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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第一話

「えー……であるからして、感染者は基本的に人間と同じ見た目、言動、行動を取ると言われております。 危険性については周知の通り、特異な力……一般的には文字と呼ばれるものを使っております。 有名なところで言えば、先日の通り魔にて感染者が使用していたのは『一触即発』と言われる文字ですね」


 教卓の前に立ち、教師と思われる年配の男は語っている。 黒板には大きく『感染者の危険性』という文字が書かれており、その下には細々とした説明文が記されていた。


「爆発するっていうやつですか?」


 そんな授業を聞いていた学生の内、一人が発言する。 教師はすぐにそれへ反応し、言葉を発した。


「そうです。 タバコに火を点け、それが何かに触れれば爆発を起こすというものです。 あまり強力な部類の力ではありませんが、既に五人の尊い命が奪われておりまして、政府側は捕縛に全力を注いでおります」


「感染者って捕まったらどうなるんですか?」


 教師の説明を聞き、また別の生徒が質問をした。 あるべき姿のあるべき授業は、この世界のあるべき形とも言えた。 感染者は悪、そう教え込まれるのだ。


「正確には分かりませんが、恐らくは感染の原因、今で言う『V.A.L.V』の検査でしょうね。 その後は殺処分かと思われます」


 そんな言葉に、生徒の誰一人として顔色を変えることはない。 感染者という存在は、人間にとって危険でしかなく、そして同時に人間ではないのだ。 自分たちと同じ形をした凶悪な動物、そう認識されている。


「感染者って人間と同じ見た目なんですよね? どうやって見分けてるんですか?」


 気の抜けた声が響き渡る。 教師はそれを聞くと小さくため息をつき、返事をした。


「そこはこの前やったばかりのところですが……まぁ良いでしょう。 感染者の識別は街中に設置されている『感染者識別機』と呼ばれるもので行っております。 監視カメラの機能も備えていますので、防犯的にも優れものですね。 主に血液中に混在しているV.A.L.Vを判断しているようですが、詳しいことは分かりません。 そのような優秀な監視システムも存在しておりますが、抜け穴はどうしても生まれてしまう。 カメラの眼を欺く術を持っている可能性もあり得る」


 教師は言い、黒板に大きな文字を書く。 感染者と政府の関係について。 そう書かれた文字の感染者と政府を別々の丸で囲うと、教師は続けた。


「政府は感染者の捕縛について懸賞金を出しております。 一匹約500万円という大金になっておりまして、研究対象としては非常に価値が高い生き物、それが感染者というものです」


 そこで、教室内はざわめきが広がった。 その夢のような金額、学生身分にとっては喉から手が出るほど欲しくもなってしまうのだろう。


「皆さんにもその機会があるかもしれません。 ですが、その危険性についても充分把握しておくことが必須となります。 例えば、現在国家指定テロリストに分類されている『神人の家』がその最たる例ですね。 以前、近畿地方での警察署襲撃事件で全国に名前が知られることとなった組織です。 彼らには政府の部隊ですら手を焼いている様子でもありまして、我ら一般人にとっては危険極まりない連中です」


 そこで一旦間を挟む。 数秒置き、教師は口を開いた。


「……他に質問はありませんか? 授業を続けます」


 教師は言い、再び黒板に文字を書き連ねていく。 そんな様子を見ていた一人は、隣に座る生徒に小声で言った。


「感染者ってそんな危ないのかな?」


 声を放った主は、四条(しじょう)香織(かおり)という女子生徒だ。 肩までの茶髪にヘアピンで前髪をまとめており、クラスでも人気の明るい女子生徒である。


「なに、機構よりの考え? 言わない方が良いぜ、いじめられんぞ」


 それに対し答えたのは、獅子女(ししめ)結城(ゆうき)という男子だった。 四条と獅子女は中学からの仲で、この同じ高校、同じクラスになったのは偶然であるものの、頻繁に話す仲であった。


