エピローグ/一
業火紅蓮は私の瞳にくすぶり続けたまま天体世界望遠機械の線描を見せ続けていた。時折弾け跳んだり、収束したりする。輪郭は常に朧だが、しかし確かに炎の中には形あるものがある。その存在がこの天体世界のあらゆる純真を貫くものだと無条件に思うのだ。
よく分かんないけど。
私はチョコレート・クッキィを奥歯で噛み砕きながら強いものだと思う。
このチョコレート・クッキィにも、もう飽きた。
十一月は瞬く間に過ぎた。学園祭の実行委員だった私は、途中で実行委員長だった三組の男子が仕事を投げ出して私が急遽実行委員長に選ばれてしまったこともあって、凄く忙しかった。受験勉強もしなければいけないのに、毎日学校に残って打ち合わせをしたり、正門を彩る装飾を作ったり、もちろん楽しくないわけではなかったけれど、純粋に楽しむことは出来なくって、ストレスを感じて、ヒステリックになりやすくなって、とにかくそういった負の感情を体の中から排出するために、毎日ユウリの家に行って、毎日ユウリとセックスした。ユウリがロックンロール・バンドの練習で遅くに帰ってきて疲れているから今夜はいいと言っても私は許さなかった。ユウリの全ては私のものなのだから私がやりたいっていっているのにやらないなんて許さなかった。喧嘩にはならなかった。ユウリは私のことが大好きだから、結局は私の命令に従った。ユウリは私に従順だった。もっと従順になればいい。私はユウリを従順にするために、最高の恋人というものを考えて、演じ続けた。ユウリは簡単に私の演技に騙されてどんどん私に従順になっている。
莫迦じゃないの?
私は愚かだと思う。
でもユウリのことを絶対に手放したくない。
だから私はユウリとセックスをし続けるの。
さて、錦景市立春日中学校の学園祭の当日、学園祭の実行委員長の私は様々な仕事に追われていた。体育館では朝から各部活ごとのステージがあって、演劇部や吹奏楽部や地理歴史研究部やオカルト研究会やダンス同好会やらが入れ替わり登場し、私は司会進行をしなくちゃならなかった。外部から来た人が問題を起こしたとなれば先生を連れて一緒に対応しなくちゃならなかった。三年二組の教室はすっかりお化け屋敷になっていて時折そちらの方の様子も見に行かなくっちゃならない。お昼にフリーの時間が一時間出来る予定でユウリとその時間は一緒にご飯食べようねって約束していたんだけど、やることが多過ぎてフリーの時間なんてなかった。ショートヘアが少しだけ絶妙に伸びて可愛い私のユウリは怒ることもなく私に二年一組の焼きそばを買ってきてくれた。ロックンロール・バンドの友達の内藤君と鷹村君も一緒だった。ユウリは私がいなくても、その二人と一緒に学園祭を楽しんでいるみたいだった。私はちょっと寂しい。でも、頑張ってね、という何の変哲もないユウリの励ましの言葉が溜まらなく嬉しくってキスしそうになった。空腹だったので素人が作った焼きそばでも涙が出そうなくらいおいしかった。食べ終えてすぐに私は司会としてマイクを握り声を張り上げた。「さぁて、午後からの最初のプログラムは美術部によるルノワール講義です、皆さん、くれぐれもお昼寝の時間じゃありませんからねぇ、それでは美術部の皆さんステージの方へどぞぉ!」
午後からのプログラムは特に大きな遅延も問題もなく順調に進んだ。むしろ巻き過ぎたくらい。ちょっとそれは、ロックンロールの時間を長くするために私が企んでいたこともあるけれど。
とにかくついに。
