第九章:端緒
話した結果、彰子は俺たちの協力はできないということだったので、縛られた状態のままにしておき、俺たちは再び今後のことを話し始めた。とはいえ、話すこと自体はもうほとんどなく手詰まり状態である。とりあえず、それぞれ彰子に聞きたいことがあったら話していこうという雰囲気になった。ただ、彰子に話を聞く前に、水谷が俺たちがすっかり忘れていたことを持ち出してきた。
「さっき金光さん、あ、彰子さんじゃなくて権蔵さんのほうです。の部屋を調べてた時、あの金庫を見つけたんです」
「あの金庫ってなんだ? 俺たちと関係あるものか」
「ええと、僕たちの持ってた携帯とか時計を金光さんが回収した際に、金庫に入れるって言ってたのを覚えてないですか?」
藤宮が首をかたげながら答える。
「確かに金庫に入れるとか言ってたような気がするわね。そういえば、私たちの荷物ってどこにあるのかしら? 今の状況に慌ててすっかり忘れてたけど」
「多分彰子さんが入っていなかった方の箪笥に入っているんじゃないでしょうか」
涼森の言葉を聞き、飯島が立ち上がる。
「そういえばもう一つ箪笥があったな。まだなんか変な女が入ってたら面倒だから俺が見てくるわ」
「あ、だったら僕も行きます。それに金庫も持ってきておいた方がいいですよね。そもそも警察を呼ぶための連絡手段がありませんし」
水谷も飯島について金光の部屋に向かった。二人がリビングから出て行くと、彰子が口を開いた。
「ああ喉乾いた。ねぇ、今って一体何日の何時なの? 私ってどれだけの間眠らされてたわけ。この部屋時計がないからよく分からないわ。そうだ、私のズボンのポケットにスマホが入ってるからちょっと取ってよ。別に時間を見るぐらい構わないでしょ」
俺はその言葉を聞きすぐさま彼女のポケットを探り、携帯を抜き取った。堂々と少女のポケットを探った行為に、背後から非難の視線が飛んでくる。彰子は思いっきり俺をぶん殴ろうとしたようだが、縛られているためにうまく殴れず、結果として罵声を飛ばしてきた。
俺はそれらを華麗にスルーして、彼女の携帯を再びポケットに戻し、皆に告げた。
「この携帯、電池切れてるよ。それと、日時は十二月二十二日だよ。今の時刻が知りたいんだったら、俺がどっか適当な部屋入って見てきてあげるよ」
俺は罵声を浴びせられかける前に、素早く一番近い部屋に逃げ込んだ。
俺が少し時間が経ってからリビングに戻ると、すでに飯島と水谷が戻っていた。二人はテーブル上に、金光に回収された俺たちの荷物と、携帯や時計が入っている金庫を置いていた。
俺がリビングに戻ってきたのを見た途端、女性陣からの冷たい視線が飛んできたが、俺は鉄の心でそのプレッシャーを耐えきり、堂々と時間を告げた。
「彰子さん、今は午後三時二十分だったよ。どう、自分が何時間くらい眠らされてたか分かった?」
「……ありがとう」
彰子は非難のこもった視線と全く心のこもっていないお礼を言うと、俺を視界にも入れたくないというようにそっぽを向いた。
俺は仕方なくテーブルに置いてある自分のバックを取り、席に座った。
俺が席に座ったのを確認すると、水谷が話し出した。
「えっと、金光さんの部屋で発見したことを説明します。涼森さんが言っていた通り、僕たちの荷物は彰子さんが入っていないほうの箪笥の中にありました。それと金庫なんですが、鍵が見つからなくて開けることはできませんでした。もし荷物に何か足りないものがある場合はもう一度見に行きますけど、全部ありますか?」
「私の荷物は全部あります。水谷さん、ありがとうございました」
涼森が水谷にだけ礼を言うと、飯島が不機嫌そうに涼森を睨んだ。
「なんで水谷にだけ礼を言って俺には何にもねぇんだよ」
「水谷に荷物をすべて任せて手ぶらで戻ってくるからでしょ」
藤宮が口を挟むと、飯島はバツが悪そうに目をそらした。会話が途切れたので、俺は彰子への質問を開始することにした。
「それで、彰子さんは何でここにいるのか覚えてないの? できれば眠らされる直前の話とか聞きたいんだけど」
