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業火紅蓮少女ブラフ/Flash Back Rock'n'Roll  作者: 枕木悠
A-SIDE 天球儀の役立たず(Flash Back Rock'n'Roll)
9/40

フラッシュ・バック・ロックンロール/八

 恋する少女ユウリちゃんの顔は、一見してつんつんとしているように見えた。しかし体の中身は熱っぽくてその証拠につんつんとした顔はほのかにピンク色で、心の揺らぎは潮騒のように静かだけどうるさいものだった。

 夢なら絶対に醒めないで。

 コナツの左手に繋がった右手に感じる彼女の体温は本物であって。

 お願いよ、お願いよ。

 ユウリは人が変わってしまったように学校への道すがら、儚くも、そんな風にお願いばかりを唱え続けていた。私が死なない理由はやっぱりこの少女なのかもしれないわ、って思い始めていた。気付けば二人が通う春日中学校の正門の前で、ここに辿り着く間にコナツと話したことをユウリは覚えていなかった。お願いに、集中し過ぎていて脳が記憶というシステムを放棄してしまったのかもしれない。あるいはユウリとコナツは一切の会話なくここまで歩いてきたのかもしれなかった。そんな登校はかつてない。史上初なこと。要するに、コナツの侵攻によって二人の何かが変わった可能性があるってこと。変わった気は、確かにしている。確かにユウリは、恋する少女ユウリちゃんになっている。多分、今に鏡があってそれに映る自分を見てユウリはいつもと違うって感じるのではないでしょうか?

 そんな気がします。

「おはようございます」

 覇気のない朝の挨拶は正門の前に立つ山吹が欠伸と一緒に発声したものだった。正門の前には毎朝、日替わりで教師の誰かが立ち、生徒を出迎えている。今日も白衣にジャージにジーンズ姿の山吹は朝の澄み白んだ空気にそぐわない顔と姿勢で立っていた。

「おはようございまーす」コナツは片手を振り上げて元気に返す。

 ユウリは小さく「うーっす」と返した。

 山吹は前を通り過ぎたのが自分のクラスの生徒のユウリとコナツだと遅れて気付いたという顔をして、通り過ぎたユウリの肩を叩いて、ユウリがビクっと振り返ったタイミングで奇妙な笑顔を作って歯切れよく言った。「おはようございます」

「……え、何?」ユウリは咄嗟にファイティングポーズを取り警戒する。

「ちゃんと挨拶なさいな」まるで教師みたいなことを山吹は言った。

「え、やだ」

「そんなこと言うなよ、新島はきちんと挨拶したぞ、なあ?」山吹の視線はユウリとコナツの繋がった手と手にあった。「それではもう一度、おはようございます」

 ユウリはつんつんとした顔で山吹を睨み、一歩後ずさって、一度咳払いしてから、大きく息を吸ってがなった。「おはよーございますっ!!」

「朝からうるせぇよ、莫迦野郎っ」山吹は吹き出すように笑ってユウリの頭を撫でるように軽く叩いた。叩かれた頭の天辺には熱が残り、これも侵攻の一種だろうか、とユウリは山吹を睨み付けながらぼんやりと考えた。

「どうしたの、ユウリ、」コナツは後ろから手を強く引っ張って言う。「早く行こ」

「あ、うん」

 ユウリは頷きコナツと一緒に昇降口に入った。ローファを脱ぎ爪先をとんとんとやって上履きに履き替えていたら「おはよ、國丸さん、」と後から来たコウサクに挨拶された。コウサクは今日もブレザがよく似合う可愛い男の子だった。「昨日はお疲れ様」

「おはよ」

「昨日はすっごく楽しかった」コウサクは靴を履き替えながら無垢な笑顔で言う。

 その笑顔になぜか抉られた。

 いや、よく分からない気持ちになった。

 でも心の表面が引っかかれたような気がして、これも侵攻なのかなと思う。簡単に侵攻を許してしまった。立ち入らせてしまった。守ることをユウリは忘れてしまっているような気がする。

「……うん、そうだね」ユウリは前髪を指で整えぎこちなくも笑顔で返した。「私も楽しかった、あ、それじゃあまた、放課後に」

「うん、放課後に」

 ユウリはコウサクに手を振って返してコナツと並んで三階の教室に向かった。階段を昇りながらコナツが顔を覗き込むようにして聞いてきた。「鷹村君とは自然にしゃべれるんだね、私、ちょっと驚いちゃった」

「そう?」ユウリはコウサクとの本当に短い会話を思い出して客観的に分析してみる。少なくともそこに虚勢はなかったと思う。ナチュラルだった。

「鷹村君とは、友達?」

「んー?」ユウリは少し考えて首を横に振る。「よく分かんないよ」

 友達とか、友達じゃないとか。

 友達ってなんだろう?

