも強固なものになるとしたら――――――――。
「提案があります、獅子女結城」
その考えを遮るように口を開いたのは、東雲であった。 雰囲気としては悪くない、雀のようなタイプだと見て思い、獅子女は尋ね返す。
「東雲つったか。 提案って?」
「あなたは随分な戦いたがりですが、ここは一旦引いてもらうという策です」
東雲は言いながら、口元を覆っていたスカーフを結び直す。 そのまま自らの指をほぐし、獅子女の顔を真っ直ぐに見て告げた。
「わたしと宗馬くんが戦い、あなたが打開策を考える。 感染者に関してはあなたの方が余程詳しそうですし、頭も回るかと。 あの正体不明の技を突破できる穴を見つけてください」
「へえ、人権維持機構ってもっとセコイ連中かと思ってたよ。 だけどお前らは中々面白い、気に入った」
「お前に気に入られたくなんかねえよ。 だけど、あいつを倒さねえとお前も倒せない、だから一時的に手を組むぞ」
「……俺にそんな指図をしてくんのはお前らだけだろうな。 オーケー乗ってやる、何分持つ?」
「東雲の体調考えたら長くは無理だ。 その分俺がカバーするって考えても……十分くらいだな」
獅子女はそれを聞き、笑う。 随分甘く見られたものだ、と。
「五分あれば充分だ。 ただ事故って死んでも責任押し付けんじゃねえぞ」
「俺は誰にもやられねーよ。 行くぞ東雲」
「ええ、ややこしいことにはなりましたが、すべきことは単純明快です――――――――夢幻泡影」
二人はほぼ同時に駆け出し、エドワーズとの戦いに身を投げる。 その後ろで獅子女は壁に背中を預け、座り込む。 すぐ横へ来たのは琴葉で、心配そうな顔付きだ。
「おにーさん、大丈夫?」
「痛みは殺してる。 村雨も一応呼んでおけば良かったな……まぁ今更愚痴っても仕方ない。 あいつのネタさえ暴けりゃ終わりだ」
傷は、浅くはない。 本来であれば傷を負うことすらない獅子女だが、桐沢の文字の影響下では本来の半分程度しか機能していないとも言える。 だが、桐沢の文字がそれほど影響を与えてくるということを予想はしていた。 本当に予想外だったのは、エドワーズ=ヨーク……西洋協会の方だろう。
何を企んでいるか、何が狙いか。 考えるべきことは山ほどあるが、ひとまず獅子女がすべきことはひとつのみ。
「アオがいりゃ一分で終わりそうなもんだけどな……仕方ない」
たまには敵の分析というのも、必要だろう。 そう思い、獅子女はエドワーズ、そしてそれと戦う二人に視線を向けるのだった。