「別に話すことなんて特にないわよ。今朝早くに権蔵叔父さんが私の部屋にやってきて、すごく高い紅茶を取り寄せたから一緒に飲もうって言ってきたの。それで一緒に飲んでたんだけど、飲んでたらだんだん眠くなって……。それで気づいたら真っ暗な場所に両手両足縛られた状態になってて、叫んで助けを呼ぼうと思ったけど口になんか張り付けてあって声も出せなくて。
しばらくしてなんか声が聞こえると思って体を動かしてたら、突然目の前のドアが開いてあんたたちが立ってたのよ。助かったと思ったら、なんか私のことを見てるだけで、挙句には私のこと放ってどこか行っちゃうし、本当に散々だったわね」
最後のほうは俺たちのことを睨み付けながら言っていたので、全員で顔を思いっきり背けていた。俺は彰子へと顔を向けなおしつつ、少し気になったことを聞いた。
「彰子さんって一人暮らしなの? それとも家族と住んでるの?」
「私は一人暮らしよ。私んちは金持ちだからね、パパに頼んで高級アパートの一室を買ってもらったの」
「ふうん、すごく羨ましいことで。まあそれはそうと、もう一つ質問。金光が、君の叔父さんが君の部屋にやってくることはよくあったの?」
「朝早くから来ることはあんまりなかったけど、よく手土産は持ってきてくれてたわよ。来るたびにいろんな物プレゼントしてくれるし、すっごい優しかったのに、なんで死んじゃうかなぁ。あんた達みたいな貧乏人脅して金巻き上げなくても、私に頼めばパパからお金もらってきてあげたのに。ああでも、最近パパの体調良くないし、お金のこととか頼みづらかったかなぁ」
俺は自分の中で今回の事件に対して一つの仮説が浮かび上がってくるのを感じつつ、質問を続けた。
「じゃあ、俺からは最後の質問だけど、彰子さんのお父さんって、彰子と権蔵叔父さん以外の親族っている?」
「いないけど、なんであんた私のママが死んでること知ってるの? 権蔵叔父さんが話してたの?」
「いや、まあ、そんな気がしたってだけだよ。君がすっごくわがままで傲慢な感じだから、きっと母親がいなくてわがままに育てられたんだろうなと思って」
俺の言葉を聞き、彰子は顔を真っ赤にしながら反論する。
「な、私のどこがわがままで傲慢だっていうのよ! あんたたちのほうが明らかに変じゃないの、この犯罪者ども。こんな美少女を縛ったまま放置しておくなんて信じられない! この変態! 悪魔!」
俺は彰子の罵詈雑言を聞き流しながら、頭の中で今の情報をまとめる。
俺の質問が終わった後、涼森が一つだけ彰子に質問した。
「彰子さん、あなたは日暮さんと今まで会ったことはないんですか? もしくは誰かから名前を聞いたとか」
「別にないわよ。まあこんな無礼で陰気っぽい男、仮に出会ってたとしても記憶に残さないけどね」
何だか俺はすごく嫌われてしまったらしい。彰子にも十分責任があるような気がするが、これ以上嫌われても面倒なので黙っていよう。しかし、涼森さんの質問はいったい何だったのか。俺が彰子と会ったことなんて一度もないのに……。
その後、俺たち五人は彰子を縛ったまま放置しながら、各々質問をしたり、部屋を調べたりしていたが、時計が四時を指すころには、全員がリビングの椅子に座ってぐったりとしていた。
しばらく俺たちの様子を黙って見ていた彰子だったが、動けないことによる退屈と苛立ちがピークに達したのか、愚痴を言い始めた。
「あんた達いつまでやってんのよ。いい加減犯人見つけ出しなさいよ。はぁ、まだ四時だってのに、空も暗くなりすぎじゃない。冬だから暗くなるのが早いのは分かるけど、こんなに暗いのはあんた達が私みたいな美少女を縛ったまま放置してて、神様が怒ったからじゃないかしら。飲み物すら飲ませてもらえないし、ここから出れたらあんた達に絶対痛い目合わせてやるわ」
彰子の言葉がきっかけになったのか、それともすでにイライラがピークに達していたのか、飯島がテーブルを思いっきりたたき、怒鳴りだした。