第二章:集合
ようやく金光から解放された俺は、ぐるりとリビングを見回してみた。
十人近くが同時に座れそうな巨大なテーブルが中央にあり、その周囲には本棚やソファが点在している。正直ひどく殺風景な部屋だが、どこにも汚れがたまっている気配はなく、きれいに整っている。だが、その清潔さが、普段からこの場所を使っているというよりも、今日のために掃除させられたものであることを窺わせた。
玄関側の壁は一面ガラス張りになっていて、外の景色が一望できるようになっている(木ばっかりで見晴らしは良くないが)。また、リビングの横にはキッチンが備え付けられていて、こちらもきれいに片付いていた。
玄関から見てリビングの右側から通路になっており、その通路の両側にそれぞれ扉が三つずつついている。向かって右側の、真ん中の扉の横には金光が言っていた指紋認証システムが取り付けられており、その部屋が金光の部屋であることが容易に見て取れた。他の扉はすべて錠前がついているだけなので、指紋認証システムは金光が後からつけたもののようだ。それだけ俺たちを警戒しているということだろうか。
そうして、この山荘を観察して過ごしていると、待ち合わせ時間だった午前十時までに俺と金光を含め、計六人のメンバーが集まった。
俺以外のメンバーも当然、金光から同じ説明を受けた後、各々の持ち物をすべて金光に預けさせられていた。金光はそれらの荷物をすべて、指紋認証のあった部屋まで運んでいき、それから数分したのちにリビングに再び顔を出した。
金光は俺たちに好きな席に着くよう指示し、自身は人数分のグラスと、各種飲み物(お酒からジュースまでいろいろ)、つまみとなるチーズやソーセージなどを持ってきた。
準備が終わると、金光自身も席に着き今回の集まりを告げる音頭を取った。
「皆さんよく来てくださいました。おそらく皆さんの心情を慮ると、気負わずに今日の集まりを楽しむことはできないでしょう。しかし、僕としてはこれからも皆さんと末永く仲良くやっていきたいがためにこの会を設けました。今は緊張することなく一緒に食事を楽しもうではありませんか。それでは、乾杯」
金光に続き他の人も「乾杯」といい、グラスにいれたものを飲んでいく。
しばらく、誰も話さず、かつ料理にも手を付けない時間が続いた。それもそのはず。俺を含め、ここにいる全員がおそらく金光に何らかの弱みを握られ、嫌々やってきた人なのだ。そのうえ、全員が金光以外の誰とも初対面なのである。会話が生じるはずもない。
そんな雰囲気をどう勘違いしたのか、金光は俺たちがテーブルにメインとなる食べ物が出ていないことに疑問を持っていると思ったらしく、呑気な口調で言ってきた。
「ああ皆さん、まだメインは仕込みをしている最中なんですよ。こう見えても僕は料理が趣味の一つでね。メインの料理を出すのは十一時ごろになるかな。それまではここに出したつまみでも食べながら歓談の時間にしようと思ったのだが……。ああそうだ、そういえば君たちは全員初対面だったね。僕は君たちとすでに一度だけ会っていたからかな、てっきりみんな知り合いだとばかり思っていたよ。そうだね、ではせっかくだから自己紹介といこうか」
この言葉に金髪の男が驚いて金光を見る。
「ちょっと待てよ、あんたはともかくなんで他の奴にまで俺のことを話さなくちゃならないんだよ」
茶髪の女も続けて言う。
「そうよ、私たちがわざわざ自己紹介する必要はないでしょ。どうせ今日以降会うこともないんだから」
「おやおや、皆さん、そんなに興奮なさらないでください。あなたたちの気持ちもわかりますが、せっかく今回の『被害者の会』、いや『加害者の会』に集まった仲なんですから。名前と職業くらい別に話したっていいじゃありませんか。それに皆さん、今後も今日のように集まることもあるかもしれませんからね」
金光がにやにやしながら言うと、黒髪の男が驚いて体を固くした。
「もしかして、これからも定期的にこうやって集められるんですか……」
「そうなるかどうかを決めるのは皆さんの態度次第ですよ。なあに、僕だって仕事がありますからね。こういった集まりは今日だけにしたいと思っていますよ」
金光がにやりと笑いながら、俺たちの顔を見渡す。その言葉を聞き、全員が諦めて口を閉ざした。どんなに反抗しようと思っても、すでに主導権は金光に握られているのだ。
俺は無駄なあがきはするまいと思い、特に口を開かずに金光が話すのを待った。
「さて、だれも異論はなくなったみたいだね。それじゃあまず主催者である僕から自己紹介をさせてもらおう。もう既にみんな知ってると思うけどね。僕の名前は金光権蔵という。小さなIT企業の社長をやらせてもらっている。皆さんとはもっと仲良くなれたらいいなと思っているよ」
金光はそう自己紹介を締めくくると、次に金髪の男を指名した。
「飯島健吾だ。今は特に働いてねぇ」
それだけ言って飯島は口を閉ざした。
飯島は髪を金髪に染め、服は竜の刺繍が入った何やら派手なものを着ている。顔立ちはイケメンに入る部類だろうが、態度が妙に演技がかっていて、何だか小物っぽく見える。
次に口を開いたのは茶髪の女。
「私の名前は藤宮弥生よ。出版関係の会社で働いているわ。飯島じゃないけど、あんまり自分のことを話す気にはなれないし、これ以上話すつもりはないわ。今日限りであなた達と会うのも最後だとありがたいわね」
藤宮は茶髪で、顔立ちはシャープな、いわゆるできる女性といった人に見えた。あまり犯罪とは縁がなさそうに見えるが、どんな弱味を握られているのだろうか。
「それじゃあ次は僕が。えっと、水谷洋といいます。職業というか、まだ大学生です。今日はよろしくお願いします」
水谷はやや目を伏せ、おどおどしながら話した。黒髪が目にかかっていて、どんな顔をしているのか分かりにくいが、俺同様陰気な雰囲気をまとった男だ。
次はずっと黙って席に座っている女だ。
「涼森夏音といいます。水谷さんと同じく私も大学生です。他の皆さんと同様、話すことはありません。今回の会がつつがなく終わることを望みます」
涼森は少し白色がかった長髪をしており、顔色がやや青白く、総じて少し不健康そうなイメージの女性だ。
涼森の自己紹介が終わると、まだ発言していない最後の一人に視線が集まった。まあ、最後の一人は俺なわけだが。
俺は皆の顔をぐるりと見まわした後、陰気な雰囲気を払しょくするように、にこやかに言った。
「轢き逃げしたのをうっかり見られた日暮冬です。うっかり犯罪見られちゃった組みとして、しばらくよろしくお願いします」