「そういうわけじゃないけど……皆が言うほど悪いのかなって」


「お前は優しいからな」


 だからこそ、危ない。 獅子女はそう付け加えようとしたが、止めた。 人権維持機構と言われる機構寄りの考えは、政府側……及び神人の家と名乗る感染者集団を敵に回す考えだ。 現状、その両方を敵に回すというのは愚かなことでしかない。 何よりこの世界が平和に物事を終えられるわけがない。


「ま、あんま大きな声で言うなよ」


「何? 心配してくれてるんだ。 じゃあそんな結城に感謝を示して、今日の帰りクレープどう? 結城のおごり~」


「……お前それ本当に感謝示してる?」


「えー、獅子女結城、四条香織、クレープ屋に寄る前に放課後、職員室に寄るように」


 どうやら、話に夢中になっている間に声が大きくなっていたらしい。 教室内では笑い声が漏れ、獅子女は横に座る四条を睨むと、四条は愛想笑いのような表情を作るのであった。




「全くとんだ災難だ。 俺の時間を割くって意味知ってるか?」


「結城はいっつも忙しそうだもんねー。 何してるの? いつも」


 それから職員室で叱責を受けた二人は、四条の提案通り帰り道にあるクレープ屋を訪れていた。 今は二人並んでベンチに腰掛け、獅子女の奢りとなったクレープを頬張っている。


「仕事だよ仕事。 人のプライバシーは尊重するべきだぞ」


「いっつもそう言うんだから。 ねね、一応聞くけど……危ないことじゃないよね?」


 言われた獅子女は、四条の顔を数秒見つめる。 そして笑顔を作り、言った。


「何? 心配してくれてるんだ。 じゃあそんな四条に感謝を示して、明日の帰りクレープどう? 四条のおごり~」


「……馬鹿にしてるでしょ」


「してねぇよ、冗談だ。 ま、危ないことじゃないから心配すんな。 むしろ楽しいことだよ」


「なら良いんだ」


 言われた四条は安心し、獅子女に笑顔を向ける。 二人は周囲から見ても仲が良い二人組で、何かと獅子女に付いて行く四条、それを振り払わない獅子女という構図がいつもであった。


「……なぁ四条、お前明日絵画教室だっけ?」


「え? あ、うん。 あーそうだった、だから結城にクレープ奢れないじゃん!」


 四条は画家を夢見ていた。 幼い頃から絵というものが好きで、見ることも描くことも好きであった彼女は、幸いにもその道において非凡な才能を発揮していた。 数度応募したコンクールでは見事に金賞を取り、着実にその夢に向けて一歩一歩進んでいる。


「別にまた今度で良いよ。 頑張れよ、自分の才能は無駄にすべきじゃない」


「何それ、誰かの言葉?」


 獅子女の言い方が引っかかり、四条は顔を覗き込んで問う。


「俺の好きな人の言葉」


「え!? 結城って好きな人いるの!?」


 慌てたのか、四条は体を大きく反応させる。 その所為でクレープから生クリームが制服の上に落ちた。 そんな子供みたいな光景を見た獅子女はため息を吐き、ポケットからティッシュを手渡す。


「お前さ、今の流れで今の言い方ならそーいうのじゃないって分かるだろ……。 尊敬って意味での好きな人だよ。 まぁもう、この世に居ないけどな」


「あ、えっと……ごめん」


「なんで謝るんだよ。 気にしてないから良いよ」


 四条は一々優しすぎると、獅子女は感じていた。 だからこそ感染者のことも全面的に悪いとは思っておらず、そしてその思想が危険だとも感じていた。 この世界において、どっち付かずというものほど危険なものはない。 感染者と人間、その両方を敵に回すことほど危険なものはないのだ。


 感染者は言わずもがな、政府側も『V.A.L.V』を利用した武器を持っている。 例えば先ほどの『一触即発』の感染者が捕らえられれば、その能力を応用した()()()()()()()()()()()()となるだろう。


