第三章:対話
しばらくして、金光はメインディッシュの仕上げをするためにキッチンに行った。金光が席を立ったのを契機に、他のメンバーも席を立ち、リビングにある雑誌を読んだり、ぼんやりと外を見つめたりし始めた。
俺はというと、テーブルに残っている食べ物を食べ続けていた。基本的に年中金欠の貧乏学生としては、どんな食べ物でも食べられるだけありがたいのだ。
そういうわけで、席について食べ続けている俺に、突然横から声がかけられた。
「あの、少し聞いてもいいでしょうか?」
声のほうを見ると、さっきまで無人だった席に涼森が座っていた。
俺は手に持っていたソーセージ付きのフォークを置き、頷いた。
「もちろんいいけど。何?」
「先程の自己紹介でのことなんですが、なぜ自分の起こした事件について話したのですか?」
「なんだ、そんなことか」
俺はテーブルに置いてあったオレンジジュースを自分のグラスに入れてから、話を続ける。
「別に大した理由があったわけじゃない。他に話すことがなかったからってだけ。俺の罪状を皆に告げたからって特に不利益が生じるわけでもないからね」
「そうでしょうか? かなりまずいことだと思いますけど」
「何がまずいの? 金光以外の誰かに脅されるかもしれないから?」
「ええ……、まあそうです。それに誰かがこの集まりのあとにあなたのことを警察に言うかもしれないですよね」
オレンジジュースを飲み干した俺は、続いてリンゴジュースをグラスに注いだ。
「警察に告げ口ねぇ。絶対にないと思うんだけど。そうだな、涼森さんの質問に答える前に、俺からも一つ質問させてもらってもいいかな」
涼森は怪訝そうな顔をしながらも、小さく頷いた。
「それじゃあ質問するんだけど、涼森さんが今脅されている事件っていうのはどれくらい前の話なの。君が何をしたかまで言う必要はないから、いつ起こったのかだけ教えてよ」
「……私が関わった事件は大体二か月くらい前のことです。何が言いたいのかはわかりませんが、いくらなんでも時期だけから私の犯した罪を知ることはできませんよ」
俺は次に何を飲もうかと、テーブル上のものを見回しながら言う。
「うん、なるほどね。今君が言ったこと、及びに言う際に考えたことが、俺が自分の事件を言った理由だよ。要するに、俺の犯罪を立証するには情報が足りないってこと」
涼森は少し考えるそぶりをした後、一つの結論に達したのか、おずおずと口を開いた。
「なんとなくですが分かりました。たしかに、あなたの発言がそもそも真か偽かは分かりませんし、仮に真だとしても『轢き逃げをした』という情報だけでは、より詳細に調べることは困難ですね」
「そうそう、それに皆だって何かしら警察に知られたくないことをやってるみたいだし、特に問題はないってわけだ」
「でも、それは言っても大丈夫な理由であって、わざわざ自分の罪を告白する理由にはなっていないと思いますが」
「別に深い意味があるわけじゃない」
俺はいったん言葉を切り、牛乳とオレンジジュースをミックスしたものを作る。
「単純に、俺たちは全員警察にチクられたらやばい過去を持っている。それこそ、この中に快楽殺人鬼がいる可能性だってある。金光は実際俺たちの持ち物にかなり気を配っていたからね。だから、自分の罪があくまで過失程度のものであり、そこまで危険な人物ではないと思わせるために発言したってのが理由かな。ほら、今俺が飲もうとしているオレンジ牛乳、いや牛乳オレンジかな。も、不味いということは分かっていても、少なくとも飲んでも大丈夫って分かっていれば、警戒心も薄まるでしょ。そういうこと。……、まあまずいと分かっているものには関わりたくないっていうのが本音だけどね」
俺は牛乳オレンジを半分残し、涼森の目を見つめながら言い終える。
涼森は少しの間俺の目を見つめ返し、分かりました、と言って自分が元いた席へと戻っていった。