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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第十話

「終わりだ」


 スピーカーから声が聞こえ、今日の役目が終わったことを理解する。 いつも通りの流れ、いつも通りの結末だ。 慣れてしまえばどうということはなく、そのサイクルは暇という最大限の苦痛を除けば平凡なものである。 もっとも、その苦痛が一番辛いということは言うまでもないが。


 辺りを見回す。 打ちっ放しのコンクリートの壁と、冷たい鉄の床。 独房にも思えるこの場所こそが、四条琴葉の暮らす世界であった。 約三畳ほどの広さと言えば分かりやすいだろうか。 部屋というよりかは、四方を壁で囲まれた空間、と言った方が正しいかもしれない。 この空間にて起きることと言えば、毎日決まった時間に流れてくるスピーカーからの声、そして建物全体に鳴り響くかのような轟音、それともうひとつ。


 扉の方からガチャという音が聞こえた。 視線を向けると、そこに置いてあったのは食パン一切れと水一杯だった。 これが今日の食事である。 感染者の待遇としてはまだマシな方だろう。 多くの感染者は生かさず、殺されていくのだから。 食事も貰え、薄汚れた毛布も一枚あることに加え、布の切れ端のような服もある。 これが、対策部隊に捕らえられた感染者としては最良の待遇だ。


 体を壊すことは何度もあった。 その度、必要最低限の栄養補給をされ、生かされてきた。 運がないのか、重大な病気には縁がなく、健康体である。


「……おねーちゃんたち、元気かなぁ」


 それだけが毎日気になっている。 だが、琴葉は姉が元気だということは知っていた。 ここに放り込まれ、唯一の楽しみが姉の()()()姿()()()()()()だったからだ。 恐らく、この部屋の気温からして外は冬。 感覚がなくなりつつある指でパンを掴み、頬張る。 焼いたパンを食べたいと思いながら食べるパンは、味気なかった。 少しカビ臭く、湿気ていて、最早昔に食べていたパンの味など忘れてしまった。 五年前のあの日、琴葉の全ては変わった。 ある日、いつもはなんともない通学路で、感染者識別機に感染者だと判断された日から、全てが変わった。 自分の体にはなんら異常はなかったのに、昨日までの自分のはずなのに、それは自分が一番良く分かっていたのに、周りからの目は変わってしまった。


 そして、琴葉は後悔している。 最後、姉に向けて言ってしまった言葉を今でも後悔している。 できることなら謝りたい、五年間考えてきたことはそれだった。


「ダメダメ、弱きになったら駄目っ! おねーちゃんも頑張ってるんだから、あたしも頑張らないと……だよ!」


 自分に言い聞かせ、パンを一気に食べ、水で流し込む。 どのみち味気のない湿気たパンだ、胃の中に入ってしまえば同じこと。 味わうというのは無駄な行いでしかない。


「っはぁああああ……お腹いっぱい食べたい。 おかわりー……なんちゃって」


 そんな駄々をこねつつ、暇なときは決まって外の景色を見ている。 とは言っても、当然この部屋に窓が付いているはずはない。 よって、文字を使ってだ。


「……心象風景」


 こうしてまた、何でもない一日は過ぎ去ってゆく。




「そんじゃまぁ……行ったことのないエリアだしな、とりあえず病院に入るまでは俺の文字で感染者だっていう概念は殺しておく。 カメラでバレることはねえけど、どのみち施設が中にあるとすれば職員もグルだろうよ。 いつでも戦える準備はしとけ」


 そして、作戦決行の日。 四人は病院近くのビルの間にて集まり、最終確認を行っていた。 まずは安全に施設の存在を確認しなければ話は始まらない。 よって、まずは潜入し存在の確認だ。 地味な作業となるが、手を抜ける内容でもなかった。