「それじゃ俺はそろそろ仕事あるから。 家まで送るか? 今日辺り厳戒態勢敷かれそうだしな」


「いや良いよ、危ないって言ってもこの辺りなら大丈夫だと思うし。 それに結城に迷惑かけられないしっ! それにこのお守りあれば大丈夫だって」


 人差し指を突き出し、四条は言う。 先日の通り魔爆破事件が起きてからというもの、日が沈んでからの行動は控えるようにとの通達が地域一帯の住民に届けられている。 が、四条らが住む地域は保護地区と呼ばれており、政府側の拠点が設置されている地区となっていた。 よって、他の地域に比べても犯罪は極端に少ない。 至る所にいる政府の人間のおかげだろう。


「……お守りに効力なんて求めんなよ」


「そう言う結城も付けてる癖に」


 四条は言いながら、獅子女の首元にぶら下がっているペンダントを手に取った。 半ば強引に四条が撮らせたプリクラが一枚だけ入っており、獅子女は当初「恋人じゃねえんだから」と言ったものの、四条に押し切られた形である。


「私の中で結城は恩人なんだから、効力あるある! だよ」


「恩を売った覚えはないけど。 まぁ、また明日」


「うん、また明日!」


 こうして、二人はそれぞれ別の道へ歩いて行く。 その途中、獅子女は一度四条の方へと振り返った。 そして小さく、呟いた。


「羨ましいな」


 その声は決して、誰の耳にも届くことはなかった。




 日が沈み、街には夜がやって来る。 通り魔爆破事件の所為もあり、警備として巡回している政府の人間は多数だ。 そんな外を見ながら、アパートの一室から獅子女は着替えを済ませていた。


 黒いロングコート、暗い色のデニムを履き、身に付けていたペンダントは服の中へと仕舞う。 丁度そのとき、獅子女の携帯が鳴り響いた。 獅子女は携帯を手に取り、耳へと当てる。


「俺だ」


『オレオレ詐欺? あっはっは、冗談だよ? 冗談だから怒らないでね? ……あれ、獅子女さーん? 怒ってる? 怒ってるよね!?』


「シズルか。 (すずめ)に変われ」


『えっ。 あ、はい……ちょっと待ってて』


 調子の良い男の声は、最後には酷く落ち込んでいるように思えた。 そして、数秒の間を置いて今度聞こえてきたのは落ち着いた女の声だった。


『代わりました。 獅子女さん、既に私たちは集まっています。 幹部は全員、それ以下に付きましては指示通り待機させてあります。 もしも何かしらご指示があれば、私が命じておきますが』


「そうか。 悪いな雀、私用が長引いてた。 今から俺も向かうから全員その場で待機な。 それより街の様子はどうだ?」


『パッと見た感じではここ数日通りですね。 ですが、間違いなく()()()()たちは居るかと』


「勘か?」


『……申し訳ないです。 私程度では、結び付く理由が思い当たりません。 仰る通り、勘です。 夜の雰囲気にしてはやけに重く、空気も締まっております。 数人、それ以上は居るかも知れません』


「謝らなくて良い。 雀、お前の勘とお前の存在は一番頼りにしている。 文字刈りが居るとすりゃ、願ってもない……記念すべき日だ。 俺たちにとっては良い日になる」


 獅子女は言うと、テーブルに置いてあった面を取る。 白く、目の部分が逆三日月型となっているお面だ。 まるで笑っているような面だ。 それを顔に付け、獅子女は続ける。


「――――――――俺たち感染者の存在を示す。 神人の家の存在を示す。 今日は楽しめよ、雀。 お前が思う存分殺れるってのもそう無いだろ?」


『……そうですね。 最後に本気で戦ったのは、それこそ獅子女さんと戦ったときくらいのものですよ』


「懐かしい話だな、それ」


『私にとっては大切な思い出です。 獅子女さん、私はあなたの右腕で居れて光栄です』


「そりゃ嬉しい言葉だ。 さて、そろそろ俺も出るとする。 集まってから一度、全員の前で話そう」


 戦いの幕は開く。 獅子女結城という、一人の少年の手によって。 一人の感染者の手によって。 未だかつてない力を持った感染者、獅子女結城の存在をこのとき、どの人間も知りはしなかったのである。

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