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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第二十一話

「東雲は?」


「寝ているよ。 全く、自分の体のことくらい自分が一番良く分かっているだろうに……」


 それから、桐沢は東雲を背負い、機構のアジトへと戻っていた。 無理をした結果、東雲が負った傷は決して浅いものではない。 外傷などは殆ど桐沢の文字により治すことはできたが、見えない内部の傷は治すことができない。 東雲がどの程度の怪我でどの程度の痛みを受けているかは本人にしか分からない。


 あくまでも、妄想あってこその文字。 桐沢が妄想できないことは、現実にすることは不可能なのだ。


「医療班によれば、数日間は絶対安静にだと。 桐沢くん、君も大変だろうに迷惑をかけたね」


「いや、そんなことは……。 櫻井のことは確かにそうですけど、今はやるべきことをやらないと。 エドワーズを倒して、鴉の奴らも倒さないと駄目だ」


「……そうだね。 俺もリーダーとして、微力ながらだけど手伝いはさせてもらう。 けれど桐沢くん、今回の一件が終わったらしっかり挨拶をするんだよ。 落ち着いてから、心の整理ができてからでも構わない。 しっかりと挨拶だけはしておくように」


「はい」


 以前、桐沢は東雲に聞いたことがあった。 夏井海琴は決して力のあるタイプではないのに、なぜ、人権維持機構という一組織のリーダーをやっているのか、という素朴な疑問だ。


 それに対して、東雲の答えは「さぁ、なぜでしょうか? でも、夏井さん以外がリーダーというのは考えられませんね」というものだった。 それを聞き、思わず笑ってしまったことは記憶に新しい。


 言ってしまえば人望、人柄というものだろう。 それは夏井にしかないもので、夏井だからこそ皆が安心できるというものだ。


 そして桐沢は確信に近い予感を受けていた。 近い内、また戦うことになると。 そのときになり必要なのは、夏井海琴という頼れる人物なのは間違いない。


 自分がそれまでにするべきこと。 それは神藤との特訓か、ゆっくり休んで体調を整えることか、それとも策を練ることか。


 どれも違う。 今、自分ができ、自分がすべきこと。 それは、東雲由々という一人の少女の傍に居るということだけだ。


 想い、桐沢は東雲が眠る部屋の扉をゆっくりと開けるのだった。 この日踏み出した一歩は、決して間違っていないと、そう妄想をしながら。






「おにーさん見て見て! 指が蟹だよ指が蟹っ!!」


 学校での事件があった日から数日、東雲らと出会ってから数日経った日の夜、獅子女は適当な旅館で体を休めていた。 程よい大きさの室内には、蟹料理が並べられ、良い香りに満ちている。


「わぁ、すごいですね」


「でしょでしょ! 雀さんもやろーよ、ほら!」


「あ、あはは……いえ、私は大丈夫です」


 そしてたった今目の前で繰り広げられる光景をお茶を飲みつつ眺める。 何馬鹿なことをやっているんだろうと思いつつ。


「しかし獅子女さん、私が付いてきて本当に良かったのでしょうか? アオさんも随分行きたそうにしていましたが」


 一度箸を置き、雀がそう口を開いた。 ここに来るメンバーの選定は直感に近いものがあったが、雀としては熟考すべきことだったのかもしれない。 それが事実であるように、雀は自分が居て良かったのかどうか、という疑問を抱いているようだ。


「あいつ結構飽き性だしな。 もし連れてきてたら今頃帰りたいとか言い出してるだろうし、何より琴葉の面倒が見れないだろ、アオじゃ」


「……言われてみれば」


 アオの文字、百鬼夜行によって現れる怪物は、無差別に周囲に居る者を喰らう。 それが仲間であろうと関係はなく、アオによると昔は制御ができていたらしいが、今ではそれが叶わないとのことだ。 一対多数においては強力な文字であるものの、何かを守らなければいけない戦いでは、アオの文字は極端に弱いのだ。 あの怪物の索敵範囲に入れば、たとえ獅子女であろうと攻撃の対象になり得るのだから。


「全員のパターンで考えてみた結果だよ。 ロクドウは絶対途中で放り出す、我原はそもそも付いて来ない、桐生院は琴葉が痺れを切らすだろうし、シズルは面倒見が超悪い。 村雨は貴重な人材だから、外に情報を出したくはない。 そうなりゃ雀しかいなかったってわけ、分かるだろ?」


