シスタ、ファウンダウト・ザ・トワイライト・ビュウ/十六
マラソン大会によって炎症する重たい体を引きずりながらユウリとコウサクとマサヤは今夜もブレーメンに向かった。山吹はいつも通り後から顔を見せる予定である。いつも通りの放課後だ、とユウリは思う。こうやって放課後にコウサクとマサヤと一緒にブレーメンに行くことが日常になってしまったんだな。それが本当に不思議でしょうがなかった。全く未来に予想していなかった十一月が展開されている。妙なものだと思う。男子二人と肩を並べて歩くなんて、本当に妙なこと。違和感の塊だ。ブレーメンの音楽隊の話くらいの奇妙さ加減。はて、ブレーメンの音楽隊ってどんな話だった?
三人はブレーメンに着くといつも通り山吹の彼女の星野さんに挨拶してスタジオに入り学園祭のライブで演奏する曲を合わせた。ブリッジン・フォ・ニュウ、スノウ・インカネーション、フラッシュ・バック・ロックンロール、シスタ、ファウンダウト・ザ・トワイライト・ビュウ。ユウリはショートヘアの自分の具合を鏡で確認しながらギターを弾いて歌う。なかなかとっても、素敵じゃないか。
練習を始めて二週間足らずだが、演奏は徐々に形にはなってきていた。しかし、まだまだ完成には程遠い。特に問題は、マサヤのギターだ。ミスは少なくなってきたが、ユウリがギャアギャア言うから毎晩遅くまで練習しているとマサヤは言っていた、とにかく味気ないのだ。小さくまとまり過ぎている。ユウリはそれこそ、ピート・タウンゼントのようなギターをマサヤに期待しているんだ。ウクレレのような引き方も僅に下がったが、まだウクレレのままだった。「マサヤ、てめぇ、まだウクレレじゃねぇか」
「しょ、しょうがねぇだろ、これじゃねぇと弾けないんだって、これでも頑張ってストラップ長くしてんのよ」
「言い訳するなよ、女々しいよ、」ユウリは煙草が吸いたい気分になる。お酒も欲しい。最後にシガレット・アンド・アルコールを摂取したのはいつだったかな。ユウリは鏡を背中に座り込みショートヘアに指を入れて息を吐く。「精神的な問題だと思うの」
「は?」マサヤは青いストラトキャスタをスタンドに立てて首を捻る。「精神的な問題?」
「そう、精神的な問題よ、」ユウリは歯切れよく言った。そして自分の胸に手を当てる。「ここの問題よ」
「え、おっぱい?」マサヤはニヤケた。
ユウリは無言でマサヤを睨み付け足元のブルース・ドライバを手にし力を入れて投げた。
「わっ、」マサヤはそれを胸の前でキャッチする。それを見てユウリは、ああ、マサヤは本当に野球部だったんだなと思う。「投げるなよ、あぶねぇよ、エフェクタは投げるもんじゃねぇだろ!」
「んふふっ、」コウサクは狼狽えるマサヤを見て幸せそうに笑っていた。「そうだよ、國丸さん、危ないよぉ」
「ごめんね、コウちゃん、」ユウリはコウサクに向かって小さく微笑む。「ついね、我慢できなくって」
「え、コウちゃん?」マサヤは訝しげな視線をコウサクに向けた。「コウちゃんって何だよ」
「僕のことでしょ?」コウサクはとぼける。「忘れちゃった? 内藤君、僕の下の名前はコウサクって言うんだけど」
「いや、知ってるよ、そういう意味じゃなくってさ、」マサヤはガシガシと後頭部を掻いている。「そういう意味じゃなくってさ」
「どういう意味?」コウサクは可愛いらしく首を傾げる。
「とにかくあんたは精神的に歪んでいるんだって、」ユウリは目を瞑って言う。「ブルース・ドライバより歪んでいるんだって、だからいつまで経ってもウクレレなんだって、意味分かる?」