「分かりました。 基本的に桐生院さんが先導という感じで良いですか?」


「ノープロブレムっ! 問題ナシだよ柴崎くん。 もしも心配であれば私が手を持って先導しても……」


「はいはいキモイんで黙ってくださいね。 桐生院さんには施設の場所探し、んで僕と雀さん、獅子女さんが主に戦闘って感じっすかね?」


 獅子女の言葉に、作戦を共にする三人は答える。 獅子女は心の中で少々心配になったものの、口を開いた。


「場所さえ割れればこっちのもんだ。 そっからは強引に行くとして、それまではアオの言葉通りだな。 施設に入る前にバレることはねーだろうけど」


 獅子女の文字は完全に殺し切ることができる。 感染者だという概念を殺すこと……それはカメラに発見されることもなくなるということだ。 普段、獅子女らが拠点としている地区では対策を講じているので行うことはないが、未踏の地へと行く場合では必須となる。 ただ街を歩いているだけで対策部隊を呼んでしまう、それが感染者というものである。


「恐らく奴らも私たちの襲撃は予想していないでしょう。 基本的に感染者を助け出すメリットはないですからね。 その点で言えば、奇襲としては中々にメリットはあります」


 そう、雀の言う通り感染者を助け出すメリットはない。 基本的に感染者というのは弱い存在で、神人の家に所属する感染者が特別強力な文字を持っているだけだ。 普通の感染者であれば、大の男数人で取り押さえることすらできるほどに。 感染者の数も膨大な今、上と下とでは明確にその力の差があると言って良い。


 故に、危険を冒してまで施設に囚われている感染者を助け出す意味はない。 デメリットの方が大きいと言えよう。


「ま、なるようになれで取り敢えず行くか。 最悪超強引にやりゃいいし」


「えーっと、一応聞いておくんすけど、その超強引って?」


 歩き出した獅子女に向け、アオが尋ねる。 獅子女の言葉に若干嫌な予感がしたのは言うまでもあるまい。 すると、獅子女は振り返ってこう言った。


「中に居る奴全員殺してゆっくり調査」


「……そうなんないことを願ってるっすよ。 マジめんどいんで」


 少し、先行きに不安を感じるアオであった。




「うーん、僕この匂い苦手なんすよねぇ。 病院独特って言うんすか? こういうの」


「グルタラールの匂いですね。 消毒剤です」


 病院に入ってすぐ、アオが鼻をつまんで言う。 それに対し、まるで教え子に物を教えるように口を開いたのが雀だ。 博識である彼女の知識は幅広く、時に無駄とさえ思える知識でさえ蓄えている。 本を読み学び、理解できないことがあれば調べきる、それが雀のやり方だ。


「消毒剤っすか。 ふーん……あれ、ということは」


 ふとアオは思いつき、視線を向ける。 その先にいる人物は。


「ちょっと待ちなさいアオくん、何故君は「消毒剤」という単語を聞いて私を見たのかね? 返答によっては私、泣くぞ」


「大の男が泣いている姿はちょっと見たくないんで黙っときます」


 へらへらと笑って言うアオに対し、焦って問い詰める桐生院。 いつもの光景と言えばいつもの光景で、獅子女や雀にとっては見慣れた光景だ。 アオは誰にでも懐き、誰にでも調子が変わらない。 一つの組織として良い中和剤の役目を果たしているのだ。


「桐生院、そろそろ頼めるか?」


「了解した。 では諸君、この私の美しき業を見給え!! 桐生院美崎の持つ優雅にして苛烈なこの力――――――――花鳥風月」


「……獅子女さーん、僕この人と一緒に歩くのヤなんすけど」


「良い言葉を教えてやるよ。 辛抱する木に花が咲く」


 言われたアオは顔をパッと上げ、言う。


「おお、つまり僕も我慢すれば雀さんのようになれるってことっすね!」


 アオは雀と獅子女のことを順番に見つめて言った。 すると、丁度そのとき雀の方から声が響く。


「桐生院さん、あまり派手な行動は控えて欲しいです。 聞かぬのであれば、私の美しい文字をあなたに見せることになってしまう」


「……オーケイ、静かにね。 オーケイオーケイ、柴崎くん、分かったから刀に手を添えないで欲しいね」


「……本当に我慢すれば花咲くんすか?」


「個人差ありだな。 まぁアオは今でも充分花だからセーフだろ」


「獅子女さんって困ったとき取り敢えず褒めて流そうとしますよね」


 そんな会話を繰り広げながら、桐生院を先頭に病院内を散策するのであった。

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