フラッシュ・バック・ロックンロール/四
その日の放課後、ユウリとマサヤとコウサクは錦景市駅前にある錦景第二ビルにある、ブレーメンという名前の音楽スタジオに向かった。学園祭は十一月の終わり。それまで、放課後はそのスタジオで練習しようということになっていた。ブレーメンの店長は金色のショートヘアが似合う星野さんという人で、山吹とは高校時代の同級生で、そして彼女だった。だから山吹の教え子であるユウリたちはスタジオに何時間いてもOKということだった。その代わり何かと雑用をさせられるらしいが、星野さんは可愛い人なので存分にいい子を演じて仲良くなってやろうってユウリは企んだ。
「何か、私に出来ることがあったら言って下さいね、なんでも手伝いますから」受付カウンタにいる星野さんにユウリは言った。
「君が國丸ユウリちゃん?」星野さんは訝しげな視線をユウリに送ってくる。
「あ、はい、私のこと知ってるんですか?」
「うん、山吹から聞いてるよぉ、面白い女の子だって」
「面白い?」ユウリは作り笑顔のまま首を斜めにした。
「うん、」星野さんは自分のシルバのイヤリングを触りながら頷いた。「確かに面白そうだ」
面白いってどういう意味かしら?
星野さんに山吹が何を吹き込んだのか、まあ、それは置いておいて、とにかくスタジオに初めて入ったユウリはちょっと浮かれていた。マサヤとコウサクがいるから露骨にはしゃいだりはしなかったけれど、壁一面のミラーに映る、コレクチブ・ロウテイションのギタリストのアプリコット・ゼプテンバと同じモデルの白いテレキャスタを担いでいる自分を見て、素敵じゃないかと思った。
「何よ」ユウリは振り返ってマサヤのことを睨み見た。鏡に映るユウリのことをマサヤがまじまじと見ていたからだ。
「……いや」マサヤは視線を鏡の方からはずし片手で目元を隠して言う。
「何なんだよ」
「……ギター持った國丸、すげぇ、」マサヤの顔はピンク色だった。「可愛いって思って」
莫迦じゃないの。
表情を変えずユウリはマサヤに歩み寄り右足で彼の太ももを鋭く蹴った。
右足は一度折れて、頑丈さを増しているのです。
「いってぇ、いてぇーよ、蹴るなよ、蹴るならもっと優しく蹴ろよ」
「うるせぇ! さ、鷹村君、」ユウリはうるさいマサヤに背中を向けてコウサクに言う。「練習を始めましょう」
「うん、そうだね、それじゃ、一度合わせてみようか」
ドラムの前に座るコウサクは優しく微笑んでいて、今日も可愛い顔をしていた。女の子が男の子の格好をしているように見える。女の子の格好をすればいいのに、って思った。しかしコウサクのドラミングは力強かった。
マサヤのギターは紺色のストラトキャスタで、いい音をしていたが、下手くそだった。
「驚いたよ、國丸さん、」フラッシュ・バック・ロックンロールを一度合わせた後、コウサクは声を上げた。「すっごく上手なんだ」
「上手?」ユウリは褒められて嬉しい。「普通でしょ、これくらい」
「いや、普通って、普通じゃないよ、國丸、凄いよ」マサヤが興奮気味に言う。
「だから凄くないってば、」ユウリは笑顔で首を横に振る。「まだまだ、全然、こんなの、ゼプテンバ様には程遠い、速さも足りないし」
「あの、よかったら色々教えて下さい」
「やだ」ユウリはチューニングしながらハッキリと拒絶した。
「ちょっとくらい教えてくれてもいいんじゃないかな?」マサヤは悲しそうに苦笑する。
「やだ」
「國丸さん、アドバイスくらいしてあげたら?」コウサクも苦笑していた。
「そうね、それじゃまず、そのギターの位置を直しなさい、高過ぎる、ウクレレ弾いてるんじゃないんだから、見てて窮屈だ」
「え、俺、これじゃないと弾けないんだけど」
「じゃあ勝手にしろ」
「酷い」
「あ? なんだって?」
「んふふっ、」コウサクは二人のやりとりに女の子みたいな声を上げて笑った。「さ、もう一回合わせてみようか?」
この日はずっとフラッシュ・バック・ロックンロールを演奏していた。夜の七時を過ぎたくらいに山吹がビニル袋一杯の差し入れを持って現れた。「よぉ、調子はどうだい?」
山吹を迎えてフラッシュ・バック・ロックンロールを一度合わせてみた。山吹のベースは凄く上手で中学校の理科の教師にはどうしたって見えなかった。どことなくアーティスト然としているところがあった。山吹は発泡酒を飲み、柿ピーを食べながらユウリに的確なアドバイスをくれた。星野さんがスタジオに来て「飲食禁止だって何度も言ってるでしょ!」と山吹に怒って、練習は一時中断、受付横の待合室で星野さんも交えて五人でお菓子を囲むことになった。
「まったく、君って、」星野さんが一番飲んで、一番食べていた。「何度私を怒らせたら気が済むの?」
「許してよ、夢中だったんだ、勝手に手が動いて、口が動いて、そういうことだったんだ、いつものことでしょ?」山吹は反省の色を全く見せずに煙草に火を点けながら言う。
「子供たちの前で煙草なんて吸っちゃ駄目でしょ」
「いや、煙草くらい大丈夫でしょ」
「女の子だっているんだから、」星野さんは隣に座るユウリの肩を叩きながら言う。「山吹は先生でしょ、子供たちの前では節度ある行動を示さなくっちゃ」
「煙草くらい平気だよな?」
山吹にユウリは曖昧に頷いて、そしてコーラを一口飲んだ。
子供たちの前で痴話喧嘩を始めるな、って言いたかったけれどユウリは黙ってテーブルの上のチョコレート・クッキィに手を伸ばしていた。確かコナツが今、はまってるって言っていたやつだと思う。痴話喧嘩はうるさいが、チョコレート・クッキィはおいしい。コナツとのキスを思い出してぼうっと余韻に浸った。そんな余韻の間に、マサヤはどういう流れか、痴話喧嘩に巻き込まれていた。
「マサヤ君、」星野さんが強く言う。「将来、こんな駄目駄目な男になっちゃ駄目よ、本当に甲斐性なしのろくでなしなんだから」
「は、はあ」マサヤは苦しそうに笑っている。
一方でコウサクはずっと優しく微笑んでいた。
例によって、女の子みたいに。
本当に可愛く笑うんだ。
そしてふと、なんとなく、ユウリは思った。
コウサクの笑顔には悲哀が隠れている。そんな悲哀のコウサクの視線の中心には基本的に山吹がいて。
それってもしかして。
コウサクは山吹のことが好きなのかな、ユウリはチョコレート・クッキィを食べながら小さく思ったりするのでした。