「意味分かんねぇよ、なんだよ、歪んでるってなんだよ」
「歪んでいるって思うよね、コウちゃん?」ユウリはコウサクに同意を求める。
「そうだね、國丸さん」コウサクは笑顔で頷く。
「なんだよ、二人とも、共同して、俺ばっかり攻撃して、意味分かんねぇよ」
「マサヤ、」ユウリは人差し指を立てて言う。「ねぇ、マサヤ、この現状を脱出するためには何が必要だと思う?」
「現状?」
「ウクレレ、そして歪み、それがあんたの現状、そしてあんたはこの現状を脱出しなければならない、ブルース・ドライバを投げられたくなかったら現状から脱出しなければいけないのよ、そのためには何が必要だか分かる?」
「えっと、」マサヤは足りない頭をフル回転させていた。ブルース・ドライバを投げられたくないから必死で考えていた。が、足りない頭をいくら回しても仕方がないことだ。「練習ですか?」
「違うよ、莫迦、」ユウリは手にしていたピックを投げた。マサヤはそれをキャッチすることなく自分のお腹で受け止めた。ピックは彼の足下に落ちる。「マサヤ、あんたに必要なのは歪んだ現状から脱出するっていう強い意志だよ」
「……は?」マサヤはポカンとしている。「要するに何? 気持ちの問題だってこと?」
「そうだよ、何度も言ってるだろ、莫迦野郎」
「そうだっけ?」
「そうだよ、」ユウリは大きく頷き、マサヤのことをまっすぐに見た。「そうだよ、私は何度も言った、と思う」
「……えっと、それで俺にどうしろと?」
ユウリはチューインガムを口に入れてそれを奥歯でくちゃくちゃ噛みながら言った。「女装」
「だからそれは絶対嫌だって言っただろ」マサヤはまだ女装することに対して首を縦に振っていなかった。
「女装」ユウリは繰り返した。
「だから嫌だって」
「女装」
「だから嫌だって」
そこでユウリは盛大に舌打ちした。
マサヤは一歩下がってビビっていることを体で表現した。
やっぱりマサヤは精神的な問題があるんだと思います。
「コウちゃん、明日、暇?」ユウリはコウサクに視線を送る。マサヤを女装させるための企みはコウサクとすでに打ち合わせ済みである。
「うん、暇だよ」
「じゃあ、正午にトリケラトプスの前で、ライブの衣装を買いに行きましょ」
「うん、分かった」
「え、何それ、二人で?」マサヤはひきつった顔で聞く。
「そうね、山吹は星野さんの衣装を借りるって言っていたし、明日は二人で買いに行く予定です、私とコウちゃんの二人でショッピングする予定です」
「え、何それ、まるでデートじゃん」
「あら、そうかもしれませんね」ユウリは口元をパーで隠して高い声で言った。
「うーん、」とマサヤは唸りそして苦悶の表情を浮かべて言った。「……俺も付いて行っていいですか?」
「あら、マサヤは女装しないんじゃないの?」
「狡いぜ、それは」
「え、なんのこと?」
そのときだった。
スタジオの扉が開いた。
「こら、飲食禁止だって言ってるでしょ、全く何度言わせたら気が済むのぉ!」
金色のウィッグをかぶりフリルの多いピンク色のドレスを纏い化粧をした、要するに女装をした山吹が姿を見せた。
一瞬、空気が止まり。
そして山吹の後ろにいた星野さんが堪えきれないという風に手を叩きながら身を捩って「ぎゃははっ」と笑い出すと三人も「ぎゃははっ」と笑った。山吹は不服そうに「結構いい線いってると思うんだがなぁ」と言った。それがまた笑いを誘った。お腹が捻れて切れてしまいそう。それくらい笑った。涙が出た。笑って涙が出るなんてこんなことって記憶にない。可笑しい。楽しい。埋もれて窒息してしまいそうになるほど、今が最高。




