第一章:到着
「やあ、こんな遠いところまでよく来てくれたね。それも約束の時間の二十分前に。立場をわきまえていて、とてもいいと思うよ」
顔はブルドッグ、胴体は肥えた豚、足は鶏でできたような人間――金光権蔵に笑顔で迎えられ、俺は不愛想に
「どうも」
とだけ答えた。
俺の名前は日暮冬という。容姿は平凡、特徴といえるほどのものはないが、強いて言うなら目の下に大きなクマができていることくらいだろう。これは一人暮らしをしており、かつ、親からの仕送りも最低限であるため、生活費を稼ぐために夜遅くまでバイトをしていることによってついたものだ。このクマのせいで俺の印象が暗いものになっており(別に性格が暗いわけではない。むしろ明るい)、親しい友人が少ないとか、そもそもいないとかいったことがあるが、それはどうでもいいことだ。ちなみに普段はただの大学生をやっている。
そんな少し陰気なだけの平凡な学生が、なぜキメラのような人間と会っているのか。しかも人里から離れた山奥の山荘で。
理由は簡単。俺がこの男に脅されているからだ。はっきり言って全く平凡ではない理由に、自分でも嫌気がさしてくる。
それは今から数週間前のこと、俺は久しぶりにバイトの入っていない休日を手に入れたので、レンタカーを借りてドライブをしたのだった。
久しぶりの休日にテンションが上がっていたからだろう、気づくとあたりは暗くなり始めていた。俺は名残惜しいと思いながらも、自宅に向かって車を走らせたのだが、その途中、誤って人を轢いてしまったのだった。パニックに陥った俺は、とにかく一刻も早くその場から逃げたいという気持ちに支配され、警察に通報することもなくその場を立ち去った。
幸か不幸か、俺の借りたレンタカーには一目で分かるような凹みはできていなかった。さらに目撃者もいなかったようで、その後家に警察が来るようなことはなく、俺一人の心の中で折り合いをつけるだけで事件は終わった――ように思っていたのだが、目撃者はいたのだった。
それが金光である。彼は運よく(?)俺が轢き逃げをした場面を見ていたらしく、ナンバーを調べてどうにかこうにか俺を調べあてたらしい。
ともかく、そういった事情のおかげで、現在午前九時四十分。金光に指定された山荘に到着したわけだった。
「まだほかのメンバーは到着していないんだ。とりあえず今はリビングでくつろいでいてくれないかな。テレビやラジオはないが、本やCDは充実しているから好きなようにしてくれて構わない。ただ、僕の部屋には入らないでね。まあ入りたくても指紋認証がついてるから入れないけどね」
そう言って、金光はようやく玄関から家の中に俺をあげてくれた。
リビングは玄関から扉を一枚隔てたところにあった。リビングに入った途端、金光は再び俺のほうを向いた。
「そうだ、君を疑うわけじゃないけど、荷物は預からせてもらうよ。それと、身体検査もね」
金光の明らかに作った笑顔に、内心ため息をつきながら、俺は表情を変えずに言う。
「別に、あなたに何かしようとは思ってませんよ。自分の罪を隠すために、わざわざより重い罪を被るなんて馬鹿らしいですからね」
「いやいや、いい心がけだね。でも念には念を入れたいっていう僕の気持ちも理解してくれるかな。何せ小心者だからね」
俺は無駄な抵抗を諦め、素直に持ってきた荷物を金光に渡した。
「携帯も渡さないといけないんですか? こっちも疑うつもりじゃないですが、あんまり個人情報を見られたくはないんですけど」
「なーに、心配することはないよ。あまり絞めつけすぎて下手な考えを起こされたら嫌だしね。それに、今日はそのことを含めての話し合いの場でもあるんだから。それと、携帯のような貴重品は金庫に入れておくから、安心して預けてくれていいよ」
そう言うと、有無を言わせぬ態度ですべての荷物を没収してしまった。続けて行った身体検査の際には、俺がつけてきた腕時計も没収すると言ってきた。
「この山荘にはたくさん時計があるからね、わざわざ腕時計は必要ないだろう。それに腕時計だって使おうと思えば立派な凶器になるからね」
今更反対するのも時間の無駄だと思ったので、特に何も言わず腕時計を渡した。すると、金光は俺の腕時計を見た途端、リビングに備え付けられているアナログの丸時計に目をやった。
「おや、君の時計は少し時間がずれているようだね。後で僕が直しておいてあげよう」
余計なお世話だと思いつつ、リビングの時計と俺の腕時計の時間を比べてみる。すると、十秒ちょっと時間がずれていた。