シスタ、ファウンダウト・ザ・トワイライト・ビュウ/十七
錦景市は土曜日。
私は自分の部屋で勉強していられなかった。私には今、精神的な問題があるのだと思う。心は昨夜にアオに爆撃されて焦げたまま、今日も治る兆しをみせずにそのままだった。私は「あー!」と声を上げて机の前から離れベッドに倒れ込んだ。そして枕に顔を埋めて息を止めた。目を瞑るとユウリの顔が勝手に浮かぶ。ショートヘアのユウリは本当に格好いい美少年。素敵。すぐに苦しくなって私は顔を上げて息を吸ってベッドの下のかごの中に備蓄してあるチョコレート・クッキィを箱を手にして包装を乱暴に引き千切って急ぐ必要もないのに次々と口に放り込んだ。
最近、明らかに食べ過ぎだ。
それは体重計も教えてくれるし、教えてくれなくたって体が重くって動きが鈍いって分かる。
ストレスが多過ぎる。
受験勉強のこともそうだし、学園祭の実行委員に選ばれちゃったから色々と考えてやらなくっちゃいけないこともあるし、ユウリのこともそうだし、ユウリと内藤君が接近しているのが気に食わないって言う女子たちの機嫌も損なわないように色々説明しなくっちゃいけないし、そんな女子たちは最近ユウリと一緒にいる私のことをよく思ってはいないし、言葉に棘を感じるし、別にそんなことどうだっていいんだけど、つまらないことなんだけど、でも泣きたくなるようなこと言われるし……。
ああ!
とにかくストレスが多過ぎる!
なんで私ばっかりこんなに考えなくっちゃいけないの!
太っちゃうじゃないの!
太っちゃってまたストレスが溜るじゃないの!
なんか不自由だ!
こんなに不自由なのって。
「……全部、ユウリのせいだよ、ばかぁ」
私はもう一箱、チョコレート・クッキィを食べて、ばっとベッドから起き上がって、服を着替えた。
私はユウリに会うことを決めた。
会って私がどんな行動を取るか分からないけれど、とにかく今日もユウリに会わなくちゃ、苦しくって死んじゃう気がした。
部屋にじっとしてなんかいられない。
私は家を出る。
ユウリのことを考えながらこれまで何度も歩いた自宅からユウリのマンションまでの道を早足で進んだ。
私は険しい顔をしていた。
冬の景色を睨んでいた。
鏡を見なくっても分かる。
顔の筋肉は十一月の寒さと精神的な問題によって狂ってしまっている。
こんな表情の私を見たらユウリはどう思うだろう?
嫌いになるだろうか?
それは嫌だな。
私はユウリに嫌われたくない。
愛していて欲しい。
しかしその愛の種類って、今のユウリの愛とは違って、昔のユウリの愛のこと。
複雑。
私は複雑なものを欲しがっている。
いいえ、純粋だわ。
私の方が純粋だと思う。
その純粋さが、私の顔をこんな風にしているんだと思う。
複雑な世界を睨ませているんだと思う。
これは抵抗ですよ。
私はユウリに嫌われたくない。
でも私は、私の純粋な顔を見せたいと思う。
私の純粋さをぶつけたい。
ぶつけて。
そして……。
二人はどうなってしまうんだろう?
また占い師のアイナ先生のところに行こうかな。
そんなことを思いながら私はユウリのマンションのエントランスで、ユウリの部屋番号を押してインターフォンを鳴らした。
「……はい」聞こえてきたのはユキコさんの声だった。
「あ、コナツですけど」
「ああ、こなっちゃん? 今開けるわね」
オートロックの施錠が解かれ、私はマンションの中に入る。そしてエレベータに乗って鏡で顔の筋肉をほぐしながらユウリの部屋に向かった。
しかし信じられないことに、ユウリの部屋にユウリはいなかった。
「ごめんね、こなっちゃん、ユウリってば今さっき、出かけたのよ、ロックンロール・バンドの友達の衣装を選ぶとか、なんとか言ってたわ、」ユキコさんはキッチンの方で珈琲を淹れながら私に謝った。「せっかく来てくれたんだし珈琲だけでも飲んでいって」
「あ、すいません、」私はリビングのソファに座りながら叫びたくって仕方がなかった。どうして私が来たのにいないのよって叫びたかった。あなたが大好きでしょうがない私が来たのにどうしていないのよ。信じられない。莫迦じゃないの。死んじゃえ。くそったれ。許せない。私よりロックンロール・バンドの友達の方が大切なの? ああ、本当に苦しくって死んじゃいそう。こんなときにステレオが響かせているBGMはコレクチブ・ロウテイションのフューチャという曲で、金魚鉢の中で泳ぐ孤独なゴールドフィッシュを比喩に、絶望的な現実からの脱出を夢見ながらこの閉ざされた世界にいるのも悪くない、という曲だった。「……ユウリが帰ってくるまで待ってますよ」
「そう?」ユキコさんはテーブルの上に二つのカップを置いて私の隣に座った。「私と二人きりじゃ退屈じゃない?」
「そんなことないです、」私は首を横に振った。それは本心だった。ユキコさんは昔から知っている人で、ユウリにとってのお姉さんのような人かもしれないけれど、私にとってのお姉さんのような人でもあるのだ。姉妹がいない私は昔から、ユキコさんに憧れのような気持ちを自然勝手に抱いていたと思う。今でも私は彼女のことを尊敬している。ユキコさんには気品というか、格調高いものが感じられて、私はユキコさんがどんな仕事をしているのかっていうことも知らないけれど、とにかくそういった眼差しで彼女のことを見ていた。「全然、たまには、ユウリなしで、おしゃべりするのも、いいと思います」
「そうね、」ユキコさんは優雅に微笑む。そして少し考える素振りを見せて、口元に人差し指を当てて視線をステレオに向けて言った。「それじゃあ、天球儀の話でもしましょうか?」
「え?」
私は咄嗟にステレオの横にある、私がこの前ユウリにプレゼントした天球儀を見る。
天球儀には埃一つなく綺麗に磨かれていて照明を反射していた。
「こなっちゃんは覚えているかな?」
ユキコさんは私の頭を優しくそっと撫でそして、ゆっくりと語り始めたのでした。