 獅子女は携帯を手の上で弄びつつ、笑って言う。


 それを聞いた雀は、得心が行ったように頷くと、目の前に置かれている鍋に手を付ける。 獅子女は一口二口で満足したのか、既に食べ終えている様子だ。


「……あ。 ですが獅子女さん、琴葉さんを置いていくというのも一つの選択肢だったのでは?」


「一生のお願いらしいからな。 これでこいつの一生のお願い消費できれば儲けもんだろ」


「なんか急に勿体ないことした気分になってきたっ!!」


「ふふ、大丈夫ですよ琴葉さん。 琴葉さんのお願いであれば、獅子女さんはきっとなんでも聞いてくれるかと」


 ショックを受け、指にはめていた蟹の殻を置いた琴葉を見つつ、雀は言う。


「ほんとに!? それならね、あたしとしてはソフトクリーム食べたいかも! 北海道のソフトクリーム!」


「おう気を付けて」


「付き添ってくれる気ゼロじゃん!! 雀さんの嘘吐き!」


「え、え、私ですか!? いえ、琴葉さんそうではなくてですね……」


 焦る雀と、泣きそうな顔をする琴葉を見つつ、獅子女はその場から離れていく。 広縁に置いてある椅子へ座り、外を見る。 雪景色が広がっており、どこか幻想的な光景だ。


「……誇大妄想、妄想を現実へと変える文字か。 あいつがそんな大層な文字を持ってるなんて、宝の持ち腐れも良いとこだな。 俺にあればすぐにでも終わらせられそうだけど……考えるだけ無駄か」


 ひと目見て、こいつがそうだという確信は獅子女の中にあった。 だが、とても文字を使いこなせる人物だとは思えない。 桐沢宗馬として対峙し、分かったことだ。 戦うべき奴ではない、戦いの中に身を置くべき奴ではない、静かに無益になんの変哲もない毎日を送るべき奴だと。


 弱い者の特徴だ。 人の話を聞いているようで聞いていない、人の目を恐れ、見ない。 少なくともあの時点では、一緒に居た東雲という女の方が余程楽しめるだろう。 そんなことを考えながら、獅子女は目を瞑る。


 もしも何かが変わるとすれば、切っ掛けというものが必要だ。 桐沢宗馬というモノが変わることのできる、切っ掛け。


「都合が良すぎるか、さすがに」


 それよりも、もっと気になることが起きている。 今回龍宮寺真也から受けた「仲間を助けて欲しい」という依頼だが、いざこうして来てみれば、面白いほどに何かが間違っている気がしてならない。 それが何か、という実態は未だに掴めずにいるが、何かが起きているのは間違いない。


 ただ一つ言えること。 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。


 入り組み、入り混じり、混沌としている。 それが獅子女の感じた素直な感想であり、見つけた答えでもある。 話した者たちの言葉の節々から、それは表れている。 人間の言葉、感染者の言葉、噛み合わないのは無理もないが、今回の場合は違うだろう。


「あまり時間をかけても、収穫はないだろうな」


 それどころか、被害がこちらに出る可能性も見えてくる。 危機感とは違う何か……例えてしまえば、人の庭に入り込んだような、気持ちの悪い感触があるのだ。


「雀、琴葉、荷物まとめとけよ。 明日にはここから離れる」


「……明日、ですか? また急ですね」


「えぇ!? あたし全然遊びたりないんだけど……」


「元から遊びに来たわけじゃないだろ。 ソフトクリームならコンビニで買ってやるよ」


「全然違うし!! おにーさんそういうこと本気で言うからモテないんだよ!」


「雀、龍宮寺に連絡入れといてくれ。 明日の午後、日が落ちたら作戦実行だ」


「っ……了解しました」


 その言葉を聞き、雀は顔を引き締め、言う。 獅子女の言わんとすることは、明日で全てに決着を付けるということだ。 人権維持機構から人質の救出、それを成す。


「ってわけで俺は前の奴らとやり合うことになるだろうけど、どうする?」


「……あたしも行くよ、ここまで来たんだし」


 琴葉の方も、どうやら覚悟は決まったようだ。 悩む素振りを見せれば雀に預けるつもりで居た獅子女であったが、その琴葉の顔を見て、彼の気持ちもまた固まった。


「んじゃそういうことで。 ああ琴葉」


「うん」


 獅子女は立ち上がり、寝室へと繋がる襖を開ける。 そこで一度立ち止まり、琴葉に顔を向け、言う。


「お前がそうやって付いてきてくれるから、俺は別にモテなくても良いや」


 それだけ、心底真面目な顔で獅子女は言うと、すぐさま寝室へと姿を消した。


「……っと、おにーさんの冗談は意地悪だよ」


 が、さすがの琴葉も既に慣れつつある。 一瞬息が詰まる感覚はあったものの、すぐさま気を取り直し、独り言のようにそう漏らした。


「それだけ信頼されているということですよ、琴葉さん」


「むう……なんだか上手く丸め込まれている気がする」


「そんなことはありません。 ほら、ここは追加で注文できる物があるみたいですよ。 何にします?」


「え、雀さんまだ食べるの……?」


「……折角ですし、食べないと勿体ないかと思いまして」


 もしかしたら、この旅を一番楽しんでいるのは雀なのではないか。 そんなことを思う琴葉であった。

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