 友達の意味について深く考えたことなんてない。

 どんな風な関係で、それ以外と何が違っているのか、考えても、その境界はぼんやりとしか分からない。

 だったら同様に、分からなくなることがある。

 恋人とか、恋人じゃないとか。

 ユウリはつい今に、コナツが、死なない理由だと考えたばかりだが、それが恋人とか、恋人じゃないとかを判断する境界条件とは、考えれば、違っているような気がしてくる。ユキコはユウリが死なない理由だと言った。大切にしたいのよと言った。けれどユキコとユウリの人間関係は恋人同士とはほど遠いもの。叔母とその姪というのが二人の関係性を示すものとしては絶対的に正しい。死なない理由といっても、それは即、恋人を決定的に定義しない。眩惑されちゃったけど、あの人と自分の遺伝子は似ているんだ。

 友達とか、友達じゃないとか。

 恋人とか、恋人じゃないとか。

 もっと明朗に、確実に分かつもの。

 それは何?

 ……いや、そんなこと考えたって仕方がない。

 多分、言葉じゃないんだ。言葉を探すことじゃない。定義とか、そういうものでは多分ない。もっとプリミティブなもの。コナツを愛している、という強い意志。あるいは欲望。愛されたい、という欲望。おそらく、この心のありのままで、関係というものは、表現すべきものなのかもしれない。でも、それも言葉?

 言葉に過ぎないの?

 また、分からなくなった。

 でもコナツと手を繋いでいればユウリの心は少なくとも冷たくはない。愛はここに、あるんだと思う。

 三年二組の莫迦みたいにうるさい教室に入り、二人は離れたそれぞれの別の席に向かうために手を離した。手はすぐにもう一度彼女に触れたくなって虚空を泳いだ。愛は彼女にあるんだと思う。ユウリの右手はいつだって愛を目指して彷徨っているんだ。

 とりあえずはこの右手が泳いで辿りつきたい左手を持つ人を恋人と呼ぶことにしよう。

 さて、それでは友達とは?

 ユウリは窓際の後方の自分の席に座り朝空の青を見ながら考える。

「お、おはよ、國丸」

 像を中々結ばない、まるで機能していない思考をマサヤの声が遮った。机の正面にマサヤが立っていた。彼が緊張しているのが、ユウリには分かった。ユウリの罵倒を警戒している。ビビってる。ビビりながらも虚勢を張って平然を装って打たれ強い男を演じている。マサヤはそんな表情をして言った。「昨日は、楽しかったな」

「……」ユウリは無言でマサヤの顔をじっと見つめ続けた。

「な、なんだよ、なんか言えよ」マサヤの顔は泣きそうに歪んだ。

「随分気安く話しかけて来るようになったけど、内藤って、私のなんなの?」

「なんなのって?」

「友達なの?」

「そうだよ、」マサヤは口を尖らせ机に手を置き言った。早い返答だった。変な質問をしたユウリのことを不思議そうな顔で見ている。「そうじゃないの? 確認することでもないと思うけど」

 抉られる。

 なんで抉られてばかりいるんだ今日は?

 確認することでもないってどういう意味よ。

 いや、意味が分からなくはない。

 分かるよ。

 でも、分からないんだ。

 どうしてそんなに疑わないの?

 途端にユウリは不機嫌になる。

 分かってないくせに、分かってるみたいに言わないで。

 しかしどうしてこんなにヒステリックになっているんだろう?

 友達とか、友達じゃないとか。

 そんなどうだっていいことになぜか今日は、こだわって、こんがらがっている。

 友達とか、友達じゃないとか。

 なんなの?

 友達が欲しいの?

「そうだね、」そうかもしれない。ユウリは魔性に笑った。「あんたはロックンロール・バンドの友達だった」


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