瞬く間に、春日中学校は夕方の五時。体育館は夕方の四時から暗幕で夕焼けをシャットアウトしてロックンロールの時間になっていて何組かのバンドがステージに登場しそれぞれ全く違う音色を奏でていた。クラスでの催し事が終わり、体育館には生徒たちがフィナーレを皆で味わうためにぞろぞろと集合し始めている。プログラムのフィナーレはユウリが率いるロックンロール・バンド、ブラフ・ガールのステージだ。私が実行委員長権限でそうした。毎年、演劇部のステージが最後なんだけれど今年はブラフ・ガールのステージに変更した。実行委員の数人から、演劇部にコネクションにある人間たちからも不満の声が上がったけれど、私はそれを笑顔で黙殺した。実行委員長は私でしょ、というと皆、黙り込んだ。彼らが私の笑顔をどんな風に思ったか分からないけれど、今までの私からは想像も出来ない、満点の笑顔にそぐわないヒステリックが滲んでいたから不可解に思ったことでしょうね。でもあいつらの気持ちなんてどうだってよかった。ラストは、ブラフ・ガールのステージで締めるべきだ。そうじゃなきゃ嫌だった。私のユウリのロックンロール・バンドなんだから。
ブラフ・ガールの前のバンドがオーディエンスと絡み始めて収集が付かなくなってきたので私は冗談を言いながら強制的に幕を降ろして「さっさとおまえら、退場しろぉ!」って笑顔で叫んで体育館の外に追い出した。私は舞台袖で待機していたユウリに準備するように伝えた。すでにタキシードを身に纏い、ミュージック・ビデオのアプリコット・ゼプテンバよろしく、男装の麗人に変身していたユウリのことを私は直視出来なかった。素敵過ぎて飛びついてしまいたい衝動を抑えて「頑張ってね」と私は笑顔で言う。
ユウリは私に向かって「うん」と頷き微笑みステージに向かい準備を始めた。
舞台袖から出るとそこに新撰組の浅黄色のだんだら模様の法被を纏い腰に竹光を差し額に鉢金を巻いたナオコが立っていた。三年一組の催し事は確かチャンバラ劇だった。ナオコの役は土方歳三だった。
「まあ、」私は手を合わせて言った。「ナオコってばよく似合ってる、格好いいっ」
「そう?」ナオコは首を傾げながらも上機嫌そうだった。「あ、ユウリたちのステージはまだよね?」
「うん、ちょうどこれからだよ」
幕の向こう側で音が鳴り始めた。
でたらめにベースが鳴り始め、ドラムががしゃんがしゃんと響き、歪んだギターの音色がそこに混ざる。
不協和音。
体育館に集まった生徒たちの無秩序な話し声。
不協和音が鳴り止む。
幕の右側から親指が立った拳がすっと出てきてそれは内藤君の準備OKのサインだ。
私は握ったマイクのスイッチを入れる。「さあ、ついに本日最後のステージ! もうこれで終わりだよ! フィナーレだよ! 正真正銘これで祭りと十一月の終わりだよ! 皆、準備はいい! 準備出来てる!? 黄昏を目撃する準備は出来てるか!?」
私が煽れば体育館は異様な盛り上がりを見せて統一される。普段物静かなナオコが両手を上げて奇声を発した。体育館の後ろの方で先生たちだってはしゃいでる。普段、ユウリのことを嫌っている女子たちもステージ最前ではしゃいでいる。内藤君目当てかもしれないけれどとにかく、皆、準備は出来ているようだ。私は大きく息を吸って吐いてもう一度大きく息を吸ってがなる。「OK! それじゃ出てこい! 新しい風を感じさせて! カモン! ロックンロール・バンド! ザ・ブラフ・ガール!」
私の声より少しフライング気味にステージの幕がゆっくりと上がる。
オープニング・SEはコレクチブ・ロウテイションのストレート・ブルー。
舞台袖からブラフ・ガールの四人がそれに合わせて登場する。
瞬間的にいろんな声が沸き上がった。
男子の「ぎゃはは」っていう笑い声がうるさいのはきっと、山吹先生と内藤君の、素晴らしく笑える女装のせい。
女子の「きゃあ!」っていう高い声も二人のせいでしょう。
それらの声に感嘆の声も混ざる。
それは鷹村君と、ユウリの華麗な変身のせいでしょうね。
皆、派手な四人を見て色んな反応を見せている。
色んな反応をすればいい。
多元で極彩色。
ストレート・ブルーが鳴り止む。
一時の静寂。
白いテレキャスタを構えたユウリが強い目をして口元をマイクに近づけて言う。
「風は天使とみせて」
天使の声が響き。
ブラフ・ガールのステージが始まった。




